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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面47

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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           第三十八回

 あまりの怪物の恐ろしい姿に、バンダは一瞬に気絶して何時間か闇の中に倒れていたが、やがて林を吹き抜けて来る寒い夜風に襲われて我に返り、辺りをきょろきょろ見回していた。今は何時なのだろう、暗さは益々暗くて一寸先はおろか、自分が目を開いているのかどうかさえ分からないくらいだが、怪物の恐ろしい姿はまだありありと目に残っている。彼の長い歯、彼の恐ろしい二つの目、とても人間世界の人とは思われないので、彼は絶対に魔物だと思う。

 今でもこの辺を歩き回っているのだろうか。思い出すだけでも恐ろしくて仕方がなかったが、まだ用事が済んでいないので、立ち去るにも立ち去れず、バンダは口の中で神に祈りをささげ始めた。もしも、バンダがこの時、神に祈ることを知らなかったら、余りの恐ろしさに体を支えることも出来ずに、再びここで気絶し、生き返ることもなかったかも知れなかった。

 バンダは深く神に頼っていたので、木の根本にうつ伏せになり、長い間祈っていると、そのうち心も穏やかになり、恐れも少し消えたので、きちんと膝(ひざ)まづいて夜の明けるのを待っていたがその間の永く感じられたことは何とも言いようがなく、世界がこのまま闇の世界となり、再び日が照ることはないのではないかと思われるほどだっが、その内に何処かで鶏のなく声が聞こえてきた。実際この声はバンダの命の恩人だった。
 
 人里からそんなに遠くに離れていないことは、初めから知っていることとは言え、今までは暗黒の世界に葬(ほおむる)むられた気持ちがして身動きも出来なかったが、呼べば聞こえるぐらいの所に目の醒(さ)めている人がいると思えば、心強いことは言いようがなかった。ようやく起き上がって、すくんでいた膝をなでながら再び四方を見回してみると、ありがたい、ありがたい、木立の外からほのぼのと昇ぼる朝日に染まる空の色が見えた。

 ここまでくれば何を恐れることが有ろうかと、バンダはそろりそろりと足を引き、あの怪物が掘っていた木の根本に行って見ると、自分が気絶したあとも彼はまだ堀続けたと見え、手箱を埋めたところまで深く土が掘り起こしてあった。手箱を堀当てて持ち去った事はほとんど疑う余地が無い。なお念のためにと思い、手ごろな枝を折ってきて、隈(くま)なく土をひっくり返してみたが、手箱はすでに無かった。

 もう一晩早ければ彼よりさきに手箱を手に出来たのに、病気のためとは言いながら、サイデルボ駅で四十日を無駄に過ごしたことは返すがえすも残念だった。これもまったく自分の運が悪かったためだから、嘆げいても仕方が無いことだと、全く諦(あきらめる)めたことは諦めたが、それでも不思議なのはあの怪物の事だ。よもや人間だとは思えないが、自分から顔を隠し暗闇の中でも頭巾をかぶってから、明りをつけたほどだから、人間に違いなさそうだ。熱くなって汗を拭くなど全く人間のやり方だから、彼の引きつった顔の皮にも、まだ汗がわき出るのだろうか。

 それにしても彼はどうして手箱の在処を知ったのだろう。また何のために密かにあの箱を盗みだしたのだろう。在処(ありか)を知っているのはモーリスかオービリヤだけのはずだ。ああ、彼はモーリスなのかオービリヤなのか、それとも政府の使いなのか、今までは手箱を盗む者は必ず政府の使いだろうと思っていたが、あのすさまじい顔を見ては政府の使いとも思われない。

 実際、手箱の事は政府にとっても秘密中の秘密で、モーリスら一味の捕らわれたことは、堅く世間に秘密にしていると聞いているので、表向きの使いを派遣することは無いだろうから、必ず密かに取りによこすはずだ、たとえ政府の使いにしろ、私と同じように夜に紛(まぎ)れて忍んでくることもあるだろう。とは言え、闇の中でまで顔を見られるのをいやがるような大怪物が、政府につかえているとも思えない。

 不思議も不思議、奇妙も奇妙、これらの事を考えると自分がここに来たのも、何のためか分からなくなってしまった。
 手箱を盗む者がいたら鉄仮面はオービリヤで有ることは間違い無いと、バイシンに言われたが、今は手箱が盗まれたことを知ったのに、まだ鉄仮面が誰か判断がつかなかった。この上はどうしたら鉄仮面が誰かと言う事が分かるのか、雲をつかむような難しい事なので、とにかくことの次第をコフスキーとバイシンに打ち明けて、彼らの鋭い頭で考えてもらつて、判断してもらう以外にない。

 手箱がなかつたなら、そのままこの墓場で死のうと思っていたがまだ死ぬべき時ではない。生きて今まで以上の苦労に耐えなければならないのか。世の中の娘達、婦人達は一生苦労を知らずに安楽に終わる人たちも多いのに、自分だけはどうしてこんなにも限りなく苦労をなめているのに、まだ死ぬに死ねないのかと、胸に満ち溢れる恨みの数々を訴えられる人もない。自分から招いたことだからとあきらめ、落ちる涙を呑込みながら又ペロームの方を目指して引き返して行った。

第38回終り

つづき第39回はここから

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