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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面65

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.27

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              第五十六回

 アイスネーが二度も鉄仮面の姿を見たと言うことは、大事な事柄なので、その姿はどんなだったか聞きたいと思ったが、バスチューユの非常警報が手に取るように聞こえてきて、そのうえあわてふためいて番兵が駆け回っている様子が見えてきたので、もう一分もここには居れないと考え、追っ手の来る前に、早く逃げ去ろうと思って、バイシンは急いで夫人を馬車に乗せ、続いてアイスネーも乗せようとしたが、夫人はこのごに及んでもそれを許さず「これ、バイシン、その人を馬車に乗せてどうしようと言うのだ。私はその様なものをかくまって置くのは嫌だよ。」

 バイシンは言い争っている場合ではないので、「はい、貴方が嫌なら私が隠くまいます。」と言いながら、ヒリップに着せるため夫人が用意したその着物を馬車から取り出して、いくらかのお金と一緒にこれをアイスネーに手渡しながら「とにかくここを落ち延びて、今夜ローヤル街の私の家においでなさい。当分安心が出来るように隠して置いてあげますから。」と言うと、アイスネーは深くその恩に感じ入った様子で、何度も礼を言った。

 その間にバイシンは夫人の馬車に相乗りし、パリの方を目指して一散に走り去った。アイスネーも再びバスチューユに入れられるのが嫌なのか、囚人の服の上にあの与えられた上着を着て、雲を霞と逃げ去ったので、やがて、番兵がここまで来たときには影も形もなかった。
 
 このようにして、鉄仮面を救い出す計画は全く失敗し、思わなかった人を救いだしたが、なお、一同は絶望せず、この日もすでに暮れて、夜の十一時に成った頃、ローヤル街にあるバイシンの家の奥の間に頭をそろえて、ひそひそと相談していた。それは誰と誰かと尋ねれば、オリンプ夫人は今朝の失敗で落胆し、そのうえ一晩草原に立ちすくんでいて夜露に打たれたため健康を害したらしく、そのまま屋敷で寝ていると言ってここには来ていなかった。

 顔を合わせていたのはバンダ、コフスキー、バイシンの三人だった。バイシンは壁に聞かれるのさえ、嫌うように非常に小さい声で「いえ、私が一番心配するのは、オリンプ夫人の行動です。夫人は王族の端につながるだけに、どの様なことをしても捕まる気遣いはないと思い込み、この頃では少しも秘密と言うことを知らない様子です。先夜も、ご存じの通りバスチューユの大庭でルーボアを引き留めた様なこともあるし、そのほか、牢番を取り込むにも誰もはばからない様子です。

 先ほども分かれるときに、これからベスモー所長の所に行き、正式に申し入れて本物の鉄仮面に合わせてもらうなどと言っていましたが、やっと私が止めました。もっとも、国王ルイも、昔の情婦を捕まえさせてはどの様な事をしゃべられるかも知れないから、ルーボアがどんなに捕まえたいと申し上げても、夫人だけは捕まえさせないでしょう。

 それだからナアローが白ベッドを作るほどですけれど、今朝の事が夫人の仕業と疑われるような事にでもなれば、この後の仕事が益々難しくなります。もし、ルーボアが本物の鉄仮面を再び田舎の守備隊にでも移してしまったら、それを捜すだけでもどれほど手が掛かるか分かりません。」コフスキーは深く考えながら聞いていたが、ようやく頭を上げ「そうすると、鉄仮面が他の牢に移されない内に何とか知恵を絞らなければ成りませんが、とうにも方法が無いのには困りました。」と言って大きく息を吐き、再び首をうなだれた。

 バンダも途方に暮れた顔で「私も一日も早く何とかしなければ、もう長くはこの土地に居れません。」「えっ、この土地には居れないとは、その筋の疑いを恐れるのですか?」「誰も疑う者は居りませんが、ただ、あのルーボアが」と言いかけて口ごもる。「ルーボアがどうかしました? あれから又貴方の所に尋ねて来ましたか?」「はい、多分バスチューユの帰りがけと見えましたが、二度も立ち寄りました。私は病気と言い、会わずに追い返しましたが、このあいだ来たときなどは、無礼にも見舞い物を置いて行きました。今度来たとき、女中に言いつけて返させるつもりで、そのまま、手もつけずに有りますけれど、彼はこの次には宮廷の侍医を連れて来てやるから、主人にそう言えと女中に伝えて言ったようです。私はどうして好いか本当に困ります。」

 バイシンは少しも騒がず「いや、貴方がそう言う気質ですから困りますが、本当を言えばこれほど幸せなことは無いのです。私の言った通り判事夫人に立会いを頼み、初めはその様にして彼に会い、段々親しくなって、そろりそろりと彼の秘密を聞き出したら、又どの様なことが分かり、鉄仮面を救い出す方法が分かるかも知れません。第一鉄仮面がモーリス殿かオービリヤかを聞き出すぐらいは余り苦労は無いと思いますが。貴方がそれを嫌だと言うのなら仕方が有りませんが。なに心配なさいますな。ルーボアが余りしつこく付きまとう様でしたら、私がきっと追い払ってあげますよ。」「とは、どのようにして追い払いますか?」

 バイシンは隅の方の棚を指さし「追い払う方法はあそこに有ります。」バンダはその棚に目を注いだが何の事か理解が出来なかった。、ただコフスキーは分かったらしく、ほとんど顔色を無くして「え、毒薬で」「はい、あの様な奴を殺すのに使わなかったら、今まで危ない思いをして毒薬術を習った甲斐が有りません。決死隊の事が失敗したなら、毒薬を使って宮廷の憎い人々を殺すと言うのは、私の初めからの計画です。

 オリンプ夫人も良く知っています。私は夫アントインが免職されたとき、もう毒薬を使うときだと思いましたが、その頃はまだオリンプ夫人が再び国王ルイの寵愛を取り返すかと言う見込みもあったので、それに免じて控えていましたが、今となっては夫人もヒリップに心を移し、ルイの事は何とも思わなくなり、夫人が再び宮廷に入る見込みは無くなりましたから、誰にも遠慮は要りません。決死隊の人々が血を注ぎ、涙を注いで、なおやり遂げられなかった事を、私は笑顔でやってみせます。

 私がエキジリを初め、その他の毒薬博士に教わった物の中には、目に見えない毒薬や、水に流れない物や、火に焼けない物や、人を殺しても毒の跡の残らないものなど、色々な種類が有ります。その中の最も激烈なものは、手紙に封じて送ってやり、受け取った人がその手紙を開いて息をしたら、その息で肺に入り血を腐らせてだんだんに殺します。又瞬きをする間もなく、すぐに死んでしまうものもあります。自分でも悪いことを覚えてしまったと、今では後悔していますが、悪を滅ぼし、善人を助ける様な正しい目的に使うなら構うことは有りません。折角覚えた事ですから、機会を見て使わずには置きません。」と顔の筋一つ動かさずにこの様なことを説明した。

 そもそもこの女はどの様な度胸をしているのだろうと、思うとバンダは今更恐ろしさに唇の色も真っ青になった。さすがのコフスキーまで返事をする言葉もなかった。バイシンは少し言い過ぎたかと後悔するように、早速言葉の調子を変えて「ほほ」と笑い、「いや、まだこれを使う時は来て居ません。鉄仮面を救いだし、貴方がたがもう、この土地には用事がなくなるまでは、私もただ鉄仮面を救い出すのだけが目的です。」

 こう言われてコフスキーは男の身なので、恐れを見せた自分の心が恥ずかしく「なに、刀で国賊を殺すことを思えば、毒薬でも同じ事です。やるべき時には十分におやりなさい。ですが、今夜はその事の相談ではなく、鉄仮面を救い出すための相談です。さあ、今度はどの様な方法で救いだしましょうか。」バンダもようやく我に返り「貴方が何時か最後の手段がある、と言うことでしたが、もう、その最後の手段で救い出す時ではないでしょうか。」バイシンは非常に真面目に「いや、最後の手段は最後の手段ですから、どうしても、全ての手段をやり尽くした後で無ければ、使えません。」

 「でも、それで救い出すことが出来るのなら、すぐに使かおうでは有りませんか。一方からはルーボアがバンダ様を見初めるし、今がもう最後だと思います。どれ、どの様な手段です。とにかく、やり方だけでも伺いましょう。」バイシンはちょっと考え「そうですね。私の胸の中だけで一人承知していても仕方が有りません。貴方がたに打ち明けて、よく意見を聞かなければと思いますが、二人とも本当に私の最後の手段を聞きたいとおっしゃるのか。」

 それを疑うことがあるだろうか。たとえ、どんな手段でも一日も早く救い出したい一心なのでコフスキーは「もちろんです。」と答え、バンダも「はい、どうか聞かせて下さい。」と答えるので、バイシンはそれではと言う様子で「最後の手段はやはりあれです。」と言い、再び毒薬棚を指さしたので、二人はまたも顔色を変えた。そもそもバイシンが毒薬棚を指さすのはどの様な心づもりなのだろうか。これも、しばらくは読む人の想像に任せておこう。

つづきはここから

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