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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面35

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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          第二十六回

 モーリスの永年の大望も、可愛そうに一同の命と共に魔が淵の一筋の水煙となって終わり、謀反もここに消え、旗揚げもここで終わって、残ったのはただ行き先の無いバンダ一人となってしまった。
 バンダは凍る体を起こして茂みの中に立ち上がり、あちこち見回して見たが、あたりはひっそりと静まり返り、葦の葉にそよぐ風もなかった。

 今からわずか一時間前にここで、銃声が鳴り響き、剣戟(けんげき)の音がこだまする、修羅場(血生臭い戦闘場所)になっていたとは誰も想像できはしない。敵の兵士もその手柄に安心して、すでに立ち去ってしまったので、そろりそろりと茂みをかき分け土手の上まではい上がってみたが、この時初めて目に入ったのは夕暮れに見たペローム守備隊の常夜灯だった。オービリヤに合図して一同を滅ぼしたのもこの常夜灯だったし、敵兵が捕虜を連れて引き上げたのもこの常夜灯の下に違いない。

 思えば悔しさは耐がたく、どうしてもあの常夜灯の所に行き、何処か隙間を捜して入り込み、捕虜がモーリスなのかオービリヤなのか確かめずには気が済まなかった。夫の生死がはっきりしない今となっては、自分が捕らわれることを何で恐れていられようか。捕らわれてパリに送られ、直接ルーボアに調べられる事にでもなったら、せめて恨みの一言でも言ってやり、モーリスの妻の馬鹿に出来ないことを思い知らせてやる。

 ただ死ぬよりも望むところだ。しばらくは常夜灯をじっとにらみ、こぶしを握りしめているばかりだったが、ふと、考えが浮かび、勇気が涌き、寒さも暗さも忘れてスススーと土手を降りた。ここで先ず濡れている着物を絞ると、幸いなことに、水獣の毛皮で作った胴着を着ていたので、腰から上は水が通らず、手足ほどには冷えて居なかったので、暖かく、そのうち裾も乾くだろうと、ここからひたすら常夜灯を目指して転んだりつまづいたりしながら辿って行くと、約三時間程で夜の明けぎわに守備隊の裏手に着いた。

 この間の苦労はほとんど例えようもないほどだった。道無き野原で石につまづき、草むらに迷い込んでは茨に手足を引き裂かれるなど、もう一歩も進めないと諦めかけた事も何度もあったが、その度に常夜灯に励まされやっとの思いでここまでたどり着いたのだ。
 
 さて何処から忍び込み、何処で捕虜の事を探ったら良いのか、うまい考えも浮かばなかったが、先ずとりあえず守備隊の周囲を回って見ると、表の門には大扉を閉ざし、外には剣を持った二人の兵士が厳しく立ち番をして、隙間(すきま)があるはずはなかった。中の様子は眠っているように静かで、人がいるとは思えないほどだったが、ここ以外にあの捕虜が留置されているところがあるとは思えないので、再び後ろに引き返し、横の方に回って行くと、横の塀の低いところに裏門とも言うような、くぐり戸があった。

 その戸は開けっ放しになっていて、中には火の気も見えたので、忍び込むのはここだと思って少しはなれて様子を見ていると、天の助けか、中から何か荷物を担いだ男があくびをしながら出て来て、「ああ、夜が短くなった。少し眠るとすぐ明ける。毎朝のおかずの買い入れも辛いが、これも役目だ仕方が無い。」と言いながら向こうの方にそろそろと出て行った。

 さては、ここは守備隊の炊事場で、今の男は炊事係と思われる。この隙(すき)に忍び込まなければ、何時忍び込む時があろうかと、バンダは恐ろしさも知らず、あたかも夢の心地でふらふらと歩いて行くと、中は十メートル四方もありそうな土間で、その片側に大きな竈(かまど)があり、ここに火まで起こっていたのは、パンでも焼く用意かと思われる。入り込むとムッとするほど暖かかったので、今までの寒さが一通りで無かった事に気づき、我慢できなくて火の側に走りよって体を暖め始めた。
 
 ああ、バンダ、気が違ったとしか言いようが無い。まだ大望があるからこそ忍びに忍んでここまで入り込んだのに、今は、夏、虫が火に引かれるように竈の側に引き寄せられ、ほとんど我を忘れて身を暖めるとはどうした事だろう。バンダは自分の身が危ないと言うことを全く忘れてしまったのだろうか。いやいや、彼女はただ、今まで身に余る苦しみを耐えてきたため、気力が全く尽き果て、気がうっとりと、遠くなり、一切の事がすべて心に入ってこなくなり、眠っているわけではないが夢路に迷い込んでいるのだ。

 この様なことは時々あることで、このまま眠ってしまうと、ついには目が醒めずに消えるようにこの世を去ってしまうだろう。幸いにして目が醒めれば、かえって今までの疲れを忘れ、体が爽(さわ)やかになることもある。このようにして、しばらくの間、夢と現実の間をさまよっていたが、外から誰かが入ってきた物音にバンダはたちまち驚き目覚めたが、冷たかった自分の顔が火にあぶられて熱くなったのを感じ、二度、三度手の平で頬を撫でながら辺りを見て、初めて自分が虎の口先で寝ていたことに気が付いた。

 気が付いたがどうしたら良いのだろう。炊事係が帰って来て、その重い足音は戸の外に聞こえて来たので、もう逃げる場所は無い。ただ、一方の逃げ道は土間から奥の方に通じている廊下だけで、この廊下が何処に通じているのかは全く分からない。この先どうなるかと言う事も考える暇もなく、早くもその廊下に飛び出し奥へ奥へと逃げ込んだ。
第26回終り

つづき第27回はここから

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