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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面125

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳      

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2009.8.22

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                 第百十五回

     
 王は鉄仮面の名前に驚き、全く顔色を無くしたが、少しして又泣き伏せているバンダをながめ、「どうしてその様な囚人が有ることを知っているのだ。その方は誰に聞いた。」
 もうここまで来ては隠しだてをするのは無駄な事なので、このために殺されても仕方が無いと覚悟をして、運を天にまかせ、何もかも打ち明けようと思い、

 「誰に聞いたのでも有りません。初めから知っていました。ただ彼の顔が見たいばかりに、二十年この方彼の行く先々を付け回っている女です。国王は民の父とやら、貴方様のお恵みでかなわぬ願いはないと聞きます。どうぞ泣く子と同様な私に父の恵みをかけ、この願いをお許し下さい。」とまだ伏せたまま王の足元にはい寄る様子に心を動かさない者がいようか。

 王はほとんど持て余した様子だったが、少し厳かな声で「他の罪人ならともかく」と言ったまま口の中で何かを言うばかりだった。 王がこの様に鉄仮面を重い罪人と見ているのを考えると、鉄仮面はどうやらオービリヤではなく、我が夫モーリスのようだ。バンダは一層熱心に何かを言おうとすると、王は又言葉を続け、「その方は彼が何の罪で捕らわれたのか知っているのか。」「はい、彼は貴方様の宮廷を覆そうとした国事犯です。魔が淵で捕らわれました。」
 王は再び驚き、「その様なことを知っているその方は何者だ。」

 「はい、アルモイス・モーリスの妻バンダです。」王の顔色は見るのも恐ろしいほど騒ぎだした。怒りのためか驚きのためか、バンダは顔も上げられなかったので、そのどちらなのか知るよしもなかった。しばらくして王は何を思ったのか、たちまち顔色を押し鎮(しずめ)め、「ああ、この女は発狂しているな。」と独り言のように言った。バンダは今逃げなければ発狂人として警察の手に渡され、精神病院で生涯を送る身にされてしまうだろう。

 しかしバンダはこの危険も気が付かないのか「はい、二十年この方、世間を捨ててただ一人の囚人に会いたいため苦労を重ねる女、発狂人かも知れません。でも自分の言っていることが分からないほどの発狂人では有りません。」

 国王は又独り言のように、「ふむ、発狂せずにこの様なことを言うなら同じく牢屋に送らなければなるまい。」「はい、牢屋に送られても殺されてもその様なことはかまいません。鉄仮面の顔を見ることが出来ないなら、どうせ永く生きている命では有りません。」

 思い詰めた一言に王もかえって感心したように、再び言葉を穏やかにして 「これ女、1673年に魔が淵で捕らえられた国賊は皆殺されてしまったのだ。」
 「はい、その中にただ一人だけ生け捕られて、鉄の仮面をかぶせられ二十年この方セント・マールスに引き回されているのです。彼の罪は重くても牢の中の苦しみでもう十分償いました。どの様な死刑よりもはるかに重い苦しみを、彼は無言で受けております。

 その罪は許されなくてもせめて一目、私に会わせて下さい。いまもなお、牢の外から彼の事を思っている者が、一人居ると言うことを知らせてやるくらいのお慈悲が、何で貴方様には有りませんか。顔を隠し、身を隠し、妻が自分を思っているのを、それさえも知ることが出来ない。暗いところで二十年の月日を送るその苦しみが、貴方様には分かりませんか。」と今は恨みに我を忘れ、喉が詰まるように嘆くと、

  「いや、その方の願いは聞きたくても聞かれぬ願いだ。一人魔が淵で生け捕られた国賊は、すぐにペロームの砦で死刑に処せられてしまったのだ。二十年前に死んでしまって、今はこの世にいない人だ。」
 初めて聞く大の秘密。そうすれば今の今まで、この世にいない人を居ると思ってその後ろに付いていたのか。あの鉄仮面の囚人はモーリスでもなく、オービリヤでもなくて、ただの縁もゆかりもない罪人だったのか。バンダは余りの驚きに、今まで上げなかった顔を上げ「え、え、何と、それは何と、あの時死刑に処せられましたか。」

 「もちろん死刑に処せられた。剣をもって首をはねる代わりに鉄の仮面でその顔を包んだのだ。生きた人にあの様な鉄の仮面をかぶせるという国法はなく、死刑を言い渡したからこそ、殺して地の底に葬る代わりに鉄の仮面に葬ったのだ。国法から見たらとっくにこの世にいない人だから、今更どうすることも出来ない。セント・マールスが連れているのは、たとえ命があっても囚人の死骸なのだ。その方の心は察するが、国事犯の死骸を生き返らせて、この世の人に会わせることは、国民の父と言われる国王にも出来ないことなのだ。」

 情けない道理を言い聞かされて、バンダは返す言葉もなく「生きている者を死骸とは、こんなに恐ろしい刑罰は有るでしょうか。」と叫び声を出して、又もその所に泣き伏すと、国王は立ち去ろうとして振り返り、「これ、女、死刑に処せられた罪人は墓碑を立てることも許されないが、ただその方の願いに免じて、墓を建ててその後を弔うことだけは許してやろう。その方のことも宰相の耳に入れば許されないところだが、これも許し、その方が再び国事犯に組しない限り、政府も捕らえないことにしてやる。」と言い早くも向こうの方へ立ち去った。

 これだけでも実際大きな思いやりだが、バンダにとっては何のためにもならなかった。現在生きている人を死人と見なし、弔(とむら)うことだけが許されているとは、許されていないよりもっと悲しいことだ。バンダはよろめいて立ち上がり、「もうどうしても死んでしまうより方法はない。」と独り言を言いながら立ち去った。

つづきはここから

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