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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面68

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.27

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              第五十九回                

 毒薬を試験するため、自(みずから)らこれを飲もうとは、一命を投げ打つ覚悟の言葉なので、バイシンもこれには驚き「いや、貴方の熱心さは今に始まった事では有りませんが、毒薬の試験台になり、今貴方が死んでしまっては誰がバンダさんを助けますか。貴方が何とおっしゃっても、我が党の者を試験の相手にすることは出来ません。

 私の考えではルーボアとか、ナアローとか言うような奴に飲ませて試したいのです。たとえ、試験の為ではなくても、ただ今も言いました通り彼らは到底生かしては置けない奴らです。」「それはもちろん私も同じ考えですが、いよいよこうと決まったからには、のんべんだらりと待っている訳には行きませんから、それで私が飲んで見ると言うのです。飲んだ所で多分間違いなく生き返るだろうと思います。」

 「生き返ると決まっているなら、飲んでみるにも及ばないことです。結局それがはっきりしないからこそ試して見ると言うのですから。間違って殺しても構わないと言う者でない限り、テストの相手にはさせられません。それに又いくら貴方が急いでも、その原料を集めたり様々な手数があり、それやこれやにだいぶ月日がかかりますから、とにかくこの事は黙って私に任せて置きなさい。私がただ一人で思うように調合し、又思う存分に試験してその上で貴方がたに相談しますから」と言う。これには文句を言う訳にも行かずコフスキーもようやく承知したが、この時裏口からかすかに物音が聞こえて来た。

 誰かがそっと戸を叩く音に似ているので、コフスキーが聞き耳を立て「おや、誰だろう」と怪しみながら言うと、バイシンはあたかも待っていたように、「あれは男爵アイスネーです。」と答えた。アイスネーの名は聞いた事があるようにも思ったが、確かには覚えていなかったので、「えっ、アイスネーとは誰ですか。」

 「今朝、救出した偽の鉄仮面です。」コフスキーは少し苦々しい顔をして「ああ、きゃつですか。」と言うだけだったが、バンダは一層胸が悪い面もちで「あの様な者が貴方の所に何をしに来るのですか。」と責めるように聞き返した。これは無理もないことだ。バンダは彼アイスネーがかってモーリスに無礼を加え、フランベルジーンとやら言う大剣でモーリスを傷つけた事を知っているため、今朝も鉄仮面が彼で有ることを見て、早々と立ち去ったほどだから、彼をも仇敵の一人と思っているのだ。

 バイシンはそれと察して「いや、貴方がたはそれほど彼を憎むには及びません。なるほど彼がモーリス殿を傷つけたとは聞きましたが、決闘は騎士の習い、事によるとモーリス殿が彼を傷つけていたかも知れませんのですから、いつまでも恨むものでは有りません」「でも彼は正々堂々とした決闘ではなく、ルーボアの手先となり、モーリスを怒らせて殺そうとしたのです。」

 「そうかもしれませんが、その後彼は心を入れ変えて我が党についたのです。そう言えばそれも我が党の内幕を探るためだとおっしゃるでしょうが、彼は決してナアローのように憎むべき悪心は持っておりません。ただ壮士隊の頭分で、決まった給料が無いので、誰にでも雇われていただけです。とにかくあの様な男ですから味方に付けて置けば必ず役に立つことが有るでしょう。

 貴方がたが嫌なら私が雇って置き、夫アントインの所に送り隠れさせて置きますから、どうか貴方がたは知らぬ顔で大目に見て下さい。」と弁護するので、バンダは深くバイシンを信じているので「いや、貴方がそうおっしゃるなら、彼への恨みは忘れましょうが」と言うと、コフスキーはまだ納得できないのか、ふくれっ面で「鉄仮面救出の計画も彼のために食い違ったかと思うといまいましくてしょうが有りません。」

 「いや、コフスキーさん、貴方は彼を恨む訳には行きませんよ。彼が鉄仮面をかぶせられていたのも全く貴方の身代りです。貴方の身代りと成ったために、我々の計画が食い違ったのです。」「えっ、それは何の事ですか。」「いや、彼はペロームの砦の堀で軍曹を殺したと言う疑いで捕まったのです。」コフスキーは思いだしたように膝を打ち「ああそうだ、今朝から何だか見た事のある顔だと思い、いろいろと考えておりましたが、そうそう、軍曹を投げ込んで帰る時ちらっと見た騎士だ。彼が私の身代りに捕まったのですか。これはおかしい。実におかしい。」とたちまち打ち解けて笑いだした。

 バイシンはこれに乗じて「それだけでは有りません。彼は甘んじて貴方の罪を引受け、貴方の事は何も言わずに居たのです。その様なところを見れば、まんざら根性の腐った者とも思われません。それに又彼はバスチューユの中で本当の鉄仮面の姿を見たと言っています。これは何よりも耳よりなので、私はその姿がどの様であったか聞きましたが、生憎(あいにく)その時バスチューユで非常ベルが鳴ったため、今夜ゆっくり聞くつもりでこの家に来いと言いつけて分かれたのです。」

 「おお、そんなことならすぐにここにお呼び入れ下さい。牢の中の様子を初め色々参考になる事柄を知っているでしょう。」とかえって喜ぶ様子を現し、バンダも大いに和らいだ。この時再び戸を叩く音が聞こえたのでバイシンはただ一人立ち上がり、そろそろと出て行ったが、やがてあの荒武者を引き連れてこの部屋に入って来た。荒武者の顔は今朝見たままだったが、衣服だけはすでに囚人服を脱ぎさり、古着を買ったと思われる出で立ちで腰に一刀も差していないのは物足りない気持ちさえする。

 彼はコフスキーを見ると非常にうれしげに、「おお、ペローム砦の堀の勇者か、ただの漁師ではあるまいと思っていたが、やっぱり決死隊の一人だったか。」と言い、その側に進もうとして、すぐにバンダの顔を認め、又一足退いたので、バイシンは早くも間に入り、言葉短くかれこれを説明すると彼はようやく安心して席に着いた。バイシンは無駄な言葉を費やさず、すぐに彼に向かって 「先刻、貴方は二度も鉄仮面の姿を見たと言いましたが、我々が救いたいと思い、いままで骨を折ったのは貴方ではなく、全くその鉄仮面です。」

 「ところが牢番が間違えて貴方に道具を渡してしまったので、貴方がこの通り助かって、その肝心な鉄仮面は助ける方法が無くなりました。貴方は我々に対して義務としてもこれからその鉄仮面を助けることに骨を折らねば成りません。」荒武者は少しもためらわず「無論です。無論です。私も今朝初めて間違いのため自分が助けられたことを知りましたので、この償いにオリンプ夫人や貴方がたが助けたいと言うその鉄仮面を助けて上げなければ気が済みません。はい、助けるために十分協力します。」

 「ただあの鉄仮面がバスチューユから引き出されて何処に送られたか、その行き先さい貴方がたが突き止めて下されば、私は今からすぐにでもそこに赴(おもむき)き牢を破ってお目にかけます。」と奇妙な事を言い出したので、バイシンは驚いて「えっ、あの鉄仮面がもうバスチューユから他の牢に移されたと言うのですか」

 「はい、私が牢番から縄はしごなどを受け取った説教日の翌日の夜、彼は確かにバスチューユから他の牢に移されました。」他の牢に送られれば行方を調べる方法は無いので、もう鉄仮面を救い出す事は到底出来なくなると思い、一同は今までもその事を気ずかって、他に移される前に救いだそうと、ひたすら考えていたが、もう鉄仮面が他に移されたとは、運が尽きてしまったと言うべきか、これだけの言葉で一同はほとんど絶望の谷底に落ち込んだ気がした。
 

つづき第60回はここから

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