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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面77

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.30

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              第六十八回

 手違いが起こったらこうすると言う断固たる覚悟は、コフスキーが渡した懐剣と一緒に深くバンダの胸にあった。何を驚き、何を恐れることが有るだろう。バンダの心は燃え尽くした灰のようだった。冷然と落ち着き、かき乱しても騒がず、ただルーボアがプリンス・コンド、及びプリンス・チュウリーン両公爵の名前を出し、これにつながる秘密として鉄仮面の事を言い出そうとするのを見て、少し胸が高鳴ったが、気付かれないように自分から鎮(しず)めてまた何気ない様子に戻った。

 「えっ、両公爵、なるほどお名前は何ども聞いて知っています。あの様な方につながる秘密ならば本当の証拠かと思われます。」ルーボアはただこの言葉を天が与えた物と思い、魂は既にとろけたように「では申しますが、実はこういう次第です。国王ルイがもしその位を退けば次に国王となるのはあの両公爵の中ですから、両公ともに宮廷の内外でほとんど飛ぶ鳥を落とすほどの権力があるのです。」

 と言い出す言葉は、鉄仮面とどうやら縁の遠い話のようなので、バンダは他の事かと思って、ただ黙って聞いていたが、彼はバンダの満足そうな様子に力を得て、「ところが、この様に話している私が国王ルイに忠義を尽くして、いつも王の楯になっているので、両公とも前から私を邪魔にして、機会さえ有れば私を追い払おうとしているのです。私もまた両公の権力を弱めなければ王の為にはならないと思うのと、私の職務にも関わりますので、どうにかして二人の公爵を退けたいと互いに内々で努力していますから、ついには両公と私は言わず語らずのうちに終生の仇敵の様に憎み会う事になりました。

 この二、三年の様子では、私が両公を跳ね退けなければ、両公が私を跳ね退けると言うほどの有様で、私も随分と心配しましたが、こうなってはこれは両公の落度を見つけ出す以外はないと、その後は密かに両公に探偵をつけて置きますと、非常な秘密を探りだしました。」この秘密とはすなわち鉄仮面の事ではないかとバンダが気をもむ暇もなく彼はすぐに言葉を続け「どうでしょう、両公が或不平の士官をてなずけて、これに謀反を企てさせようとしているのです。」

 どうやらいよいよ鉄仮面の話になってきたようだ。「もちろん、謀反の事ですから、たとえ日頃の恨みがなくても私の職務ですから十分に探らせなければなりません。これを探るにはその士官を捕らえ苦しめて白状させるのが一番ですが、しかし、証拠の上がらない中から捕らえても無駄なので、何人かの探偵を派遣してその士官の行く先ざきを見張らせて、何でも確かな証拠を得ようと勉めました。

 士官もなかなかのさるもので、例えば両公と往復した手紙を初め、連中の連判状などは総て秘密の手箱に納めて隠してしまったと言うことで、何処にあるのかどうしても分かりません。しかし、何しろ謀反だけは確かで既にその士官が方々の悪徒を集めて十五人の決死隊と言うのを組織して今年の春、国王ルイを虜にするつもりで間道からパリへ押し寄せて来ましたが、もうこうなったら証拠は十分で、これ以上捨てて置く訳にもゆかないと私の方でも準備して、途中でその決死隊十五人を残らず生け捕るつもりで、ある険しい場所に伏兵をして置きました。」と事細かに話だした。

 もしやルーボアが私をその中の一人と疑ってこの様な話をして私の心を引いているのではないかとバンダは疑うほどだった。また彼の今までの振舞いを考えると、もちろん露ほどにもその様な心が無いことは確かだったので、すぐに安心して平気の顔をして聞くだけだった。「ところがその伏兵達が私の目的を間違えて、十五人を皆殺しにする気になり十四人まで殺し尽くして、たった一人だけ生け捕れたのです。」

 その一人が今おっしゃった士官ですかと聞きたいことは山々だったが、今聞いては疑われる恐れがあったので、彼が自分から問わず語りをするまで待つに限ると、バンダは思い直して黙っていた。

 「殺してしまっては何の役にも立ちません。私の目的はただ両公爵がこれに関係していると言う証拠を見つけ、両公爵を罪に落とすと言うことだけですから、生け捕って白状させるだけです。しかし、幸いに一人だけは生け捕ったので、今ではその者の顔を包み、決して世間には知られないようにして、追い追いと調べていますが、まだ本当に両公爵が張本人だと言うところまでは分かりませんが、その中に分かるのではないかと思います。」

 「何しろこれが私に取って第一の秘密です。今もし私が両公爵を罪に落とすため、この様なことをしていることが分かれば、私がかえって罪に落とされます。第二にはその様な虜が私の手にあって、そろそろと調べられていると言うことが分かれば、両公爵はすぐに手を回し、その虜を殺すとか、奪うとかしてしまいます。ですからこればかりは私の命に替えても他言の出来ない次第ですが、ただ私の愛が嘘で無い証拠に、この通り貴方に打ち明けました。」

 永々と言い終わり永々と聞き終わったが、何の得るところもなかった。鉄仮面は何者なのか、今は何処の牢に入れられているのか、少しも突き止められなかったのでバンダは非常に失望し、さっき彼が一人だけ捕らえたと言ったとき、その名前を聞かなかった事を後悔したが、どうしようもなかった。彼が遂に問わず語りに落ちなかったことは、本当に残念なことだった。特に彼はこれだけの事でバンダを納得させたと思ったのか「さあ、これでもう私の誠に少しの疑いも無いでしょう。」と言い、初めの臆病に引き替えて、幾らか大胆さが出てきて、バンダの手を取り、その腰を抱き抱えようとした。

 ここまで来てはバンダはそれにどう抵抗したら良いのだろう。コフスキーが渡した懐剣に頼るか、いやいや、事の九分九厘まで聞き尽くした今となって、残り一分を懐剣に訴えては、折角宝の山に入ったのに手ぶらで帰ることになってしまう。どうしても鉄仮面の本名と居場所だけは聞かなくてはならない、バンダはとっさに考えを巡らして、急に身を引き、恨めしげに彼を眺めて、「私が世間知らずと思い、貴方は嘘ばっかりおっしゃる。」ルーボアは飛び上がって「え、え、何と貴方はまだ疑いますか。」

 「公爵だの、士官だのともっともらしいことを言いさえすれば私が本気にすると思っているのですか?根も葉も無い作り話を永々とお作りなさって!」「これは実にけしからん、明かすことの出来ない大事な秘密を打ち明け、このように迄言っているのに、それでもまだ作り話と言うのですか。」「作り話でないにしろ、作り話と同じ事です。本当にそれだけの事を私の口から言ったとしても、証拠の無いものを誰が本気にするでしょう。ただ貴方の一言でその様なことはないと打ち消せばすぐに消えてしまいます。捕らえどころの無いこの話が何の証拠になりましょう。」

 「では夫人、いくら詳しくでも話しますから、貴方が捕らえどころと思うところを言って下さい。さあ、ここまで話してしまったからには、この後の事はつまらないことばかりです。少しも隠さずに話します。さあ、お聞きなさい」ここまでこぎ着けたのは実際バンダにしては上出来で、思ったよりうまくいったと言える。

 「その様におっしゃいますが、貴方はその虜の名前も言わないでは有りませんか。何処に隠しているかそれも言わないでは有りませんか。それが作り話の証拠です。」「え、それを言えば満足するのですか?」と言いかけたが、彼はたちまちこの二つの問いが非常に重大なことに気付いたように、ぐっと詰まって顔色を変え、バンダの顔を見上げたが、ここが命の瀬戸際と見てバンダはまさに必死の思いで「それご覧なさい、その様なはっきりした事は答えられないではないですか。

 なに、どうしてもとは言いません。良うございます。貴方の御心はもう分かりました。田舎出の女だと思って幾らでもおなぶり遊ばせ。」と腹わたをえぐる一言を後に残してツンと怒って立ち去ろうとした。この時のバンダの様子は絵にも筆にも描かれたことが無いようなものだった。そうではなくてもとろけたルーボアの心は、今は乱れた糸のようで、彼は酔っているように、迷っているように、慌ててバンダを引き留め「これ、夫人、言いますよ。言いますよ。捕らわれているその男は鉄仮面をかぶせてあります。何、鉄仮面の本名は」

 「その鉄仮面の本名は」「はい、ふた通り有りまして、一つは。。。」一つは何と言うのだろうか。このきわどい瞬間に、急に部屋の外に給仕の声がして「旦那様、至急に貴方へお目に掛かりたいと言うお客が有ります。」と言って戸を開いて顔を出した。ルーボアはカッと怒り「たとえ国王が会いに来てもここに通してはいけない、追い返せ、追い返せ。」

 叱りつけるその声がまだ切れない中に「なに、国王ではなく、私です。」と言いながらこの部屋に入って来た不都合千万なこの客は、これは誰かと思えば、人もあろうにかってバンダの顔を見知っているあのナアローだった。

つづき第69回はここから

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