鉄仮面119
鉄仮面
ボアゴベ 著 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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第百九回
バンダ、ブリカンベール、コフスキーの対面は実に神様の引き合わせとでも言ったら良いのか、別れてから八、九年、三人共に苦労をなめ、互いに居所さえ知らずに、ひたすら捜し歩いた後だったので、彼も、誰も話は尽きなかったが、ここはまだピネロルの領分で、いつ何時捕り手が追って来るかも知れなかったので、とにかくチュウリンまで引き上げよう。チュウリンの宿屋にはまだバイシンが居るはずなので、四人の顔をそろえてから、これからの事を相談しようと言って、しばらくしてからここを出発したが、疲れはてていたブリカンベールも元が剛力無双の男なので頑丈な体をしていたから、少し休んだだけで早くもその疲れを忘れ、その上コフスキーに会えたうれしさから気が引き立ち、すっかり昔のブリカンベールに戻っていた。
一人バンダを馬に乗せ、自分はコフスキーと一緒に今までの事を話ながら、馬の側について歩き、その日の中にチュウリンの町に着いた。それから夜になるのを待って、三人で密かにバイシンの宿を訪ねて秘密の面会をし、あれこれと相談したが、これからの事はすべてその時その時の工夫に任せるより仕方が無いが、とにかくアリーの安否を調べるのが第一と言うことになった。これを調べるにはバンダもブリカンベールも再びピネロルに入るのは危険なので、誰にも知られていないコフスキーが一番だと言うことになった。
それにコフスキーはこの様なことには才能があって、場合によっては今までのアリーの様に雇い兵としてあのセント・マールスに雇われる努力をして、絶えず牢屋の秘密を三人に知らせることにして、ここまで相談がまとまったので、その夜の中にコフスキーはすぐにピネロルへと出発したが、これから一週間後に帰って来て、アリーが鉄仮面を救おうとして救い出せず、自分さえも逃げられず射殺されたことを知らせた。
なお牢番セント・マールスは自分の油断を政府に知られるのが嫌でその事を固く口止めしたが、バンダとブリカンベールの捜索をあきらめず、内密で追手を四方八方に出したと言うことだ。この様に詳しい様子をわずか一週間ばかりで探りだしたとは驚くばかりだが、実はバイシンから前に泊まった宿屋の主人にあてて事細かに書いた手紙を持って行かせ、主人の骨折りで前に賄賂を与えた兵士を呼び、又その兵士に賄賂を贈り詳しいことを聞き出したと言うことだった。
さらにコフスキーが話すには、今のところ砦に雇われることはほとんど無理と思われるが、セント・マールスの心が少しでもゆるんで来るまで待って、あの番兵に頼めば、その口利きでそのうち雇われないとも限らないと思われる。だから自分はピネロルへ行き、その土地の人足となって市中の雇い仕事で暮しを立て、気永に雇われる機会の来るのを待とうと思います。今後十年でも二十年でも、鉄仮面の移される先々について行って、救うべき機会を見付け次第、皆に知らせようと熱心に話した。
一同は聞き終わって、アリーの死際の働きを誉めたり、もう少しの所で失敗したことを恨んだりして、悲しがったりしたが、結局コフスキーが言う事以外方法が見つからなかったので、ついにその言葉に従って、ブリカンベールはバンダを守って安全なところに隠れ、コフスキーの便りを待つことにした。バイシン女はパルマー国に帰り永くこの三人への金銭、その他の援助を送り、さらに必要な工夫を考えることにした。
この様にそれぞれのこれからの暮し方を決めて、いよいよ機会が来たら四人力を合わせて鉄仮面を救いだそうと約束して、ここで又三方向に別れることとなった。
思えばこの人々は前世ではどんな事をした結果、この世ではその身の上にこの様な苦労を背負うことになったのだろう。情は兄弟より親しく、離れがたい交際をしているのに、一日も同じ所に暮らすことが出来ない。わずかに巡り会いながらも、ちょっとの間だけ一緒にいて、もう又別れなければならない。いま別れて今度会うときは何時になるのだろう。これがこの世の別れになるかも知れ無いのにまだ鉄仮面救出の心を捨てていない。
何年も鉄仮面に顔を包まれて空しく牢の中で老いようとしている英雄の心の中も同情できるが、この人々の憐れむべき境遇も鉄仮面に比べて劣ることはない。だからこの別れに当たってバンダはよよと忍び泣き、その顔を上げることが出来なかった。コフスキーもブリカンベールもその様子に動かされ涙にむせんで声を飲み込んだが、バイシンはこの様子を見て励まそうとしたのか、なお更に元気な声で、
「貴方がたは何がその様に悲しいのですか。私にはまだ鉄仮面救出の見込みが十分に有ります。先日より考えていますが、ルイとルーボアの我がままが次第に積み重なって、既に彼らを恨むものは我々ばかりでは有りません。この様子が続く限りは必ず彼らをめがけて兵を上げるものが何処かに居るでしょう。」
「我々は不幸にして既に大将モーリスに別れ、諸国を説き伏せて自ら兵を上げるほどの力は有りませんが、外に兵を上げる者が居ればそれに加わってフランスの政府を乗っ取り、牢獄を破って囚人を取り出すことは出来ます。私がこれからパルマー国に帰り、気永に国王を説き伏せれば、パルマー国も必ずフランスの敵となり、いつかその賊軍に加わります。それまでに我々の力だけで鉄仮面が救い出せれば良いですが、もし救うことが出来なかったとしてもその時を待てば必ず救われます。」
「このために私はあるいは国王と結婚するかも知れません。どんな事をしても、我々の目的は見込みの無い目的では有りません。なお我々の後押しをしたライソラ伯爵もオーストリーに居りますし、我々の恩人オリンプ夫人もオーストリーに逃げて行きました。伯爵と言い、夫人と言いフランス宮廷を憎むことは我々にも優っています。それに夫人の子プリンス・ユージーヌもこの頃オーストリーで兵学校に入り、なかなか後々に見込みが有ると聞いていますから、それやこれやを合わせて考えれば、後々フランスが余り回りの国を苦しめる事になれば第一に兵を上げるのはオーストリーです。」
「それに加わるのはパルマー国です。パルマー国が加わればイタリアにある多くの小国は皆加わります。北にはオランダ、その他を初め南にはスペインもフランスの敵となるとも味方にはなりません。これを思えば我々は、回りの国の後押しで仕事をしているようなものです。私がいつも言う毒薬の最後の手段でもなお目的が果たせないなら、諸国の兵で目的を達成します。まだまだ泣くときでは有りません。」
と自分から自分の声に勇み立ったので、これを聞いたバンダ達もたちまち奮い立ち勇気は日頃の数倍にもなって、気は晴れ晴れして約束の通り別れて行った。
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