巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面34

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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          第二十五回

 モーリスが馬から落ちると五、六人の兵士が一斉に飛びかかり、彼の死体を土手の陰に引きずり込むのが見えたが、この後はただ大混乱となり、何がなにやら見分けもつかなくなった。「それ、敵の伏兵だぞ、それ、大将が殺されたぞ」と叫ぶ声は残る十四人の口々をついて出たが、さすが決死の覚悟が出来た面々ばかりだったので、この期に及んで逃げようなどと言うものは一人もいなかった。

 一様に馬をおどらせ次から次と土手の上に登ろうとしたが、一斉に打つ敵の弾(たま)は雨、あられのように降り注ぎ、しばらくすると馬は傷つき、人は倒れ、川の水も血の色に変わった。バンダも皆と一緒に早く土手に押し登り、モーリスを助けることはできなくても、せめて彼と頭をを並べて死にたいと、懸命に馬にむちを当てたが、田舎で買い集めた百姓の駄馬(だば)なので、鉄砲の弾に驚いてか一歩も進まず、もどかしいかぎりだった。

 ただ、「あれあれ」と鞍の上でもがいているあいだに、飛んでくる敵の弾は馬に当たり、バンダは馬と共に水の中に落ちてしまった。少しは水泳が出来るので、この方が気が楽だと思い水中に立ち上がってみると、水はそんなに深くなくようやく胸の乳の辺りに届くくらいだった。岸まではあと四メートル位なので、どうにかして漕(こ)ぎ着けようとしたが、悲しいかな足がまだ馬具にからんでいて、流れる馬に引き倒され、味方の苦戦を見ながら、水の中に引き込まれて入った。
 
 頃はまだ三月の末なので雪解け水は、たとえようもないくらい冷たかった。このまま十分間も水中に沈んでいたら、凍え死ぬのは確実だったが、幸いにも、数分もしない中に足に絡んでいた馬具が外れたので、またすぐに立ち上がった。この様にしながら、ただ敵兵が互いにどなり合うのを聞くだけだった。「何だ、敵の大将と副大将は殺してはいかんと言ったのに、皆ごろしにしてしまったではないか。」

 「殺してしまってからそんなことを言われても仕方が無い。さあさあ、死体は決めていた通り、石の重石を着けて沈めるのだ」「いや、大将だか副大将だか分からぬが、一人だけはかすり傷で生きているから、早く縛って猿ぐつわをはめてしまった。兵卒の服ではなく、士官の服を着けているから、大将、副大将のどちらかに決まっている。連れていって調べればすぐどっちか分かるだろう。」

 これらの声がはっきりと耳に入ったので、バンダは我が党の永年の大望がここに全く破れ去り、力と頼む面々も残りなく死んでしまったのを知り、絶望のあまりこのまま水中に沈み死のうと思ったが、いやいや、士官の服を着けた一人が生き残っていると言えば、モーリスかも知れないと思い、たとえオービリヤ大尉だったにしても、彼は今、皆の命を売った事は明白なので、彼がこの世に生きている中は、自分も死んではいけない。

 第一にまず生きているのが彼かモーリスかを探り、モーリスと分かったなら救いだそう。モーリスが死んで彼一人生き残ったとすれば、女ながらもモーリスの仇を打たずには置けない。同志が皆死んでもまだブリカンベールが、何処かに生き残っていることは確かなので、どちらにしろ今死ぬべき時ではないと、瞬時(しゅんじ)に考え、またも、もがいて土手の方に進もうとすると、味方の死体を川に投げ込む、ものすごい水音が何度も耳に響いて来た。
 
 そのうちにバンダは体が冷えてきて、手さえ思ったように動かせなくなってきたのを感じたが、岸はもう目の前だったので、もう一息だと自分を励ました丁度その時、流れてきた物がどさりとぶつかってきたが、たぶん今投げ込まれた死体の一つに違いない。

 バンダはまたも打ち倒され、今度こそはもはや生きて帰れないほど、深くまで沈み込み、急流にしばらく流されたが、それでも寿命があったのか、何か手に触れるものがあり、わずかに残っていた力を振り絞って、必死にそれにしがみついてみると、これは土手の崩れた所から川に倒れた木の枝で、バンダがすがりつくと、体の重みと水の勢いがその枝に加わり、自然にバンダの体を土手の崩れたところに引き寄せた。

 バンダはほとんど何のために、この様に引き寄せられたのかを知らなかった。どうしてか分からないが、自分の体が引き上げられたことを喜び、土手に繁っている葦の中にはい上がったが、ここで、もはや精も魂も尽き果て、ほとんど一足も進むことが出来なかった。
 ことに、水中にいたときよりも一層寒さがつのり、手も足もちぎれてしまうかと思える程で、骨まで痛みだし、もう駄目だと思いながら、モーリスの名前を唱えながら、そこに倒れたまま死んだ様に、又眠るように、うつらうつらと生死をさまよった。

 何時間かして、あたかも悪い夢に襲われた人のように、突然我に帰ったが、寒さは初めと同じように寒く、胴震いが止まらなかったが、心の底の何処かに生気がまだ残っていて、特にモーリスを初め、皆がむざむざ闇討ちにあった様子が、今も目の前に残っていて、そのかなしさ、その悔しさの一念を杖にして茂み中に立ち上がった。

第25回終り
つづき第26回はここから

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