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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面132

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳      

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                 第百二十二回

     
 疲れ果てている鉄仮面の寝息を聞き、これが天下を震憾させた大英雄の末路かと思えば自然に涙が出て来るが、それよりは先ず永年の本望、ここに届き、それを救い出すところまで来た、そのうれしさに耐えきれず「旦那様、ブリカンベールが救いだしに参りました。」と乗り物に向かってささやきながら、先ずその戸を開けようとすると、厳重な鍵がかかっていて簡単には開かなかった。いっそのこと、乗り物のまま担いで行こうかと思ったが、六人で担ぐ非常に重い乗り物なので、これを担いでは不便も多く、そのためにかえって捕らえられる恐れもある。

 今一度、試してみようと再びその戸にてをかけ、がさりがさりと動かしていると、たちまち一方から声がして、「これ、ホルマノー、何をそのように音をさせるのだ。」と言う声。この声は確かに垂れ幕の後ろから聞こえて来るもので、来き覚えのあるセント・マールスの声だった。

 今彼に目を覚まされては計画が台無しになることは確実なのでブリカンベールは晴天に雷が鳴り渡るのを聞くのより驚いて、エエ、己もホルマノー中佐と同じように一思いに締め殺してやる。その後でゆっくりと仕事をすればもう誰もとがめだてする者もいないだろう。

 ブリカンベールはむっくりと立ち、まさにその垂れ幕をかき分け、セント・マールスの部屋に踊り込む寸前だったが、敵の不意を襲うことは、勇士にとってこの上無い恥なので、この危ない場合にもこれを気にして、少し、躊躇していた。敵がもし手向かって来たなら、たとえ、五人が十人でも、撃ち殺すのに容赦はしないが、前後不覚にベッドで寝ている者に何の警告もせずに殺すのは、ブリカンベールの本意ではない。

 先ほど殺したホルマーノ中佐は全くやむを得ない場合で、いやいやながら殺してしまったが、それさえも死骸に向かって心ばかりの弁解をしたほどなので、その恐ろしい死顔がまだ目の前にちらついている今、再び、卑怯なやり方でセント・マールスを殺すのは、いかにもつらいやり方だと、決行をためらっていると、セント・マールスは口の中で何かをつぶやきながら、また、眠ってしまったのは、数日の旅に疲れていたためでもあろうし、我を寝ず番の、ホルマノー中佐と勘違いしたためでもあると思われる。

 眠る者を引き起こす事もないので、これより少しの間、立ったままで様子を伺っていると、セント・マールスは全く眠ってしまったに違いなく、鉄仮面の疲れた寝息と違い、気持ちよさそうないびきさえもらし始めたので、ブリカンベールは初めて安心し、またもや、駕籠(かご)の戸に身を寄せて、いろいろ動かしてみたが、どうしても開く様子はなく、駕籠のまま持ち去って、たたき壊すのが一番だと思い、危険な方法だとは思いながらも、まず、その棒に手をかけて、持ち上げてみると、重いことは重かったが、たかが一人入っているだけなので、自分の力だけで何とかなりそうだと考え、「好し」と一声うなずいて、駕籠の棒を一方へ長く引き出して、その釣合を程よく調整して、自分の肩に当て、金剛力で担ぎあげた。

 ここまでは意外にうまく行ったが、この時、もしブリカンベールが注意深く駕籠の回りを調べたら、自分が死地に入っていることに気が付いたと思う。相手とするセント・マールスは古今無類の用心深い牢番と言うことで、後々まで名をとどめた有名な人で、自分の出世の元となる大事な囚人を、このように簡単に運び去られるような油断などするものではない。

 彼はマアガレット島を出発するときから、この別荘の備えがゆるく、塀なども非常に乗り越え易いのを気にしていたほどなので、ここに到着した後も、ただ二人の兵士を二階の下に立ち番させ、ホルマノー中佐に寝ずの番をさせただけではまだ安心できず、実はひそかに駕籠の中の鉄仮面の体を縛り、その縄を駕籠の息抜き用の穴から出して、自分の体に結び付けていたのだった。

 これは、必ずしも、外からくせ者が入るのを恐れたのではなく、ただ、鉄仮面が自分から駕籠を抜け出し、ひそかにどこかに逃げ去るのを恐れたための用心であった。今晩初めての事ではなく、これまで、鉄仮面を諸方へ護送する時に、たびたびこのような用心をしていたことが、後になって、その駕籠の作り方からも分かってきた。

 ブリカンベールはこのようになっているとは知らずに、既に、自分の計画は成功したも同じだと、その駕籠を担いだまま、先ほど開いておいた入口の戸の所へずかずかと出て行くと、何か後ろから引っ張るものがあるなと思うか思わないかのうちに、ものすごい音がして、ベッドから転げ落ちる者がいた。

 「おのれ、くせ者」と叫び立てる声とともに駕籠の中も騒ぎだし、我が肩にも非常に重みが加わったので、背後からセント・マールスに取り付かれたのかとおもい、それを振りほどこうとする一心で、駕籠の中の鉄仮面の体が砕けるのも気にせず、必死に梯子段の所を目指してもがいて行った。その間セント・マールスはころころと引きずられて、立とうとしてはまた倒れ、倒れては又転がりながら、声を限りに「くせ者だ、くせ者だ、皆来い、早く、早く」と砕けるばかりの声を出した。

 早くも下の方では、この声を聞き付けた兵士らが騒ぎ立てる音も聞こえる。ブリカンベールは背に重荷を負いながら、前後から敵を受け全く死地に陥ってしまい、もはや駕籠を捨てる以外逃れる方法がないと思われたが、もともと命をかけての仕事なので、命を捨ててもこの駕籠は捨てられないと、猛虎のように暴れて狂ったようにもがいて、やっと階段の所まで来たが、案の定下から狐狩りに出て行った先の兵士が、あわてふためいて登ってこようとしているのが見えた。

 更にこの一瞬、背後のセント・マールスもようやく腰の拳銃を取り出していて、転がりながら一発撃つと2メートルと離れていない距離なので、ねらいは外れず駕籠を打ち抜いたとみえ、駕籠の中から鉄仮面があっと一声、死際の様な声を出すのを聞いた。更にその弾は勢い余ってブリカンベールの肩の辺りに突き刺さった。これには勇士も怯まないわけには行かず、駕籠を後ろに投げ捨てると同時に、自分は前につんのめり、まっ逆さまに落ちて行って、下から登る二人の兵士と団子のように重なって、砕けちるばかりに床に落ちた。

つづきはここから

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