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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面38

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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          第二十九回

 私と同じ所に隠れていて、堅くわが身を抑えたのは誰だろう。何処から忍び込んで、何のためにここにいたのだろう。バンダはただ口鼻をふさがれた苦しさにとっさの考えも浮かばなかった。振り放したい一心で腕を張ったり背伸びをしたりしてもがけるだけもがくと、彼は益々堅く引締めながら、バンダの耳に口を寄せて、
「これ、バンダ様、コフスキーですよ。」とささやいた。

 さてはコフスキーが私と同じく生き残ってモーリスの安否を伺うため、この場所に忍び込んでいたのかと思い、バンダはうれしさがこみ上げてきて、たちまち静かにしたが、時すでに遅く、今まで藻掻がいた物音は十分ナアローの耳に入った。彼は荒々しく守備隊長の肩を捕まえ「それどうだ。誰か戸棚の中に隠れてこの有様を伺っている。誰だ誰だ、国家の秘密を盗み見るとは許せない行為だ。お前のやり方が手ぬるいから、兵士などが色々なところに隠れてこの様なことをするのだ。引きずり出して十分に処分しなければ。」と言った。

 守備隊長は大いに恐れかつ怒った。「多分、鼠が騒いでいるのだろうと思いますが、念のためですから調べてみましょう。」と言い、すぐに階段の下に駆け寄ってあの戸だなを開けてみると、中はただがらくたの道具が有るだけで兵士もいなければ鼠もいず、何で音がしたのか全く納得できなかったので、彼は初めて安心し「ご覧なさい、この通りです。やはり鼠がガタガタ言わせたのです。」

 ナアローもここに駆け寄り「なに、その様なことはない。少し前に人の声がした。確かにこの戸棚の中に人がいた。」と言って鋭く辺りを見回す中、隅の薄暗い所に目を向け「それどうだ、これこれ、この通り床板が外してあるぞ。」と言う。なるほど、守備隊長の目にも今度は疑う事はできなかった。

 九十センチメートル四方ほど床板を取り外してあり、たった今、何者かがここから床の下へ逃げ込んだに違いないと思われた。「これは、本当に驚きました。しかし、たった今のうちに取り外すことは出来ないはずです。」「今、取り外さなくても、前から取り外して、ここに忍び込んでいたのだろう。」「いえ、私の兵士には決してその様なものは居りません。」「兵士の中でなければ、必ず賊の一人だ。お前が死体をあらためなかったから、その中の誰かが生き残り、床の下から忍び込んだのだ。」

 「そんなはずは有りません。賊は皆ごろしにしてしまいましたから。」と言って少しでも自分の手落ちを軽くしようと守備隊長はしきりに弁解したが、ナアローは少しも聞き入れず「そんなことを言っている間に逃げられては一大事だ。さあ、すぐに兵士を起こして、砦の周囲を取り巻き、逃げることが出来ないようにしておいて、この床下を調べる。

 それでも捕まらないときは次第に寄ってはこの砦を焼き払う。そうすれば曲者(くせもの)は床の下で焼け死んでしまうだろう。」と荒々しく指図されて守備隊長も今は一刻も猶予すべき時ではないと悟り、すぐにあの鉄仮面の囚人を何処かに運び去り、号鈴を振り鳴らして非常を知らせ、およそ二十分ぐらいで外側をとり囲こませておき、更に屈強の兵士数名を選んで、これを戸棚のなかの床板の外れた所から床下にもぐらせ、厳重に捜索を始めさせたが、何処にも曲者らしい姿はなかった。

 守備隊長は少し安心して「ですから、やはり鼠ですよ。床板は多分ずっと以前からあの通り外れていたのです。そうでなければ、曲者が床下で捕まるはずです。それに又、床下から忍び込んだとしても、第一外から床下へ忍び込める所が有りません。」ナアローはこの言葉に少しも満足しなかったが、まさか、初めの決心通りにこの砦を焼き払う訳にも行かず、非常に機嫌悪く自(みずから)ら兵士を数名連れて、砦の外側を調べてみると、床の風窓とも言うべき所に、一つゆるんだ石があって、この石を抜き取ってみると、床下に出入りするのもそれほど難しいとも思われなかった。

 特にその石は誰か抜いて又元の通りはめ込んだと思われる形跡があったので、ナアローは心の中でここから誰か忍び込んで、下から床板を切取り、戸棚の中に忍び込んだに違いないと思い、早速その石を又取り外すことが出来ないように塗り込めさせ、その上で全体の守りを厳重に固めさせ、その後で再び守備隊長を呼び「この様子では、鉄仮面の囚人をパリへ送るにも、途中でどんな事が起こるか分かったものではない。何時ここを発つか分からないようにして、かつ、見え隠れに数人の護衛を付けて行け。」と命じた。

第29回終り

つづき第30回はここから

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