巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面124

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳      

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                 第百十四回

   
 バンダは国王ルイの姿を見て、あたかも朝日に照らされた雪のように消えてしまいそうな気持ちがして、木陰に隠れようかと思ったが、王は早くもバンダを認めて、その帽子を取り一礼をした。そもそもこの王はどんな女の前でも、帽子を脱がずに通り過ぎたことはなかった。召し使う宮女にも、会う度に礼をしたと今も書き残されているほどだから、バンダに帽子を脱いだ事は、別に怪しむことではなかったが、バンダは宮廷の事を知らなかったので、ただ、はっと驚いて目を伏せ、何と答えて良いか分からず、ただもじもじしていると、王は非常に機嫌良く、片頬に笑みを浮かべたまま、静かにバンダに近づいて来た。

 もはや逃げるに逃げられず、どうしたら良いか分からずただ下を向いていると、王は麗(うるわしい)しい声で「おお、今までに見たことの無い美人だ。私に願い事があって来たのだな。」言えばかなえてやると言うような調子だったが、バンダは気を飲まれて一言も返事をすることが出来なかった。しかし、その胸の中はほとんど湯が沸騰するように沸き返り、今この王に哀願(あいがん)したほうが、かえってルーボアに頼むより手っとり早く解決するだろう。国王として名もない女に声を掛け、その願いを言いださせ、その上で聞き届けないと言うような、徳の無いことはしないだろう。

 願うなら今だ。今願わなかったら既にルーボアも死んでしまった後なので、願い出る方法が無くなってしまうと、心ばかりあせったが、喉がひからびて声が出なかった。特に自分と言い、モーリスと言い、この王を倒そうと狙った敵だったことを思えば、ただ顔ばかり赤らんで熱くなるのを感じた。

 王はこの憐れむべき様子を見て一層可愛そうに思ったのか、「何も恐れることはない。言うが好い。言うが好い。まだそんなに恥ずかしがるところを見ると恋人の身の上かな。何か政府の間違いで恋人が迷惑を受けているので、それを取り払って欲しいと言うのか。」

 このやさしい言葉に励まされ「はい」と一言、非常にかすかな声は、バンダ自ら知らない間に喉から洩れ出たものだった。この時はバンダは既に三十を過ぎており、少女のように、こんなに恥ずかしがる年頃ではないとは言え、真の美人に年齢はないと誰かが言ったように、やつれた中にもまだ消え尽くさない美しさがあった。あのルーボアが昔の愛は消えてしまったとは言え、なお森の中で他の罪人に対してひどく当たるように当たれず、三日の猶予を与え、逃げ去れと言った事からも推察できる。

 特に国王ルイはルーボアとは違い、非常に気の多い人で、初めはオリンプ夫人で、次はバリエイ嬢を愛し、次がモテスパン夫人に移り、五十を過ぎた今は、また有名なぶおとこスカロンと言う貧乏詩人の未亡人モンテノンと密婚し、政治をこの夫人に聞き、そのためルーボアを邪魔にし出したほどなので、バンダにこの様な言葉を掛けるのも別に怪しむことではなかった。

 それにしても王はバンダのかすかな返事を聞き、又一層うれしそうに「やはり私の思った通りだ。それがどうした。その恋人が、はてな、牢にでも入れられたと言うのかな。」
 牢にいる鉄仮面が果して我が恋人のモーリスなのか。はたまた仇敵のオービリヤなのかを聞きたかったが、今は言葉の引き続きで「はい」と答えない訳にはいかなかった。

 またもかすかな声を出したので王は少し真面目になり「ふむ、牢にいる恋人を許してくれと言うのだな。それは宰相のあづかっている事で、事によっては私にも扱いにくいが。」と言い掛ける。

 バンダは全く夢中だった。自分の言葉がどんな事になって行くかも考えずに、ただ心が走るままに「いいえ、助けてくれと言うのでは有りません。立会人のいる前で、ただ一目会わせて下さいと言うだけです。」

 言葉が終わるか終わらない中に王はたちまち眉をひそめ「はてな、立会人のいる前で一目会わせることは囚人一般に許していることだが。それがかなわぬと私に願うところを見ると、余程重い罪人だな。国事犯だろう。」

 国事犯という一言にバンダは急に我に返り、実に飛んでもないことを言い出した、自分の軽はずみさを後悔した。国事犯も国事犯、宮廷を覆し、この王をとりこにしようとした国事犯の大罪人なのだ。
 ルーボアに向かっては言うだけの事情もあり、彼の弱みをつかんでいたからこそ、言い出したものだが、王に向かってこれを言うのは、身のほどを知らない者の言うことだった。どんな事になるか分かったものではなかった。

 もし初めから王に願い出る積もりで十分考えていたことなら、いまさら恐れ惑(まど)うこともないが、計画していた事ではなく、思ってもいなかったのに、この様な場面に出くわしたので、バンダは心が転倒し、どうしたら良いか考えもまとまらず、ただ驚き戸惑うばかりだった。

 国王はなお眉をひそめたまま「誰だ、その方が会いたいという罪人は。」
 問いつめられて逃げる道はなかった。バンダはあたかも倒れるように王の前にひれ伏した。
 「泣いていては分からない。誰だ。」
 「貴方様に申し上げるのは恐れ多いことですが、セント・マールスが預かっている鉄仮面の囚人です。」と言い終わってむせび泣くばかりだった。

 「何、鉄仮面」と国王も一声叫び、顔色を変えて反り返った。

つづきはここから

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