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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面37

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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          第二十八回

 今までしばらくの間、ナアローと守備隊長との話にただ聞きほれていたが、守備隊長が捕虜を連れに行って来ると言って出て来るのに、はっと驚き、バンダは逃げ去ろうかと思ったが、一本の長い廊下で、逃げようとしても逃げられるものではなく、その上捕虜を連れて来ると言うからには、どんな事をしてもここに残り、その捕虜の顔を見極めなければならないと思い、何処かに身を隠すところは無いかと辺りをきょろきょろ見回すと、有難い、有難い、階段の下に物置のような所があった。

 これで助かるとその戸に手をかけて引開けると、中には色々ながらくたが詰め込んであったが、それらをいちいち見ている暇もないので、すぐに飛び込んで戸を閉めると、長い間閉めきってあった部屋らしくかび臭い匂いがして、普段ならちょっとの間も留まっている事が出来ないような所だったが、今は極楽に勝る隠れ場所であった。

 外から光が差し込まないので恐ろしいくらい暗かったが、どうせ身を隠すだけなので、暗いのをいやがることもない。すぐに鍵穴に目を当てて覗き見ると、葦の管で天を見るような感じだったが、穴はだいたい向いの戸の方を向いていたので、今までより、かえって部屋の中を見るのに便利だった。

 ところで、守備隊長はどうしたのか、なかなか戻って来なかった。やっとナアローの所に戻って来て、「ですが、仮面のままで連れて来ましょうか。」と聞く。「もちろんさ、ここで調べると言う訳には行かぬ。今はただ仮面の具合いを見るだけだ。」と答えた。それで守備隊長はまた出て行ったが、穴に近ずくに従って、狭い穴一杯に体がふさがり、彼がこの隠れ場所に目を注いだかどうかは分からなかった。ただ、彼は歩く調子を変えず、ゆうゆうとこの前を通り過ぎて行ったので、もちろん怪しんではいないようだ。

 出て行って五分も経つと、荒々しい足音が聞こえて来た。さてはこれはモーリスに違いない。捕まえられたのを怒って、荒々しく廊下を踏みならして来たと見える、オービリヤにはこの様な勇気は無いだろう。などと色々な推量をする間に、もう足音は向こうの部屋に入った。見るとこれはモーリスでもオービリヤでも無かった。ただのタンカを担いだ二人の士官だった。

 捕虜はタンカの上に寝ているようだ。とすると、大怪我をして、自分で歩くことが出来ないのか。そのうちに二人の士官はタンカを下ろして出て行った。またも、守備隊長とナアローの二人となり、すぐにタンカの両側に立ち、怪我人を調べ始めたので、バンダは目を大きく見開いたが、穴の大きさは変わらなかったのでどうしようもなかった。

 特に守備隊長がタンカのこちら側に立ちふさがり、丁度、捕虜の顔の辺りを隠す位置に立っていたので本当にもどかしかった。
 そのうちナアローの声で「なに、傷は腰の辺りをかすっただけだ一週間も経たないうちに治ってしまう。」

 「これだけは生け捕ったのですから、私の手柄でしょう。」「手柄でも、ピネロルには送られるから、そのつもりでいなければならないぞ。うまいうまい、仮面の口もなかなか具合いがよい。こうして戸を閉めて置けば鼻から呼吸するだけで猿ぐつわをはめたのも同じだ。その代わりパリへ着けば口の戸を外してやる。色々と聞くことがあるから。」

  バンダはこれらの言葉からモーリスかオービリヤかを推定しようと懸命に考えたが、モーリスの様でもあるし、オービリヤの様でもあり、どちらとも判断がつかなかった。特に、仮面とか口の戸などと言っているのは、何の事なのだろう。口に戸があって開けたてをするような仮面が有るとも思えなかったので、これも疑問の一つだった。

 ナアローはほとんど満足したらしく「ああ、可愛そうに、この仮面では一生自分で外すことは出来やしない。どうだ、守備隊長、この工夫には恐れ入ったろう。」「はい、実に貴方の知恵には恐れ入りました。」

 捕虜はこの様な恐ろしい言葉を聞いて腹が立ったのか、それとも傷が痛むのか「ウーン」と一声うなったが鼻から出たような声だったので、その調子を聞き分けることも出来ず、バンダは心の中で「ああ、もう一度あの様な声を出したら今度こそ聞き分けてみせるのに」といたずらに気を揉(も)むばかりだった。

 「なんだか、モーリスが怪我をした頃の苦痛の声にも似ているように思えるし、いやいや、そうではないかも知れない」とあれやこれや考え迷っていると、ナアローは又命令して「どれ、仮面の後ろにある蝶番(ちょうつがい)はどんな具合いだ。この体を起こしてみろ」守備隊長は声に応じ捕虜をタンカの上に引き起こした。

 今度こそは、バンダの目に捕虜の様子がはっきりと、飛び込んで来た。バンダは捕虜の胴から頭までを見ただけだったが、余りに異様なその姿に我を忘れるほど恐れ驚き、今まで我慢して来た気持ちを抑えることが出来ず、思わず「アレー」と戸棚の中で一声発してしまった。 

 ナアローは耳聡(みみさとく)く聞きとがめ「おや、何だか戸の外で声がしたようだぞ」声を出したとは言えど、戸棚の中だったので、そんなには洩れなかったから、守備隊長は打ち消して「なに、その様なことがあるはずが有りません。」と言いながら出て来て一応廊下を見回して、安心して又元の所に戻って言った。

 そもそもバンダがこんなにまで驚いた捕虜の様子は、どんなだったかと言うと、両手を堅く縛られていたのはさておき、首から上はただの鉄かと思われるほどで、仮面と言えば仮面だが、顔を覆うだけでなく、頭から頭の後ろまで一面に鉄で包まれて、何処からみても、その顔つきが見えるはずもない。これを残酷と言わなくて何を残酷と言えよう。

 この様な悪逆な扱いを受けるのは、我が夫モーリス以外に誰がいようか。オービリヤはルーボア、ナアローの回し者だから、この様な残酷な目に逢うはずはない。夫のこの有様を見ながらどうして知らぬ顔で隠れていられようか。わが身も捕らわれるなら捕らわれてもよい。今は何も捕まって都合の悪いこともない。

 バンダは全く我を忘れて、内側から戸を蹴り開こうとすると、どうしたことか、この隠れ場所にバンダ以外にも人がいて、背後からしっかりと抱き留めて動かさない。バンダはこれはどうした事だと驚く間もなく、はや、口鼻にハンカチの様なものを押し当てそのままバンダを窒息死させようとした。
第28回終り

つづき第29回はここから

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