巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面12

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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             第五回             a:1573 y:0 t:1

前の王妃 オリンプ夫人、王妃バリエール、侍女ロレンザ、従者ヒリップ



 荒武者と小紳士のこの問答から推察すると、荒武者は当時の壮士隊の大剣士として皆に恐れられた有名な男爵アイスネーで小紳士は警視総監兼陸軍大臣ルーボアに使われて悪知恵で有名な警視会計長ナアローであることは読者の推察するとおりで、この両人がここに来ている目的も、大方察しがつくものと思われる。

 ナアローは殺された者が、キツヘンことアルモイス・モーリスだと聞いて非常に驚いた。どうしてそんなことが君に分かったのだ。「なあに、オランダにいる彼の仲間で、裏切った者がいるのさ。それが、今朝手紙をよこして、アルモイス・モーリスが町はずれの居酒屋で、今夕合図の新聞を待っていると、詳しく僕まで知らせて来たのさ。それだから、あの通り、喧嘩をしかけて殺したのさ。君はいつも僕に知恵がないように言うが、この知恵には感心したろう。」

 ナアローは少しも感心せずに、かえって心配な様子で、「君が彼を殺したために、我が政府がどんなに損害を受けると思うか知っているのか。」「どうしてだ。敵の大将を殺して、かえって叱られるとは、そんな訳の分からない政府には、雇われてはおれないなあ。」
「それだから知恵が足りないと言うのだ。政府の方では、彼を生け捕るつもりで、国境へ以前から伏兵をを置き、待ち受けているのではないか。

 彼を殺すのはたやすいことだが、今殺しては、仲間が誰か分からなくなってしまう。仲間を全部知っているのは、ただ彼一人で、彼はその名簿を手箱に入れて、分からないようにどこかに隠していることは、僕が数ヶ月の苦労でやっと探り出したが、手箱がどこにあるかは、彼以外は知っている者がいないのだ。それだから、彼を生け捕りにして、その手箱の有る所を白状させるために、政府も苦労しているのだ。それを君が殺してしまうとは、これ以上ない失策だ。」
 「だって大将さえ殺してしまえば・・・」「そうではない、彼が大将に違いないが、その上に大首領がいるからさ。ルーボアの見込みでは、何でもルイ王と王位を争うほどの高位の人が、その首領に違いないから、それを白状しないうちに彼を殺しては、今までの苦労が水の泡だ。」と今は辺りもはばからず話しながら歩いたが、20mほど後ろから白装束の一人のくせ者が、雪に足音を消しながら、耳を澄ましてつけて来ていることを、この二人は知っているのやら、知らないのやら。

 男爵アイスネーは、手柄と思っていた自分の働きが、かえって失敗だったことに気づき、しばらく滅入っている様子だったが、しばらくして諦めたのか、「エエー、殺してしまった後でどうこう言っても生き返るわけでもなし、どうにもしょうがない。ほかの剣と違い、このフランベルジーンで突かれた奴で、二度と生き返った者ははいない。

 殺して悪ければ、ほかのことで手柄を立てるか、免職されるだけのことだ。君から何もそのような説教を聞くいわれはないさ。君も僕の失策をとがめるより、自分が失敗しないように注意した方が良いのではないかい。君の相手はオリンプ伯爵夫人殿下と言い、以前は国王に愛され、朝廷で一同の大臣に拝礼をさせていた女だから、変なことは出来ないぜ。」
 
 「だから、ルーボアがわざわざ僕を送り込んだのさ。オリンプ夫人はルイ王を恨むあまり、保養の旅行と銘打って、ひそかに隣国の不平家を説得して、今ここに来ているところだから、これをうまく扱うのは、僕よりほかに出来る者はいないさ。僕は幸いオリンプ夫人の気に入りで、秘密の相談に預かったこともあり、そのせいで、今夜も夫人は僕の別荘に一泊する事になっているから、もう袋のネズミを捕まえるより簡単なことだ。」

 「そうすると、今度パリーから馬車に積んで持って来た大きな機械も、やはりオリンプ夫人を招待する道具だね。」「そうさ、あれは僕の工夫で考えた白ベッドさ。あの工夫にはルーボアも感心して、ほうびに僕を会計長に昇進させたほどだから、どのようにうまい具合にいくか、黙って明日まで待っていたまえ。」
と誇る言葉の終わらないうちに、ホテル・ド・ビルの時報台の鐘が夜の十時を打ったので、

 「おや、もう、貴婦人の馬車が着く頃だ。」と言い、足を早めてバチエロ街にある別荘の門に着くと、丁度折よく、オリンプ夫人の乗る馬車が雪を踏みしめながら着いたところだった。

 最初に中から出て来たのは従者らしく、これも年の頃は先ほどアイスネー男爵の剣にやられた、あのアルモイス・モーリスと同じように二十七,八の美男子で、先ず馬の轡(くつわ)を取った。

 次に、十七,八の美しい侍女と手を引き合い、静かに出て来たのは、ルイ十四世の朝廷に仕え、かって天下の大権を握り、朝廷で誰一人として、その顔を仰ぎ見ることが出来ないほどに権力があった、大宰相マザリンの令嬢であって、ルイ十四世の若い頃、深く心を寄せられて、かたく結婚の約束もしたのに、その後、王が、あのバリエール嬢に心を移したために捨てられ、恨んでいるオリンプ夫人だった。

 顔は黒い覆面で隠していたが、昔、ルイ王を夢中にさせた星のような目は、今もまだその光を失わず、覆面越しに澄きっていた。ナアローはこの時だと見て、地面に着くほど頭を下げて、丁寧に旅の疲れを慰めて、自分から貴婦人の手を取って、直ちに別荘の中に案内して、準備していた部屋に入ろうとすると、貴婦人は言葉軽く、

 「もう、何よりも早く寝かしてもらうのがごちそうです。ナアローさん、その用意は出来ているでしょうね。」
 「はい、もう先日からお待ちしておりました。それらの用意はとどこおりなく整えておりますので、すぐに寝室へ御案内いたしますが、とにかくここでしばらくお休みください。」

 夫人は後ろに控えている侍女の方を振り返り、「ローレンザや、先に行って寝室の様子を見てお置き。夜中に又とまどいをするといけないから。」と何気なく言い付けるのも、実は大計画を持っているからだ。どこに行くのにも、敵地に乗り込む気持ちなので、万一、何かあってはいけないと、用心に用心をしているのだ。

 ローレンザと呼ばれた侍女が、並んで立っていた美しい従者と様子ありげに目配せして、「はい」と答えて、ナアローの指さす寝室の方へ立ち去ると、貴婦人はまた従者を見返り、「ヒリップや、明朝この地を立つ時の間に合うように、今から馬車の用意を」と言い付けると、美男子ヒリップは、「イヤ、すでにそのように申しつけて置きました。」と答えた。

 夫人はこの返事を聞き終わって、更にこっちに向き直ろうとすると、この時、まだヒリップの後ろに荒武者アイスネーが、従って居るのを見て、「ナアローさん、あの人はどなたですか。」

第5回終わり

つぎ第六回はここから
 

            

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