巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面33

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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          第二十四回                 a:1400 y:0 t:1

 一同の命とも言うべき手箱の在処を、もうオービリヤに知らせてしまったとは、もう取り返しの付かない失敗なので、バンダは苦やし涙を流し「ええ、貴方はあの人を怪しいとは思わないのですか。あの人は敵の回し者に決まっています。」モーリスはほとんど腹を立てて、「お前は何を見て、味方の勇士を疑うのだ。」「あのオービリヤが味方の勇士などと言うから間違うのです。」「お前も今までオービリヤを信じていて」

 「はい、今までは十分に分からなかったので別に疑いもしませんでした。が、今は何もかも分かりました。馬屋を焼いたのも彼の仕業、彼は前から敵に心を寄せていて、一同をパリまでの道中で捕らえさせようとしていたのです。それで、我々を一日でも遅らせるため、あのような事をしたのです。いえ、女の浅薄なあて推量では有りません。そうですよ。そうですよ。それに決まっています。その証拠には彼の今夜の様子を見てみなさい。」

 「彼はペロームの常夜灯が見えるまでは心配げに気がふさいでいましたが、常夜灯が見えてからは急に元気になりました。常夜灯とは言うものの、あれが彼への合図です。合図が見えなかったので彼は敵の準備がまだ出来ていないと心配し、今は合図が見えたので自分の手柄がもうすぐだと喜んでいるのです。その上又、彼がしんがりをすると言い出したのも同じねらいです。彼は一同にこの川を渡らせて自分は一人後ろへ逃げ、回り道をして敵の所に行くつもりです。はい、敵に手箱の秘密を売りに行くのです。」とささやきながらも非常に早口で説き聞かせた。

 モーリスは「なに、その様なことが有るものか。」と表面では軽く聞き流したものの、内心では少しこの言葉に動かされ、引き続いて「いや、そうならば、しんがりをさせずに私と一緒に前の列に立たせるだけだ。それを彼が嫌だと言えばなるほど少し怪しいと認めるが、さもなければ少しも疑う事はない。それに、お前の言葉を聞くと、何だか敵が向こう岸に待ってでもいるように聞こえる。あははは、これはおかしい。」と笑ったが、笑うその声に張りがなく、非常に陰気に聞こえるのは、心に何か引っかかることが有るからだろう。

 バンダは更に涙声で「いえ、、私も向こう岸が危ないと思います。昼間ならまだしも」「馬鹿め、昼間にペロームの守備隊の下を渡れるか。」「そうでしょうが、女の言葉と聞き流しては失敗します。今まで一度も貴方のなさることに、口出ししたことの無い私が、こう思うのは、よくよくの事だと思いませんか。虫が知らせるとでも言うのか、私は気になって気になって」「虫が知らせる。その様なつまらない事を聞いては居られぬ。と言い、モーリスは手を払って去ろうとした。

 バンダはなおも引き留めて「つまらぬとおっしゃっても、私には災難が前もって分かるような気がします。幼い頃、母を亡くしたときも、その前夜に母が棺の中に横たわっているところを、ありありと夢にみました。昨夜は夢に又貴方が」「おお、俺がどうしているところを見た。俺がもし向こう岸で殺されれば棺などに入れて葬られることなどはなく、すぐ谷川に投げ込まれるから、俺の死骸が流れて行くところでも見たのか。」「いいえ、そんなことでは有りません。貴方が薄暗い牢の中で繋(つな)がれているところを見ました。」

 モーリスはこの一言に、寒風が身にしみこむように、ぞっとしたが、心弱くては出来ない事なので、決然とした声で「何がどうしても、今更退(しりぞ)ける場合ではない。敵が向こう岸に待ち伏せしているほどなら、今更引き返したところで追って来て捕まる。それに又、オービリヤ大尉を疑うなど大間違いだ。大尉は我が党の恩人から親書を付けて派遣された人で、今までの熱心さでその人柄は分かっている。それでもまだ疑わしいというなら、前列に回すからお前も安心するが良い。」と言って静かにバンダを退かせた。
 
 バンダは益々曇る声で「貴方がそれほどおっしゃるならもう何も言いません。貴方が捕らわれたら、一緒に捕らわれるだけです。ですがただ一つ伺って置きたいのは、あのオービリヤ大尉に何もかも打ち明けてしまいましたか。」

 モーリスは更に声を潜めて「手箱の中の連判状に無い名前だけはまだ知らせてない。」「連判状に無い名前とはあの宮廷にいる大将軍の」と言いかける口に手を当て「そうさ、俺がこの通り、悩み、苦しみを重ねるのも、一つは大将軍の深い恩に報(むくい)いるためだ。」

 「たとえ、我々の努力でルイを虜にしたところで、大将軍がその間に宮廷でルイ王廃位の布告を出し、それぞれ大臣を任命し、ルーボアその他の悪臣を取り除かなくては、何にもならない。いままでの恩から考えて、大将軍の名前ばかりはお前の他には、知らせてはいない。俺とお前の口から洩れなければ、ルーボアでもあの人が我々の大将軍だと知りはしない。」

 「その他にもオリンプ夫人を初め、身分の高い人は、連判状には書いてないから、この秘密はお前が守ってくれなければならぬ。」といつもより親切に言い聞かせ、更にバンダを引き寄せ、真心込めてキッスをすると、バンダは夫の愛がまだ変わっていないのを知り、今まで感じたことが無いほど、うれしさが胸にこみ上げてきたが、これが生涯の別れになりはしないかと、又悲しさがこみ上げて来るのを、涙と共に呑込み、闇に紛らす心の内は、思いやるのも哀れでならない。
 
 この様なやり取りをしていると、コフスキーの声で「もう、一同用意が出来ました。」と報告が来たので、モーリスは未練もなく馬を返し、コフスキーとオービリヤの間に入り「さあ、三人が前の列だ。後は思い思いに続くがよい。」と厳重に言い渡すと、オービリヤにはもはや言い返す暇がなく、馬を並べて魔が淵に飛び込んだ。

 バンダも何の躊躇(ちゅうちょ)もなく一同と共にその後に従ったが、淵とは言えど谷川なので、馬の背が立たないと言うほどではなかった。ただ流れが非常に急で水音も激しいので、一歩間違うと、どんな事になるか分からない。

 用心に用心を重ねて進むこと約一時間で、ようやく難所を通り過ぎ、一同がほとんど一塊になって、もうちょっとで向こう岸に着こうとする時、モーリスは一人十メートルほど先に進み、早くも馬を土手の上に立てて、「ああ、思ったより簡単だった。さあ、諸君もう一息だ」と振り向いて励ましたが、この声が終わらない内に、たちまちパッと土手の陰から燃え上がった火の光、これこそ敵が隠してい松明だった。

 闇に慣れた一同の目には、天地が一度に照らされたかと疑うほどの明るさで、その中から轟然(ごうぜん)たる鉄砲の音がして、哀れモーリスはただ一発で射止められ、まっ逆さまに馬から落ちてしまった。

第二十四回終り
つづき第25回はここから

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