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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面67

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.27

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              第五十八回

 毒で人を殺し、再び反対の毒でその人を生き返らせるとは、聞いたこともない計画なので、コフスキーは舌を巻き「なるほどそれは不思議な考えです。その様なことが出来るでしょうか。」 バイシンは落ち着き払って「出来ないことは有りません。貴方は有名な毒薬学者エキジリが二、三前にバスチューユの中で死んだ事を知っていますか。」と聞き返した。

 エキジリとは毒薬の本元とも言うべきイタリヤの大豪族で、毒薬の研究のために巨万の富を投げ尽くし、ついに毒薬王とまで言われた人で、先年フランスに流れて来て王侯貴族に交わり、ついにあの有名なブリンビラ侯爵毒殺事件(この事件も後日翻訳することもあるでしょう。)に関係しバスチューユに入れられて死去したことは、世間に隠れの無い事実なので、コフスキーも勿論知っていた。

 「はい、何度も聞きました。」「さあ、そのエキジリが実はこの方法でバスチューユ牢を出たのです。」「あれは牢死では有りませんか」「何が牢死でしょうか。いやさ、死んだ事は死にましたが、墓場に埋葬された後で、弟子の一人が堀だして、前から預かっていた反対の毒薬で前の毒を消し、見事に生き返らせました。その証拠には今なおエキジリは生きています。

 イタリヤの貴族フローレス侯爵と言うのが、すなわちそのエキジリです。」「なるほど、彼はエキジリ侯爵だと言う噂は聞きましたが」「噂だけでは有りません。私はその証拠を持っています。これをご覧なさい。」と言い、一通の手紙を差しだした。コフスキーは何事かと怪しみながら振るえる手先を差し伸べて受け取ってみると、その文言に「貴方の誠意により墓の中から掘り出されて、再び生きてこの国に帰って来たこと、御礼の申しようも有りません、しかじか・・・・」と記しフローレス候エキジリの署名があった。

 コフスキーはますます驚き「え、え、その反対の毒でこの人を生き返らせた弟子と言うのは貴方ですか?」「はい、実はこういう事だったのです。彼が牢に居る三年の間、ブリンビラ侯爵夫人の情夫クロイツクと同室し、牢の中で気長に毒薬の奥義(おうぎ)をそのクロイツに教えたのです。そうしてクロイツが牢を出るとき、エキジリは彼と打ち合せ、何月何日に俺が毒を飲み死人になって牢を出るから、君が墓場に来て俺の鼻からこの薬を吹き込んでくれと言い、クロイツクに解毒剤を渡したのです。

 クロイツクはすべて承知して牢から出たが後で良く考えてみると、師匠を生き返らせるのはばかばかしい、師匠が死んだら自分が毒薬王に成れると思い、薄情にも彼はその心をひるがえしました。さすがにエキジリは牢の中でそれに気付き、これはクロイツクの様な者は頼にできない、彼はかえって俺が死ぬのを喜ぶだろうと、こう考えたのです。それでさらに牢番を買収して私に手紙と解毒剤をよこしました。私はその手紙に従い、打ち合せの時間に墓地に行き、隠れていると、そこにバスチューユから囚人の死骸を持ってきて埋めましたが、やがて一人の男がやってきて、心地よさそうに墓の土を踏みならして、ああ、本当に先生が死んでしまった。

 きゃつもうわさほどでない馬鹿者だ。俺が助けてくれると思って毒を飲んで自殺してしまった。こう死骸を見届ければこれでもう安心だと、つぶやきながら立ち去りました。その人がすなわちクロイツクです。私は彼が立ち去るのを見済まして、その後で墓をあばき、その死骸を持って帰り、先生の指示通りにしましたが、果して先生は生き返りました。忘れもしないそれがちょうどこの部屋です。」とながながの物語にコフスキーはただバイシンの度胸と誠意に感じいった。バンダは名前を聞くだけでも恐ろしい毒薬王エキジリがこの部屋で生き返ったのかと思うと、気味が悪く背筋がぞくぞくして、椅子をコフスキーの方に寄せるばかりだった。

 バイシンはしばらく二人の様子を見ていて、「私の最後の手段とはこの様な恐ろしい方法です。どうでしょう。賛成しますか。不賛成ですか。もちろん貴方がたの勝手ですから、決して無理強いはしませんが」と言ってコフスキーの返事を待っていたが、コフスキーはバンダの考えはどうだろうと気ずかって、バンダとバイシンの顔を見比べるばかりだった。バンダはどう返事をするのだろうか。

 これも無言で考えるばかりだったが、やがてきっぱりと顔を上げ、「私は貴方を信じます。貴方のおっしゃることに今までも間違いは有りませんでしたから、貴方にお願いします。」思っていたより大胆なこの返事にバイシンは感心し「私に任せるとおっしゃるなら、十分にやって見ましょう。しかし、初めから何度も言いますように、これは最後の手段ですから、他の手段を使い尽くして、どうしても鉄仮面を救い出すことが出来ないと決まってからでなければ、私もやろうとは思いません。」

 コフスキーはここにきて初めの反対とは打って代わり、大いに乗り気になって「なるほど、最後の手段ですが、生き返るなら殺すのではなく、しばらくの間命をとどめて置くだけの事で、いはば眠らせて置くのと同じ事でしょう。」「そうです。本当の毒薬で殺したのは決して生き返ることは有りませんが、数多い毒薬の中でただ一つこの様なものが有るのです。これはエキジリの大発明ですが、飲ましたままで捨てて置けば決して生き返ると言う事は無く、止めた命が止まりきりで、死んでしまいますが、ただそれを解く反対の毒薬を飲ませれば、再び夢がさめるように命が元に戻るのです。

 「それなら何も他の手段を使い尽くすまで、待っていることは有りません。それがどの方法よりも近道ですからすぐに行って下さい。ねえ、バンダ様。」と言い振り返ると、バンダは初めの言葉を守り「私はバイシンさんに任せましたから、待つも待たぬもバイシンさんの考え一つ」、「では早速とりかかろうではありませんか。ええ、バイシンさん。」と席立てた。

 「いや、すぐに取り掛かると決めたところで、ここに一つの難題が有ります。私はその毒薬も解毒剤も、作り方は先生から習って良く覚えておりますが、ただ一滴の調合でも間違えば、取り返しのつかないことになりますから、二つの薬が出来たところで、まずその薬を生きた人間に飲ませて見て、いよいようまく死ぬか、またうまく生き返るかを試してみなければ成りません。」「え、生きた人間に」「そうです。その試験が済まない内は決して鉄仮面に送れません。

 今申しましたエキジリは牢の中でひそかにあのクロイツクに飲ませ、二日二晩殺して置いて、翌翌日の朝生き返らせたと言うことです。クロイツクは自分が殺されていたことを知らず、我に返ったとき何だか一年も寝ていたような気がする言い、またなぜか頭が痛いと言ったそうです。それくらいの事で済んだのでエキジリは安心して自分が飲むことが出来ましたが、なお、エキジリの実験話によると、薬がそれほどよくできるまでに、何度失敗したか分からないと言います。

 中には命だけは取り留めたが一生大馬鹿になり、口も聞けなくなった者が居ると言います。せっかく鉄仮面を救いだしてもそんなになっては大変ですから、私はこれから薬を調合して出来上がったら誰かに試してみなければ成りません、他の事と違い間違ったら人一人殺すのですから、まず人殺しの罪を犯すと言う覚悟がなければ試験も出来ません。こっちがその覚悟でも殺されるのを承知の人が、試験の相手になってくれなければなりません。」となるほど容易には行うことが出来ない困難な理由を数えあげるのに、コフスキーも驚きグッとつまって考え込んでいたが、何かを急に思い付いたようで「よろしい。私がその薬を飲み、十分試験台になりましょう。」と言い切った。

つづきはここから

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