巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面139

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳     

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2009.8.25

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                 第百二十九回

 
 実に人は、水に溺れてもがくときは、助かりたい一心で、流れて来た木の葉にさえしがみつくと言われる。バンダ、ブリカンベール、コフスキーの三人は絶望の淵に沈み、考えも全く尽き果てていた所だったので、慈悲深い長老ギロード師の言葉を得て、助け船に出会った気がして、師を三方から取り囲み師の言葉を聞こうとした。

 師は先ずバンダの方を見て、「今から三十有余年前に貴女はアルモイス・モーリスと言う立派な陸軍士官と手を取り合ってセント・ヨハネ教会に来て、今話しているこの長老の目の前で婚礼を上げたことは良く覚えています。その後、二十有余年経ってブロボン街道の教会へ貴女が頼って来た時は、私は貴女が何か深い目的を持って、そのために辛い日々を送っているのだと感じました。」

 バンダは涙ながらの声で「はい、夫、モーリスを命に代えても探すという深い目的のため」長老はこの言葉を耳に入れないふりをしてさらに言葉を続けたが、バンダの気持ちを十分察しているというように、声を一層哀れげに曇らせ、

 「その後、私がこの教会に呼ばれて来ると、まもなく貴女も叉来ましたから、いよいよただ事ではないなと思いましたが、まさか罪深い政府の囚人を盗み出す大胆な計画とは今日まで気が付かずにおりました。」「長老様、その囚人こそ夫モーリスだと一同思い詰めていました。政府の囚人を盗むのではなく、我が夫を救うのです。生涯離れてはならないと貴方が結びつけてくださった夫です。」

 長老は思わず小さなため息を吐き、「ああ、可愛そうなことだ、だからあの囚人の死骸を墓から掘り出したと言うのですね。」「はい、あの囚人を夫でないと、どうして考えられるでしょう。夫が政府に捕らわれたときから、その後の事をあれこれ考えますと、鉄仮面の囚人がモーリスでなくてはならないのです。あの、魔が淵で捕らわれまして」と言いかけると、魔が淵の名を聞いて長老はピクリとして、「え、魔が淵、それでは貴女方の言う通り、あの鉄仮面の囚人が貴女の夫かも知れません。」

 「ええ、何とおっしゃいます。」「いや、夫モーリス殿ではないと言うことが分かりましたか」「はい、夫ではないと言うことが分かりましたから三人が途方に暮れているのです。」「どうしてそのように分かりました。」「姿が全く違います。あの囚人は骸骨のような怪物です。」

 「怪物でも初めからの怪物ではありますまい。彼が怪しい姿になったのはそれなりの理由が有ります。貴方の夫モーリス殿だとて姿が変わらないとは限りません。鉄仮面の囚人も初めは由緒有る陸軍士官で、愛されたこともあり、愛したこともある、それがある朝、事を間違い、魔が淵で捕らえられたのだと言っていました。彼の死に際の言葉に聞きました。」このうち明け話にはバンダばかりてなくブリカンベールもコフスキーも同じように驚いた。
 
 それでは、見る影もないあの怪物はやはりアルモイス・モーリスの変わり果てた姿だったのか。バンダは余りにも恐ろしい言葉を聞き、脳裏があたかもつむじ風に襲われたようにかき乱れ、少しの間に過ぎ去った事がことごとく思い出された。忙しく思い返しているうち、初めてバンダがあの怪物に会ったのは魔が淵で計画が失敗してから、3ヶ月ほど経った後で、怪物はあの秘密の箱を掘り出していた。彼が我が党の大秘密である手箱の有るところを知っているばかりか、夜陰に忍んで掘り出そうとしたことを考えると、なるほど、モーリスではないとは、はっきり断定は出来ない。

 たしかにあの時怪物が独り言を言ったときの声は何やら初めて聞く声ではなく、聞き覚えのある声に思われ、「あの声は、あの声は」と怪しみ耳を澄ませた覚えがある。モーリスの声だとは思わなかったが、或いは本当にモーリスの声だったので、聞き覚えがあったのだろうか。その次に彼に会ったのはすなわちバンダがナアローに捕まり、穴蔵の中に入れられた時だった。その時彼もその中におり、バンダを見るなり這い寄って来て、バンダの体にすがりついた。或いはこれがモーリスで、死んだと思っていた自分の妻に偶然会うことが出来たため、このようなことをしたのだろうか。

 バンダはあれこれを思い出し、心が全く乱れてどちらとも決める事が出来ず、「ええ、あの囚人も元は由緒ある陸軍士官で、魔が淵で捕らえられたと言っていたのですか。」[はい、千六百七十二年三月二十八日の夜に捕まったと言っていました。]そうすればいよいよ我が夫に違いない。バンダは顔に両手を当てて泣き伏して、「そうとは知らず、そうとは知らず」とただこれだけの声を出すだけだった。

 ブリカンベールも悲しさに耐えきれないように、「どうしてまあ旦那様が、あのような姿におなりになったのだろう。これ、コフスキーもう一度気付け薬を飲ませてみてくれ。」と言いながら倒れたバンダを引き起こそうとした。

 一人コフスキーだけは怪しさに耐えないという顔をして、「いやそうではない、もし、長老様、あの囚人の本名は何と言っていましたか。」「さあ、その本名が私にはは納得が行きません。死亡登録にはマアチェルと書きましたが、何でも陰謀に加担した騎士のことなので名前が幾つもあったのでしょうか。」

 「貴方に本人が言った名前はもしやオーヒリヤとは言いませんでしたか。」「いや、そうは言っていない。何でもフィリップとか言っていました。」フィリップ、フィリップ、さては彼はオービリヤだ。

 魔が淵で我々をだまし命がけの大事を失敗させたあのオービリヤのフィリップめ、フランスの第一の美男子と言われた身が怪物とまで成り下がり、しかも、鉄仮面をかぶせられ、セント・マールスに引き連れられていたかと思うと心地良いことだが、死んだ後まで我々を騙し続けるとは、腹の虫が治まらないことだ。

 オービリヤと聞くとバンダはすぐに涙をおさえ、ブリカンベールの手にすがって起きあがった。

つづきはここから

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