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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面45

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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           第三十六回

 このようにしてバンダはブリュッセルの町に着くと、夜になるのを待ちかねてヨハネの教会に忍び込んだが、かってモーリスに手を引かれてここに来たときとは違って、つまづいても引き起こしてくれる人もなく、悲しくても、辛くても一人なので心細いことは言うまでもなかったが、ただモーリスの生死を突き止めたい一心で、それらの事も何とも思わず、空の暗さは我が姿を隠してくれる幕だと思いながら、教会の様子を見ると、ミサに来た人もすでに帰って、四方の大戸を固く閉ざし火の影一つ洩れていなかった。

 辺りは嫌なほど静かで、ヒタヒタと自分の足音だけが聞こえるのは、何か後ろから誰かに付けられているような気がしたが、振り向くと帰りたい気が起こるような気がしたので、そろりそろり墓場の方へ行き続けた。風にそよぐ木の枝も待ち伏せしている追っ手かと思われ、闇に立つ高い石塔も人の姿と見間違う程なので、気が大きい男でも身の毛がよだつほどなのだが、

 バンダはすでに恐ろしさを通り越して、自分もすでに死人の仲間のつもりだったので、幽霊の手のようにヒヤリと顔をなでる露の葉にも払おうともせず、着物の裾を引くのは墓の底から出てきた亡者の骨とは知っているものの、自分はあの手箱が無かったときにはどうせこの墓で死んで、亡者の一員となり、モーリスの後を追おうと思っているので、早く来いと引っ張るあの世の友と思って、静かに払いのけ、石碑石碑を手探りで右に左に闇の中をくぐり抜け、ようやく秘密の数の数え初めの最後の石碑まで来た。

 ここまででひとまず半分道と、ほっと一息付き林の中を伺うと一寸先も見えないほど暗かったがこれも今更驚かず、まず一番目の立木を撫でてみると、何度か撫で覚えている手触りだったので、あたかも知っている人に出迎えられた様な気がして「おお、こうしてその方に手を触れるのも今晩限りだ」と生きた人間に話すようにつぶやいて、奥へ奥へと進んで行った。

 すでに自分の年とモーリスの年だけ数え終え、これからはただ一直線に十六本目と言う所まで来たとき、不思議や不思議、行く手の方から変な物音が聞こえてきた。バンダは丁度釣鐘(つりがね)の中に入れられた時のように頭の先まですくみ上がり、居ても立ってもいられず、側の木にしがみついて、震えていたが、思えば今の音は神経が高ぶっていたから聞こえたのだろうと思い、聞こえたと思った音は一度しか聞こえてこなかったので、又少し安心して次の木に身を移すと、今度は前よりもはっきりと聞こえてきた。

 何の音か、誰の仕業か聞き分けるのは難しいが、もう神経のせいではなかった。自分以外に誰か生きている人がこの林の中に居ることは間違い無かった。死人は友達のように思い、恐ろしいとも思わないバンダだが、生きている人がここにいるのは不思議な事なので、これほど恐ろしいことはなかった。

 真昼でも教会の庭なので他人が入り込むところではなかった。土地の人はもちろん教会の使用人さえもここまでは入って来ないのに自分と同じくこんな深夜に、この林に忍び込むとは何者だろう。バンダは再び立木にすがりつき、ただその胸の動悸を聞いているだけだったが、再び物音は聞こえ始めた。

 今度こそは聞くまいとしても自然に耳に入るほどで、何の音か聞き分けるのも難しくなかった。バサリバサリと落葉をかき分ける様な音は、いよいよ生きた人間が出しているのに間違いない。それとも、もしや家の無い迷い犬か、狐狸(こり)の類(たぐい)だろうか。そうだそうだ狐狸に違いない。私が近くに来たのを知ったら、驚いて逃げて行くのではないだろうか。

 とにかくここに何時まで立ちすくんでいてもしょうがない。たとえ生きた人間で有ったにしろ夜中に忍び込んでいるほどだから、私が彼を恐れているように、彼も又私を恐れるのではないだろうか。この様なときに恐ろしくて心がくじけていては何時あの手箱を取り出すときが有ろうか。思い切って進もうと、すでに尽きている勇気をかき集めて、さらに四五本の木を辿(たど)って行くのは実際必死の思いだった。よくもバンダにこんな力があったとは、感心するばかりだ。
 
 この後はほんの十本だけだ。メートルにしてわずか十数メートルと言う所だが、この十数メートルの間に山が一つ有るほど遠く思われた。特にあの物音は益々高くなって、どうやら鍬(くわ)の様なもので地面掘り返しているようにも思われた。狐狸だろうという疑いは全く消えてしまった。そうすればこれは生きている人に違いない。何のためにこの様な音を出しているのだろう。

 バンダはもう一歩も進むことが出来なかった。だからと言って逃げることも出来ない時なので、隠れていてあの者が立ち去るのを待った方がよいのか、良い考えも浮かばず、度胸もそんなに無いので、ただ空しく音を聞いているだけだった。音は確かに手箱を埋めた木の下から聞こえて来る。掘る人も必死と見えて鍬の音と一緒に非常に疲れて吐く息の音までも聞こえてきた。

第36回終り

つづき第37回はここから

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