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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面2

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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           序説(二)

 
 何のため鉄仮面をかぶせ、かぶせられた人は誰なのか。その罪は何だったのか。様々な調査から、様々な憶測が出たが、どれも調査が進むうちに、間違いであることが分かってきた。ここに、それらの推量の主なものを記そう。

 最も世間に話題になった説は、有名な文学者ボルテールの説だろう。この人は、非常に優れた考えをして、不思議な工夫を凝らした。

 「鉄仮面は、前王ルイ十三世の后だったアンヌ妃が生んだ私生児(伯爵ベルマンドア)か、さもなければルイ十四世とバリエール嬢との間に生まれた私生児だろう。」と言う説は、ただ着想の面白さだけで、十分な歴史上の証拠はない。実際、その伯爵ベルマンドアは鉄仮面より十年前にバルセーユで死んでいる。

 次は、「英国チャールズⅡ世の落とし胤でマンモース侯爵と呼ばれていた人だろう」と言われているが、この侯爵も1685年7月16日に斬首されているので、1703年に死んだ鉄仮面ではない。

 また、「ビウホード侯爵こそは、その鉄仮面に違いない」と言う人が多いが、この侯爵は1669年6月26日カンジヤの戦場で討ち死にしている。つまり、鉄仮面が捕らわれる前にこの世を去っている。

 ある人は、「ルイ14世の総理大臣と大蔵大臣を兼ね、非常な権力を振るった、フォーケーだろう」と言うが、確かにフォーケーは鉄仮面と同じ頃、ピネロルの砦に幽囚されていたが、パリの大監獄には移されず、ピネロルの獄中で1680年3月23日に死んだ。

 有名な歴史家シスモンダイ氏の説では、前に記したルイ十四世の母、「アンヌ妃が双子を生んだため、一人を王位にのぼせ、ルイ十四世とし、王位の争いが起こるのを恐れ、残る一人に鉄仮面をかぶせて生涯を獄中で送らせた」と言う。元々双子でルイ十四世と顔かたちが同じなので、仮面をかぶせずには置かれなかったと言うことだ。

 この説は、仕組みの面白いことでは第一なので、有名な作家フルニエやアーノルドらは、これを芝居に作り、1831年オデオン劇場で上演したことがある。また、小説家アレキサンドル・デュマもこの説を焼き直し、「子爵フラゼロン」と題する小説を作った。しかし、これらの説は、いろいろな伝記を作って名を上げたスーラビーと称する人が自分の想像を土台として作ったもので、何の根拠も無いものだった。

 この他にもう一説ある。これは事実の調査では最も名の知られた諸大家にも同意を得ている説で、特に、メーリヤ、トービンなどはその考証を集めて一冊の本を著した。その説によれば「フランスのルイ十四世がサボーイの君主と平和条約を結び、カサル地方を我が領土として受け取ろうと協議した時、その席に立ち会っていたマンチュア侯爵の従者マツチョリだ」という説だ。
  
 なるほど、従者マツチョリは恐るべき陰謀家で、上の条約に際しルイ王から賄賂を受けながら、かえってルイ王の秘密を敵に売り、二重の謀反を図ったので、1679年に鉄仮面と同じく、ピネロルの獄に捕らえられ、その後も、鉄仮面と同じく、セント・マールス氏に保監されていた。
 この説は最も事実にもとづいたものなので、誰も異議を言い立てる人は居なくて、一時は、ほとんどこの説に決まりかけたが、租税局の役人を努めたジャンクという人が、これを疑い、二百年前のいろいろな記録から調査を始め、当時の大臣ルーボアと鉄仮面の保監者セント・マールスとの間を往復した秘密書類、その他の密書、公文書等をあれこれ調査して、ようやくこの説の誤りを見つけた。

 これで、これまでの説は全て間違っていることが分かったが、それにつけても分からないのは鉄仮面の正体だ。誰で、何の罪で、何のための鉄仮面なのだろう。
 これらの調査につれて、鉄仮面の当時の事情は次第に分かってきたが、鉄仮面だけは分からない。
 その保監者セント・マールスとは古今未曾有の厳しくて、むごい牢番で、ただ、自分の出世を乞い願い、上役から言いつかった事は命に代えてもこれを守り、下に向かっては、少しの慈悲もなく、ついに、この哀れむべき囚人に三十年間も鉄の仮面をかぶせたままにしておき、誰にもその顔を見せずに、国家の秘密を守り通した事が分かった。ただ分からないのは鉄仮面の事ばかり。

 私は前からこの不幸な囚人の身の上を調べようと決心していたので、、世話をしてくれる人を頼って、政府の文書を調べてみたが、政府関係の事柄はこの時代(ルイ十四世)ほど記録がそろっている時代はない。しかし又、民事の事については、この時代ほど分からない時代はない。それなのに、政府向けの書類にこの事件を記録していないのは、当時の国王、あるいは大臣が、、重大な秘密として書記官にさえも、知らせなかったからに違いない。

 私はこのように考えて、方向を一転し、更にわかりにくい民間の記録を調べ始め、何年もの苦心の末、今ははっきりと鉄仮面が誰で、その罪が何の罪だったのかを、調査することが出来た。実にこれは奇々怪々な事実なので、私は当時の歴史と照らし合わせ、なるべく広く世の中の人に知らせたいと思い、小説の形にして公にすることにした。
 気ながに本書を読み終わって、初めて鉄仮面が誰だか分かるだろう。
 鉄仮面の本名はこの書の終わりのページにある。
 
 パリにて       ボアゴベ記 


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