鉄仮面146
鉄仮面
ボアゴベ 著 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください
更に大きくしたい時はインターネットエクスプローラーのメニューの「ページ(p)」をクリックし「拡大」をクリックしてお好みの大きさにしてお読みください。(拡大率125%が見やすい)
since2009.8.27
今までの訪問者数 | 1150人 |
---|---|
今日の訪問者数 | 1人 |
昨日の訪問者数 | 0人 |
第百三十六回
白鳥と呼ばれた囚人が、即ち最初からの鉄仮面で、バンダの夫モーリスであることは、もはや疑う余地が無く、そのモーリスがピネロルで牢から出て、黒鳥のオービリヤがその身代りになって、今まで捕らえられていたことも、又疑いもなくはっきりしてきた。
それにしてもモーリスは、ピネロルの牢を出てその後、どうしたのだろう。縄梯子を下りることさえ出来ないくらい、衰弱していたとすれば、すぐに又捕まってしまったとの疑いも、ないわけではないが、あの時の事を考えると、たぶん捕まってはいないと思われる。アリーが空中で射落とされたときは、モーリスは既にピネロル砦の掘の橋を渡り、市中に出た後だったのだ。
又、監獄所長セント・マールスが、白鳥モーリスが逃げ去ったのに気が付いたのは、きっと翌朝、牢を見回りに行った時にちがいないのだ。モーリスが再び捕まえられなかったからこそ、今まで黒鳥オービリヤが、ただ一人セント・マールスの荷物となって、セント・マールスの行く先々へ護送され、バンダを初め皆に、モーリスに違いないと、思われていたのだ。
考えてみると、モーリスはアリーから、バンダが町外れにいることを聞き、ブリカンベールと同じように懸命にその方角に走り去ったが、バンダの居るところを捜すことが出来ないでいるうち、砦から追っ手が来たので、バンダ、ブリカンベールも逃げ去ってしまい、行方が分からなくなったので、こうなっては仕方がないと見て、モーリスは何処かに身を隠したに違いない。
身を隠した後はどうしたのだろう。ただ一人でバンダの行方を捜しながら死んでしまったのか、今もなお生きていて、何処かに隠れているのだろうか。一同はただあれこれ考えてはみたが、特にこれと言って良い考えは、浮かばなかった。
長老ギロード師は、この様子を見て、「いや、私は黒鳥フィリップの死際に、彼と差向いになって、細々と彼の話を聞きましたが、実はその時から、もしかして貴方達は、彼をモーリス殿と間違えて、付け回しているのではないかと、思いました。
貴方がたが誰にも秘密にしている仕事を、私からもしこうではないかなどと、聞くわけにもいかず、ただそれとなく気を付けている中、貴方がたが彼の墓を暴きましたので、今はいよいよ私が出る番だと思い、間違いが起こったいきさつを話し、貴方がたの迷いを覚まさせるために来たのです。」
「これから後は、私の知るところではなく、貴方がたの仕事ですから、ご相談の上どのようにでも、なされると良いと思います。ただ貴方がたは、夜が明けない中に、棺を元の所に納める必要があります。そうしないと、この事が外にもれて、どんな事になるか分かりません。」と言い、
更に又、「貴方がたはきっと、オービリヤと言う彼の死骸を、まだ憎いと思っているかも知れませんが、もう憎む必要は有りません。彼も死際には十分後悔していました。」
「彼はセントマールスの別荘で、コフスキー殿を見たときから、さてはモーリスの残党がまだ生き残っていて、自分を付け狙っているのだなと、悟ったそうです。今度又コフスキー殿が、これを飲めば助かると言って、毒薬を渡したときも、彼はすぐにこれは毒薬だと、気づいたそうです。もちろん、貴方達が解毒剤を使って、彼を生き返らせるつもりで、救うのだとは夢にも思わず、ただ、自分を憎み自分の命を取るためだ、とは思ったそうですが。」
「彼は既にこの世に飽き、死んだ方がはるかに増しだと、以前から考えていた事と、もう一つは、又、自分が苦しむのも、昔勇者を欺いた罰と考え、自分から仇を返される覚悟をしていたので、毒薬を自分の罪滅ぼしに飲んだのです。この事を考えると彼の罪はもう消えました。この上更に恨むことも無いでしょうから、死骸だけは元の場所に葬ってやるのが良いでしょう。」と言う。
なるほど、その通りだ。彼は既に毒薬で死んだ上、その罪まで悔やんでいたと言うならば、その死骸に仇討をすることは、志士のすることではない。バンダは潔くこれを受け入れて、更に長老の慈悲に感謝すると、長老は十分満足して立ち去った。その後ブリカンベールとコフスキーは、再び怪物を棺に納めて元の墓場に葬ったが、これらの事をやり遂げて、バンダの小屋に戻った時は、すっかり夜も明けた後だった。
それで三人は又これからの相談を始めたが、モーリスがピネロルから逃げて、今もこの世に生存しているとしても、その住んでいるところを知ることは、雲をつかむような難しいことだ。しかし今まで多くの苦労をしてきた三人なので、どうしてこのままで、終わりに出来ようか。
モーリスの身になって考えてみると、彼は事によるとコンド、チュウリン両公爵を頼りに、パリに来たのではと言う疑いもあるが、パリに入るのは非常に危険なだけでなく、昔から万一にも両公爵に、その筋の疑いがかかってはいけない、と言って通信もしないほどであったから、パリに来るはずはなかった。
それならば、彼はブルセル府に行ったかとも思われるが、ブルセル府に入るほどなら、セント・ヨハネ教会に入り、長老ギロード師を訪ねるか、そうではなくても、昔同所で我らが党の世話をしてくれた人も、まだ同所に何人もいるので、その人たちの所を訪ねたはずで、そうすればその事は今まで三人に知れるはずである。パリでもなくブルセル府でもなければ、彼はあるいは一カ所に所を定めず、バンダの行方を捜がしているのだろうか。
二十年の間、妻の行方だけを捜して、放浪して居るとも思えない。ただ彼が安全に居られるのは、オリンプ夫人と同じオーストリーかも知れない。同国には我らが党の盟主とした、ライソラ伯爵もまだ健在なので、ここを訪ねて行ったかも知れない。色々推量した後、どちらにしろ、パルマ国はオーストリーへ行く途中なので、先ずパルマ国まで行き、バイシンの知恵を借りるのが一番だと相談して決まり、この翌日三人で、パルマ国を目指して出発したが、その結果はどうなるだろう。
つづきはここから
a:1150 t:1 y:0