巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面118

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳     

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                 第百八回

 早や砦から追っ手の兵士が向かって来たのを見るとアリーは鉄仮面を救い出すことが出来なくて、捕まったか殺されたか、どちらにしても計画が失敗したことは確かだった。残念だが逃げ出す以外に方法はない。ブリカンベールの日頃の勇気では逃げ去ることは不本意だが、側にかよわいバンダがついていてはどの様にして追っ手と戦うことが出来ようか。「さあ、バンダ様、ここは一度逃げましょう。すぐにすぐに」と言いながら、馬の代わりの広い肩をバンダに向けるのは早く背に乗れとの意味だった。

 それには及びません。この先に馬がいます。」と言いブリカンベールに少しも遅れずほとんど追っ手の兵と鉢合(はちあわせ)せするばかりに表に出て、身をかがめて勝手知った路地の中をくぐりぬけ、ブリカンベールと手を取り合ったまま右に左に逃げ去って、ようやく夕方から馬を待たせて有る所まで来たが、追っ手もなお厳しく追いつめて来て「あれだ、あれだ、逃がすな。」と口々に叫び立てた。

 その声はほとんど十人は居るのではないかと思われた。中に馬で指図している上役らしい者も二、三人いた。バンダもブリカンベールもほとんど馬に乗る暇もなく、ただくつわを取ったまま約十メートルも走りようやく飛び乗ると、追っ手の中の馬に乗っている者が早くも背後に迫り「射殺すぞ」とののしる声がほとんど耳の辺で聞こえて来た。こうなってはもう必死だった。ただ馬首をチゥリンの街道の方へ向けて、後ろも見ずにひたすらに走り去ったので、追っ手の馬を幾らか引き離したようだったが、まだその馬の足音はほとんど手に取るように聞こえた。

 そして「射殺せ、射殺せ。」と言う指図と一緒に、何発か打ち出す砲声は弾と共に耳をかすめて飛び去り、その危ないことは何とも言い様がなかった。なおも逃げに逃げているうちブリカンベールの馬の腰辺りに流れ弾(だま)が当たったらしく、その馬はたちまち飛びあがったが、それからは気が違った様にバンダの馬を追い越して、矢を放つように向こうへと走り去った。これに遅れてはならないと思い、バンダも益々馬に鞭を当て約1000メートルくらい走って来ると、追っ手はもう追いつけないとあきらめたのか、馬の足音も聞こえなくなった。

 先ず追っ手の方は安心だが、ただブリカンベールの姿を見失ったのは心細かった。一本道の街道とは言え、いくらでも枝道がある所なのに、遠くは見えない闇夜のことなので、何処まで迷い込むか予想がつかなかった。折角巡り会えて、又見失うことになっては誰を頼りこの後生きて行ったらよいだろう。バンダは心細くてしかたがなかったが、だからと言って他に行く所もなかったので、そのままチュウリンの方に向かって一時間くらい走り続けると、馬はなぜか道のまん中で急に走るのを止め、鞭打っても一歩も進まなかった。

 なんだか怪しかったので目を見張って、行く手の遠くをながめるとブリカンベールの乗っていた馬が道に倒れて、目の前に横たわっていた。これを見るとブリカンベールも馬から落ちて、その辺に横たわっているかも知れない、それとも役にたたない馬を捨てて、もっと先の方に逃げて行ったのだろうか。どちらにしても心細かったのでバンダは馬の上から「ブリカンベール、ブリカンベール」と叫び立てたが、その声は闇に響き、我ながらものすごい声がしたが、返事する人もいなかった。さては馬を捨て、ずっと遠くまで行ってしまったのだろうと思い、倒れた馬の横を通り過ぎ、またも一鞭当てようかとした時、百メートルほど後ろから声がして来た。

 自分を呼ぶ声がした様な気がして、振り返って待つ間もなく、息を切らせながら走って来て、「ああ、バンダ様、やっと追いつきました。」と言うのは即ち間違いもなくブリカンベールだった。バンダはほっと安心し、「貴方はまあどうしたのです。」と聞くと「いや、お話になりません。馬が気が違ったように走りだし、少し抑えようとしたら、跳ね落とされてしまいました。起き上がる間に馬は向こうへふっとんで行って仕舞いました。続いて貴方もそこを走り去りましたが、どうも情けないことですが、牢に何年も入っている間にすっかり足の力が抜け、どうしても走れません。前は馬より丈夫だと言われていたブリカンベールですが、息が続かないものですから。」と言う。

 なるほど息も絶え絶えで、苦しさが伝わって来るほどだったので、バンダはこれをいたわって自分の馬に乗せようとしたが、彼はなかなか従わずただ馬の鞍につかまって、体を引きずりながらついて来た。だがその様子が余りにも苦しそうだったのと、馬も疲れているようだったので「これ、ブリカンベール、ここまで来ればもう追っ手の心配もないでしょう。何処か道端の腰掛け店で、少し休んで行きましょう。」この様に言う側から、丁度旅人を休ませる小屋がけの前に出たので、バンダはヒラリと馬から降り、その軒下に馬をつなぎ、雨ざらしの縁台に腰を下ろし「さあ、ブリカンベール、お前もここに掛けなさい。」

 ブリカンベールは非常に重たそうに体を引きずり、「それでは少し休みましょうか。なに、二、三日力を出せば元の体に戻りますけれど、今は何分にも筋がゆるみ、赤ん坊のようになってしまいました。どれ、しばらく休ませて頂きます。」と同じ縁台の上に倒れ込んだ。この時誰かが小屋の中にいて、二人の声を聞くなり、ぱっとマッチをすり火を灯した。

 夜のうちは番人もいない休み所なので、二人は驚いて振り返ると、その人は早くもランプに火を移し、これを二人の顔に向けて、しばらく眺めている様子だったが、倒れるばかりに驚き叫び、「やや、バンダ様とブリカンベールですか。」と言う。二人も同じように驚きながらその人の顔を見て、「おお、コフスキーか。」と一斉に叫んだ。推察するに、コフスキーは前にバイシンが言った通り、鉄仮面がピネロルに居ると言う手紙を受け取って、プロボンからピネロルを目指して、夜を日についで急いでここまで来て、休んでいたところだったのだ。

つづきはここから

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