巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面80

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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              第七十一回

 怪物黒頭巾と一緒に閉じ込められて、初めて我に返ったあのバンダはどうしただろう。忠臣コフスキーまでナアローの手に捕まえられたので、今はバンダを救う者もいない。鉄仮面についてもその消息を知る方法もない。実にあのナアローの悪知恵は、わずかに余命をつないだ決死隊の残党を、全く滅ぼし尽くしてしまったのと同じだ。

 しかし、幸いなことは賢女バイシンがおり、これに従う荒武者アイスネーがおり、バイシンの夫アントインがおり、オリンプ夫人がいることだ。これらの人々は今どうしているのだろう。バンダの苦しみを知らないのだろうか。
 
 夜は早くも十時を過ぎ、非常に寂しい町外れに、人通りが全く途絶え、更に雨さえしとしとと降り、もの寂しい風は雲を吹き払わず暗くてかつ静かなのはあたかも死人の街かと疑うほどだ。この通りに沿って構えている屋敷は誰の家だろう。塀の中に生い茂っている庭木は傘のように通りに差し掛かり、雨宿りをする人の頭を撫でている。夕方からここに隠れている二人の男がいた。闇で姿は分からないが、ひそひそとささやく声は聞こえる。

 「どうだい、この木に飛びつき塀を越えて中の様子をうかがったほうが、ここでこうやって心配しながら待っているよりは増しじゃないか?」「それはそうだが、生憎二人とも体が重くて、猿の真似は出来ないから仕方が無い。この枝にしがみついたら、登らない中に折れてしまう。」

 「だけれど何かして見なければこのまま朝まで待ぼうけになるかも知れない。」「何、大丈夫、そんなことは絶対ない。僕が知合いから知合いを頼って、内々に調べて置いたところでは、コフスキーとバンダがこの屋敷の中の牢に閉じ込められ、取調べを受けていることは確実だ。」

 「それは確かでも、今夜二人がバスチューユに送られるかどうかは分からない。」「なに、それはオリンプ夫人の手で聞き出した事だから確かだよ。」「だって、まだ馬車を用意する音も聞こえないじゃないか。」「この広い屋敷だもの、馬車の用意をしていても聞こえるものか。それに向こうでも秘密に秘密を守っているから、夜が更けなければ送り出さないよ。」

 「それはそうだ。しかし、その方が結局は幸いだぜ。秘密を第一としているだけに、かえって護衛も無かろうし、もっとも君と僕との二人でかかれば護衛の五人や七人は訳はないが。しかし、声などを立てられると面倒だからなあ。」

 「そうさ、声を立てればすぐに警官が聞きつけて四方から駆けつけるよ。ナアローのする仕事だから、たとえ、秘密でもそれくらいの用心はしているよ。」「けれど、あいつを捕らえれば愉快だなぁ。僕はもうあいつにどれほどの恨みがあるか知れない。」

 「お互いにさ、我が党の者であいつを恨まない者などいないよ。とは言え、余り愉快と思って、あいつを殺しては仕方がないぜ。」「それはもう、十分承知だ。僕の役目はただ彼一人を生け捕れば好いのだもの。一人と一人なら手の中に丸めるより易しいことだ。声も出させず、殺しもせず、そっと捕かまえて行くのは訳もないことだ。」

 「僕の方もその通りさ。今夜の仕事は実際二人の手には易しすぎるよ。ただ馬車の中にいるバンダとコフスキーをひっさらって行くだけだもの。二人とも馬車の戸を開きさえすれば、我が党に救われる事と悟り、そのままついて来るだけの事だ。」

 「まさかそれほど簡単には行くまい。必ず手足を縛られているのだから。」「そうだ。事によるとその上に鉄仮面をかぶせられているかも知れないぜ。」「や、聞き給え、アイスネー君、なんだか馬車の音がする様だぜ。」

 「そうだ、そうだ。確かにナアローがバンダ、コフスキーを馬車に乗せて屋敷から出て来るのだ。さあ、アントイン君、君は向こうに回りたまえ」と言うより早く右と左に分かれたが、この両人は読者の既に察した通り、荒武者アイスネーとバイシンの夫アントインと知っている勇士で、オリンプ夫人とバイシンの指図に従い、ナアローの屋敷を見張っていたのだ。

 両人が門の左右に立ち分かれと、まもなく中からきしり出た一台の馬車は、行く手を照らす角燈を灯していたが、後ろに乗っている主人を照らしていないので、ナアローなのか、はたまたバンダとコフスキーなのかは分からないが、ほかに護衛の無いのだけは確かなので、アイスネーはためらはず、横あいよりすっと出て、静かに馬車の台を引き止めると、二頭の馬も引くことが出来ず、メリメリと音を出しながらその場に止まった。

 乗っている主人は引き止められたとも知らずに、二度、三度馬に鞭を当てたが、馬はただ藻がくだけで、ただの一寸も進まなかったので、不思議に思って御者台から横に首を出して、初めて誰かが金剛力で我が馬車を引き止めているのを見て、怒って一声「誰だ」と叫ぶ。

 声は確かにナアローなので、アイスネーはしめたと喜び、中のバンダ、コフスキーにも聞こえるように遠慮なく大声を出し「ナアロー 君、そんなに驚くなよ。長らく君にお世話を掛けた男爵アイスネーだよ」

 ナアローは、はっと驚き「何だ。悪人」と我を忘れて怒鳴り出したが、アイスネーは少しも騒がず「今夜、この中にいる二人をバスチューユに連れて行かない中に、もらい受けたいと夕方から待っていたのだ。」と言いながら御者台に飛び上がり、ただひとにぎりにナアローの首筋をつかみ、難なく下に引きずり下ろしたが、彼もなかなかの者なので、まだ口をふさがれる前に呼び子の笛をピーとと吹き鳴らした。

 しかし、アイスネーはこれには構わずに、まもなくナアローを捕まえて闇に紛れて立ち去った。後からアントインは馬車の窓から中に首を突っ込んで、中の様子を調べると、暗い中にも人影があったので、「コフスキー君か?」と急いで聞くと「そうだ、僕だよ。」と答える声がした。

 確かにコフスキーに違いないので、すぐに救いだそうとしたが、この時、早くも呼び子を聞き、八方から駆けつけて来る巡査の足音が、ものすごく聞こえてきたので、彼はすぐに考えを変えて、自分から御者台に飛び上がり、鞭を取って馬の腰を強く打つと、馬は主人の替わりとも知らずに、巡査の中を縫ってこれも何処かに立ち去ってしまった。
 
 後には巡査と巡査が「え、今のはナアロー長官か?そうだろう、なぜ呼び子を吹いたのだろう?馬が止まらないから困って我々を呼んだのだろう。自分で手綱を取ったことは余り無いから。しかし、あの通り行ってしまったから仕方が無い。」と顔を見合わせてあれこれ推測するだけだった。

つづきはここから

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