巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面23

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

更に大きくしたい時はインターネットエクスプローラーのメニューの「ページ(p)」をクリックし「拡大」をクリックしてお好みの大きさにしてお読みください。(拡大率125%が見やすい)

since2009.7.19

今までの訪問者数985人
今日の訪問者数1人
昨日の訪問者数0人

          第十四回                 

   
 オービリヤ大尉が現れたのを見て、モーリスは喜びの色を顔に浮かべ、「オオ、人の注意を引くまいと思い、所々寄り道をして来たので大層手間取ってしまった。それで一同の者達は?」、オービリヤはすぐには返事をせず、まずバンダの方を向いて「イヤ、奥方、この様なところから急に飛び出て、驚かせたのは申し訳有りませんでした。」と言って丁寧に挨拶を始めようとするのを、モーリスがもどかしがって、「エエ、大尉、一同の者達はどうしたか。」

 オービリヤは仕方なくバンダからこちらに向き、「それはもう、言うまでもなくパリからの密使次第で、すぐにも出発する手はずを決め、向こうの村で勢ぞろいをしているから大丈夫だ。君の馬丁(べっとう)アリーは、今にも馬に鞍を置きその辺にやって来るだろう。僕は先刻から決められていた場所で待っていたが、余りに君が遅いからここまでぶらぶら見に来たのだ。さあ来たまえ。奥方もいらっつしゃい。」と先に立って案内した。
 
 ここから50mも行くと、雑木が取り囲んだ中に広さ十畳程の芝生の所がある。そこが前から決めていた集合場所だ。バンダはただこの後の事を心配しながら、夫と並んで木の株に腰を下ろすと、オービリヤ大尉はバンダの正面で、斜めに体を向けて、足を芝生に投げ出して、美しい横顔をバンダが眺めれるようにして、自分は待ち遠しそうに遥(はるか)か彼方の空を眺めながら、この頃秘密党の間で流行している、ある軍歌を低い声で歌い始めた。

 その声は明るくはつらつとしていて、微妙な楽器から出たのではないかと思うほどで、風が梢(こずえ)を渡るごとく、水が谷合に煙るように自然だった。もしパリで美人達にこの歌を聞かせたなら、誰一人としてその心がとろけ、気持ちが動かない者はいないだろう。バンダも思わず聞きほれて、彼の姿を眺めると、日頃は非常にはでな服を着ていたのが、今日は勇ましい軍人の扮装(いでたち)で日頃とは又別な趣があった。

 特にその軽い帽子をしまりなく頭の後ろにはねのけて、その縁からはみ出している髪の毛は黄金のように艶(つや)があり、短いけれど房となっている。また何気なく額に当てている手の優雅さ、時々赤い唇のの間から現れる歯の麗しさ、本当にこれは天界の人でなければ、絵に描いた貴公子が、ここに抜け出て来たのではないかと疑うばかりだ。

 バンダがもし心に気に掛かることがなかったなら、この美しさに魂を奪われて、我を忘れてしまったかも知れないが、様ざまな事が気にかかって、見るものも目に入らぬ程の時なので、オービリヤ大尉を眺めながらも、その美しさが心に留まらないようだ。モーリスもただ大尉と同じく向こうの方を眺めていたが、第一に膝を打って「アア、来た来た」と立ち上がる。

 バンダもこれに驚いて彼方(かなた)を見ると、前から知っているモーリスの部下の、ポーランド人のコフスキーと言う者が、旅人の服装で彼方から走って来て、見ている間に早くも一同の前に来て、軍人風に立礼した。モーリスは笑顔で「オオ、コフスキー、定めし道中は難儀したろう。パリの様子はどうだ。今日はお前が帰って来る予定の日だから、事によると帰って来るかも知れないと思い、一同で待っていた。さあ、パリの様子はどうだ。早く聞かせろ。」

 コフスキーはどうしてか答えるのを躊躇(ちゅうちょ)して、ただ疑わしげにオービリヤ大尉の顔を眺めているだけなので、モーリスはそれと察して、「おお、お前はまだ、オービリヤ大尉を知らないのだったな。以前から我が党のために働く士官で、このたびの先鋒に加わった。この方には少しも遠慮はいらない。私に知らせることは、この方にも同じように知らせて良いのだ。」

 コフスキーはやむを得ないと言う様子で、「では申します。今からすぐに出発すれば成功間違いなしです。」と言いかけて再び大尉の顔を眺め口ごもる様子なので、大尉もそれに気ずき、「オオ、さすがにモーリス君だ。この様によく部下を仕込んだものだ。初めて見る僕の顔を疑うとは、実にこうでなくてはならない。僕がモーリス君だったとしても、これくらい大事を取る士卒でなければ、決して秘密の使者には使わない。よしよし、僕は話の済むまで席を外そう。ナンダネ、モーリス君、僕がこれくらいの事で気を悪くするとでも思っているのかね。」と言い、

 未練もなく立ち上がり、モーリスが引き留めるのも聞かず、そのまま何処かに立ち去ろうとして、「だが、一刻も早くこの様な忠義の士に近好きになれないのは残念だ。立ち去る前に握手だけはしておこう、ね、コフスキー殿」と言い、早やコフスキーの手を取って握りしめるその様子は、率直で愛らしく何とも言えないほどだったが、しかしこの一握りで彼の魔力はすでにコフスキーを酔わせたのだ。

 握り終わって、すたすた立ち去るのを見て、モーリスはこの様に心の開けた武人をのけ者にするとは、無作法も過ぎると思ったらしく、「これこれ、大尉、大尉」と呼び止め、いそがしくバンダに目配せすると、バンダはすぐにその気持ちを悟り、自ら立ち上がって走りより、去ろうとする大尉の腕に後ろから手をかけて引き留めると、大尉もこれには逆らえず、バンダのその手に又手を掛けながら、引かれるままに元の場所に戻ったが、バンダの手と大尉の手が触れたのはこれが初めてだった。

 このようにしてついにオービリヤ大尉は、モーリスと共にコフスキーの秘密の報告を聞くことになった。


つづき第15回はここから

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花