巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面78

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.30

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                第六十九回

 バンダはもちろんナアローの顔は知っている。初めは夫モーリスが居酒屋で荒武者アイスネーと決闘した時に見、その後はペロームの砦で彼が鉄仮面の囚人を調べているところを盗み見た時で、彼のこざかしい面だましいは何年経っても、バンダの眼(まなこ)に忘れるはずは無い。だからバンダは今ここに彼が現れたのを見て、たちまち天から地にけ落とされた思いがした。

 今こそこれを使う時だと胸に隠していた懐剣を探り握ったが、バンダの心にはまだわずかな頼りにすることが残っていた。自分はナアローの顔は知っているが、ナアローがバンダの顔を覚えているかどうか。一度は見られているがその時は男姿に身をやつしていたので、その時の姿は今の姿とは全然違っていた。特に場合が場合だけに、彼の目はただ決闘の方にばかり注がれていて、自分の方には注がれていなかった。彼は眼力が鋭いと言っても、また記憶が良いと言っても、まさか今まで覚えていて、見破る事はないと思われる。

 一瞬の間にバンダはこれらの考えを思え巡らしたので、懐剣に手は掛けていたがまだ抜きはしなかった。ただ顔色を変えまえとして必死で頑張っていた。しかし、その顔色はバンダが思うほど平静でなく、紅をさした頬まで真っ青だった。目もただ開けているばかりで、瞬きをするのを忘れているほどだったので、早くもルーボアがそれに気が付いたのか、彼はナアローを叱り懲らしめようとしていたがまだ叱からなかつた。

 まず気ずかわしげにバンダを見て、「驚くには及びません。何これは私の親友です。」とその背中をさすってやると、ナアローはバンダの願いも空しく、十分バンダを見知っているように口の中で「ああ、これだ、これだ」つぶやきながら、何の遠慮も容赦もなく、ただ荒獅子のがその獲物に飛びかかるように、いきなりバンダに飛びかかり、懐剣をもっているその細い腕を捻(ねじり)り上げた。バンダよりもルーボアの方が怒りかつ驚き「これ、ナアロー、何をする。俺の許しも得ずこの部屋に入った事さえ不躾(ぶしつけ)なのに、その乱暴は気が狂ったか。今日限り免職だぞ」と言い、たくましいげんこつをあられの様に振り乱し、所構わず打ち据えた。

 ナアローは打たれながらも声高く「貴方こそ気が狂いましたか。この女を誰だと思っているのですか。バンダです。バンダです。アルモイス・モーリスの妻バンダと何ども申し上げたのがこの女です。どうして生き残ったのかは知りませんが、生き残ってパリへ忍び込み、貴方をだましに掛かっているとは、余りに不思議で私さえ本当だとは思えないほどですが、もう既に色々な証拠を調べ上げてありますので、少しも疑いありません。」と早口で言うのを聞き、ルーボアはただ夢の中で夢を見る気持ちがした。

 この様な時でも兼ねてから秘密に慣れている身なのですぐに立って入口の戸を締め、「何だと、この夫人がモーリスの妻バンダだと。その様なことがあるものか。由緒正しいヘイエー夫人だ。何よりこの夫人の弁解を聞けば分かる。これ夫人」と言いながらナアローの手からバンダの体をむしり取り、一目見てまた驚き「や、や、や、お前が余りひどいことをするから、これ気絶してしまったでわないか。」全く言葉に違わず、バンダは余り心の動揺に耐えかねてか、いつの間にか気絶して今は死人も同然だった。

 ルーボアは怒っている中にもほとんど涙をながさんばかりで「これ、夫人、ヘイエー夫人」と呼び、生き返そうとしてバンダの頬に初めてキッスをしようとすると、ナアローがこれを邪魔して「なに、女が気絶するのはよくあることです。今に正気に戻りますから驚くことはありません。この間に合点が行くように良く話して差し上げましょう。

 「差し上げると言っても何を話すのだ。お前の様な馬鹿者に聞く事はない。夫人をここに置き、さあ帰れ、帰れ、再び俺と夫人の間に入るな。少しの手柄を立てようと思って余計なことまで疑って。馬鹿め、バンダが魔が淵で死んだ事は既に確定の事実ではないか。」

 ナアローは火のような熱心さで、「死体が上がっていませんから確定の事実ではありません。それですから今まで私は、あの連中の中で生き残った者がいると申し上げたではありませんか。」「それはあってもこの夫人はそうではない。第一バンダとか言う者がこれほどの美人とは聞いていない。」

 「情けないことをおっしゃる。私が既にこの顔を見て知っているからしょうがありません。それに先日、黒頭巾をかぶった男が貴方の馬車を引き留めて、国家の大事を申し上げると言った事があるでしょう。彼も既に不思議な事で魔が淵から生き残った一人です。貴方が採用しないため、私のところに来たのです。

 彼の言葉によりこのバンダなども分かったのです。いちいち調べてみましたが間違いありません。」と様々に言い立てたが、恋に狂ったルーボアの耳には少しも入らず「貴様は、金に目が眩んで、根も葉もないことを言い立てる乞食の言葉を信じて、立派な淑女を疑ってそれで探偵が上手だと自慢するのか。」

 ナアローはほとんど言い勝つ方法が無いと困った風だったが、たちまち彼に良い考えが浮かんだらしく「論より証拠です。この女が貴方の口から鉄仮面の本名と居所を聞き出そうとしたのでしょう」と叫んだ。急所をえぐるただ一言はルーボアの胸に毒矢の様に刺さった、彼は呆れるほどの声で「ウー」とうなり「おお、聞いた、聞いた。そんなことを聞いた。」

 ナアローはこの有様に力を得て「さあ、バンダでなくて誰がその様なことを聞きましょう。彼女の目的はただその一つにあるのです。」ルーボアはあたかも傷ついた虎に似ていた。後ろの椅子に沈み込み、大きく息を吐くだけで返す言葉も出なかった。

 しばらくして彼は考えを決めたように奮然として立ち上がり、「構わぬ、構わぬ。たとえバンダでも構わぬ。ただ一人生き残って、この世に頼れる者がいないものだから、もしや夫が生き残っているのではないかと様々なことをして、いろいろと聞き出して、ついに鉄仮面の事まで知り、鉄仮面を自分の夫だと思うから、それでこんな事をしているのだ。感心な烈女じゃないか。その心を察してやれば可愛そうだ。」

 人の心を察した事の無い無慈悲、非道のルーボアも恋には心を察する事を知ったのだろうか。彼は更に断然たる口調で「女の手一つで何ほどの事が出来るものか。バンダならなおさらだ。俺は気長にその心を慰めて、俺の恩義に感じさせ、天下晴れての身にすくい上げてやる。」

 ナアローはこの熱心さに驚き「実に貴方に似合わないことをおっしゃる。この女ただ一人ならなるほど驚くに当たりません、それこそ貴方の随意ですが、生き残ったのはこの女ばかりではなく、ポーランド人コフスキーと言う者も一緒で、既にこの女の供をしてこの下まで来ているのを、先刻捕まえて牢へ入れました。

 「何だと。」「いや、嘘ではありません。そんな訳ですからどうしてこの女一人と油断は出来ません。この女を許して置くと貴方の命が有りません。この女の決心では貴方に救われて生きるよりも、貴方を殺して死ぬのが本望と思うでしょう。そうでなければ何のために胸にこの通り懐剣を隠しているのですか。

 私が来たときも既に懐剣に手を掛けていました。それだから私は矢にわに飛びついてその手首を捻り上げたのです。」と言いながらバンダのポケットから玉散るような氷の刃を取り出してルーボアの前に差し出したのにはさすがの彼もこれには夢から覚めたようになった。

つづき第70回はここから

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