巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面82

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳 

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2009.8.3

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               第七十三回

 時の警視次官として飛ぶ鳥を落とす勢いの、ナアローを運び去るとは、大胆とも不敵とも言い様の無い振舞いだが、国王ルイをさえ虜にしようと計画する人々なので、乱世の事でもあり別に取り立てて騒ぐほどの事ではない。それに又バンダ、コフスキーが一緒に捕まり、鉄仮面救出の目的もほとんど絶望になろうとしている時なので、これより他に方法がなく、破れかぶれの考えでこの様なことを実行したのだった。ただ肝心なバンダを救いもらし、その行方さえ分からなくなったのは、非常に残念なことだった。
 
 この夜の二時頃、ソイソン邸として知られているオリンプ夫人の別荘に集まったのはコフスキー、アントイン、アイスネーの三人だった。彼らは明日にも政府から逮捕される身なのに、危ういことも顧みず、ストーブの前に集まって、平気な顔で何事か話し合っていた。ここから一部屋へだてた所はオリンプ夫人の部屋で、そのまん中にむごたらしく手足を縛られて、身動きも出来ずに椅子の上に座らされている小男がいた。すなわちこれこそナアローだった。

 その右と左から罪人を調べるようにこれに向かい合っている二人の女は、バイシンとオリンプ夫人だったが、夫人は怒った声をなんとか押し鎮め、「これ、ナアロー、今更私を恨むことはあるまい。白ベッドで私の命を取ろうとした事を思えば、これくらいの仇打ちをしても当然でしょう。隠したって駄目だよ。あのことはアイスネーも証人だ。今後、もしルーボアと表だって争うような事があったら、私は白ベッドの事を彼の罪に数え、世間に訴えるつもりだ。そのつもりで証拠も証人も揃えている。」

  ナアローは一言の返事もせず、ただ悔しげにその歯をガチガチ鳴らすばかりだった。次にバイシンが進み出て、少し柔らかな口調で「これ、ナアローさん、今は何も貴方の罪を責めようと言うのではない。ただ、鉄仮面の本名と居場所、それにバンダの居場所を聞くだけの事です。さあ、バンダを何処に隠しているのです。その事から先に言いなさい。さあ、さあ、大バスチューユには我々の同志がいて時々連絡しあっていますが、バンダとおぼしき女の囚人はまだ送られていないと言うことです。そうしてみると貴方の屋敷の穴倉ですか。」

 ナアローも見かけに似ず強情な男で、バイシンを怒らせようと思ったのか、自分の怒りを押ししずめて、こざかしい顔に笑みを浮かべて、「もうこの通り捕らわれた上は、どの様な処分も受けましょう。今更未練に命を惜しみ、大事な秘密を明かすでもないでしょう 」「なに、貴方を処分する積もりではありません。秘密を聞いてそのまま許してやるのです。はい、夜の明けない中にそっと貴方の屋敷に送って上げます。」「その手には乗りません。私を放せばすぐに警察の力で貴方を初め、次の間にいる貴方のご亭主まで捕まえます。貴方もそれを知っているから、決して私を許してくれるはずはありません。」 

 バイシンは平気で「なあに、貴方をこのまま止めて置くことこそ、我々には迷惑です。止めて置けば、明朝になって貴方の行方が分からないのに気が付き、すぐにルーボアも驚き、警視庁も騒ぎだします。そうして、草を分けるほど捜されては、我々一同の身が危ないから、貴方をこのままに帰しますよ。帰したところで貴方も自分の面目があるから、まさか俺は女風情に捕まって国家の秘密をしゃべってしまったなどと他人に言う心配はありません。それだから我々には貴方を許す方が得策です。もし、許した後で、貴方が警察の力で我々を苦しめようとするなら、その時こそ我々は十分に貴方と戦い貴方に後悔させる道を知っています。」

 「とは又どの様にして、」「それは訳もないことです。貴方へ一通の手紙を送り、その中に私が作った毒薬を封じて置けば、貴方は封を切って臭いを嗅いただけで、急死します。」と普通の話のように落ち着いて言う。この恐ろしい言葉にはさすがのナアローも顔色を無くしたが、彼はなお平気な顔をして「なに、構いませんよ。とにかく貴方は今、ご自分で言うとおり、私を明日までここに止めて置くことは不利益と知っていますから、夜の明けない中に放すに決まっています。放免と決まっているなら、私は何も言わない積もりです。国家の秘密を告げ口して放免されるのも、それを話さずに仕方なく放免されるのも、放免に代わりはありません。私は黙っていて貴方が仕方なく放免するのを待ちましょう。」

 「おや、私の質問に返事しなくても、時間さえ来れば放免されると思っているのですか。そんなことが有りますか。どうせ私達も貴方を捕らえたからにはもう破れかぶれです。貴方が知っていることを総て話すなら許して上げますし、白状しなければ貴方を殺して、政府から追っ手が来ない中にこのパリから逃げ去るだけです。我々はブリュッセル府と言う安全な都の有ることを知っていますから、すぐにブリュッセル府へ逃げ込みます。ですから、貴方も強情を張って、恐ろしい目に会うよりは、白状して何気なく返される方がお徳でしょう。さあ、どうです?」 

 ナアローはしばらく考えて「白状すればすぐに返してくれますか。」「いや、すぐに返しては貴方の言うことが本当かどうか分かりませんから、二時間だけ貴方を留置、その間に次の間の人たちがバンダを救ってきます。その上で返します。」 ナアローは再び考えて「いや、どう考えても白状しない方が私には得です。このまま殺されても少しも残念では有りません。」「とは又どういう訳で。」「私以外にバンダの居場所を知って居る者は誰もなく、ルーボアさえ知りませんから、私が死んでしまえば誰もバンダに食べ物を与える者も居りません。バンダは暗室の中で飢え死にです。そうすれば丁度私がバンダと心中するようなものです。木石と言われたルーボアさえ迷うほどのあの美人と心中すれば別に恨みでも有りません。あははは、そうでは有りませんか。」と声をあげて高笑いをした。

 烏賊(いか)は最後に墨をを吹き、悪人は最後まで毒言を蓄えて敵の心をおとしめると聞くが、今のナアローの一言は正しく最後の毒言と言うべきものだった。ナアローが死ねばバンダが暗室に飢死にするとは、何と毒々しい言葉だろう。さすがのバイシンもこれには驚き、思わずぞっとして反り返ったが、オリンプ夫人は腹立たしさに耐えられないように「構わないからバイシン、ナアローを殺してしまいなさい。例の毒薬で殺してしまいなさい。」と叫んだ。

 バイシンはそうもせずに、ただ嫌みを込めた眼差しで彼の顔を眺めていると、彼は更に言葉を続け「こう言っている間にもバンダはきっと身の置きどころも無いほど困っていることでしょう。鬼のような汚い顔の男と一緒の暗室に入れられていて、その男には私が十分苦しめるように言って有るので、今ごろその男に嘗められたり、抱きつかれたりして散々な目に会っていることでしょう。それを思うとあ、あ、余りよい気はしませんよ。」と毒々しい言葉を益々言い続けるので、バイシンも耐えることが出来ず「本当に生かしては置けない奴です。」と言うより早くポケットから小さい瓶を取り出し、顔をそむけて、彼の鼻に垂らし込むと、毒薬の効き目はものすごく、彼はグーともスーとも言わず急死して椅子から落ちた。

 ああ、バイシンは日頃の思慮深さにも似ず、今彼を殺すとはバンダの事を忘れてしまったのだろうか。彼の毒々しい言葉はいちいち事実で、バンダは本当に暗室に入れられていて、怪物黒頭巾に苦しめられているのに、バイシンはもはやこれを救うことはないと思っているのだろうか。

つづきはここから

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