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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面122

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳     

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                 第百十二回

 ブリカンベールのいかつい姿にルーボアはびっくりして、「誰だ、何をする」と荒々しく叱りつけたのは、余程驚いたものとみえる。「何もしない、ただお前様を逃がさないようにさえぎるだけだ。」と言ってブリカンベールはなお大手を広げたが、バンダはこのため益々ルーボアの機嫌を悪くするのを心配して、

 「これこれ失礼なことをするものではない。静かにその辺で待ってなさい。」とたしなめると「は、は、は、俺の姿がそれほど恐ろしいなら元の木影に隠れていよう。」とこう言い、彼はそろそろと退いたが、ルーボアは危ないと思ったのか、まだ立ち去ろうとする様子で斜めにバンダの方を振り向き、「これ、女、三日の猶予を与えるから、その間に国境の外に出て行け。三日を過ぎても立ち去らなかったら警察へ命を下すぞ。」

 三日の後は容赦なく捕まえさせると言う意味は、問いかえさなくても明らかだった。バンダは悲しい声を振り絞り、「警察に捕らわれようがそんなことは恐れません。いっそ鉄仮面と同じ牢へ投げ込んで下さるなら、安心して牢の中で一生を終わります。」ルーボアは知らないふりをして早くも馬車の方に近付くのを、バンダは後ろから詰めよって、「私の願いは、願いは」「その方の願いは聞くことの出来ない願いだ。」「秘密の手箱を貴方にお渡ししても、それでもこの願いはかないませんか?」

 秘密の手箱と言う一言に彼はピクリと驚いて、たちまちこちらに向き直り、「何だ、秘密の手箱とは」「貴方が前に恐ろしい黒頭巾の怪物をつかわして、セント・ヨハネの教会の庭から堀だそうとした手箱です。中には決死隊の連名帳を初め、計略その他往復の手紙まで入っています。」この手箱を得て、コンド、チュウリン両公を宮廷から追い払いたいばかりに、この何年来心を砕いてきた事なので、この言葉に彼はすさまじい眼を光らせ、

 「その手箱が」
 「はい、今では私の手元にあります。魔が淵で生き残り、何より先に私が堀出しました。堀出して立ち去った後に黒頭巾が行った事は、きっと黒頭巾から聞き取って知っているでしょう。」
 手箱を何者が堀出したかは黒頭巾もナアローも知らず、いままでルーボアの心に横たわっていた大疑問だったが、いまこの言いたてを聞いて、少しも疑うところはなかった。ようやく合点が行ったと言うように彼の顔は晴れ渡り、「だが、その手箱の中には」「はい、当時の決死隊は誰の後押しで、誰が軍用金まで送っていたか、残らず証拠が入っています。」

 「その証拠を俺に売りつけ、その代償に鉄仮面の顔が見たいと言うのだな。」「はい、おおせ(仰せ)の通りです。」「その箱は今何処にある。」「それを今言ったのではその箱を貴方に取られたのも同じです。おほほほ、私の売りものが無くなって仕舞います。」「有り場所を言ってもすぐに俺の手にはいる事ではなし、それさえも言わないところを見ると、本物の箱はもう無くなってしまったのだな。」

 バンダはハッと驚いたものの、永年の苦労で心まで固まりその様子を少しも見せなかった。かえってルーボアが十分に箱に気が有ることを見抜いたので、今は百倍の強みを増し、
 「貴方が私に鉄仮面の顔を見せてやると、堅く約束をして下さるなら、箱の有り場所だけは話しましょう。そうしていよいよ約束通り鉄仮面に会わせて下さるなら、すんなりとその箱をお渡し致します。」

 こうまで言う女の言葉に嘘は無いと思うが、こういう事は疑うだけ疑うのが彼のいつものやり方なので、彼は冷やかに笑いながら「それでは約束は結べない。鉄仮面の顔を見せてから、その後で手箱を受取り、もしその箱が偽物だったらもう喧嘩にはならないから。」

 実にもっともな言い方だった。実際あの手箱はブリカンベールが焼き捨ててしまったので、本物が有るはずはなく、バンダはただこの事を言い立てて、とにかく鉄仮面の顔を見ようとしているのだ。見てから偽物を渡し、たとえ偽物と見破られても、自分が責め殺されるだけの事だと思っているのだ。鉄仮面が我が夫なのか、はたまたオービリヤなのかを知らないで、疑問を持ったままあちらこちらと漂っていることに、もうバンダは耐え切れなくなったのだ。

 もちろん鉄仮面が誰なのかは、読者には既にその正体ははっきりしていると思うが、バンダ、バイシンら一同にはその事が分かるはずはなく、その疑問は今も初めの頃と変わるところがなかった。

 政府の手先に違いないあの黒頭巾が、手箱の在処を知り、ヨハネ教会の庭を掘った事からみたら、オービリヤが鉄の仮面をかぶされて、政府へ言い立てたに違いなく、即ち、鉄仮面はオービリヤとしか思われないが、その一方、彼、鉄仮面が二十年近くルーボアに苦しめられるところを見ると、オービリヤよりはるかに罪の重いモーリスに違いないとも思われる。

 この二つの疑問に包まれて、二十年間迷いに迷ったバンダの心を思いやれば、もはや死んでも、ただ鉄仮面の顔を見て疑いを晴らしたいと思うのも、無理もないことと思われる。それはさて置き、本当の事をルーボアに見抜かれても、バンダはひるむ様子も見せず、前から隅の隅まで考えていた事なので、かえって一層の気力を見せ、「貴方がそうまでお疑いなさるのなら、この話はとてもまとまらないでしょう。その箱が偽物か、偽物でないかは、その時に密かに後悔した大将軍に見てもらうだけのことです。」

 暗にその箱をルーボアの大敵で有るプリンス・コンド殿下に渡すかのようなほのめかしに、これはルーボアにとって何よりも痛いところなので、彼は心中で驚かない訳には行かず、「いや、何よりも近道はその方を捕らえて役人の手に渡し、拷問させれば箱の在処も分かるだろう。」

 「なるほど、拷問の痛さに耐えかねて白状するかも知れませんが、その時はもうその手箱が大将軍の手に渡り、取り戻しようの無いときでしょう。私はどうせ捕らえられる覚悟ですから、今の男に何もかもそれぞれの用意をして渡してあります。」
 今の男と聞きルーボアはブリカンベールのいかつい姿を思いだしたように後ろの木陰を見回したが、彼は何処に立ち去ったのか消え失せて影も形もなかった。

 「用意とはどの様な用意だ。」「はい、貴方がある時、料理屋にヘイエー夫人という女を連れて行き、国家の秘密まで明かすから妻になれと言い、何がしの両公爵を宮廷から跳ね落とすために、或囚人に鉄の仮面をかぶせてあるとおっしゃったその次第まで、手紙に書き彼に渡して有るのです。私が捕らわれたとみたら、彼はすぐにある人の所に駆けつけ、その手紙を渡します。彼は先年ピネロルの牢を破ったブリカンベールと言うものです。幼いときから私の伴をする忠僕ですから、それくらいの事は十分できます。」

 一言一言明かに言う言葉は、一滴一滴彼の口に落ち込む劇薬と同じで、ルーボアは顔色が紫になるほど怒ったが、どうすることも出来なかった。コンド、チュウリン両侯爵を滅ぼそうとするため、自分が永年苦心していたことが、コンド、チュウリン両公爵の耳に入ったなら、自分の身はたちまち破滅になる。今は強弱ところを変えてバンダにのど首を握られるのも同然なので、返事もすぐには出来なかった。

 バンダはそうと見て「何、私もこんな事はしたくはないのです。
こうしなくてはどうしても鉄仮面の顔を見ることが出来ませんので、なるべく穏やかに貴方と相談をしたいのです。ただ、しかし、貴方が私を捕らえたときの用心に、今お話をしただけの手はずは整えてあります。」と言うと、彼はやむをえず、「では、十分話合いの上で取り決めたいと思うから、明日の午後五時に王宮の庭にある桃花園の玄関に来い、取り次ぎの者を出しておくから。」こう言ってルーボアは馬車に飛び乗り、我が家を目指して急いで走り去った。

 ここまではうまくこぎ着けたが、この後果して思い通りに運んで行くかは、バンダの一番気にかかることだった。

つづきはここから

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