巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面85

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳 

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              第七十六回

 バンダはナアローの家の穴蔵から誰によって、何処に連れ去られたのだろうか。もちろん、たった今の出来事なので、ナアローがさらわれた後の出来事だから、彼に聞いても分からないかも知れないが、あるいは、前もって彼とルーボアの間で決めておいたことかも知れないので、どちらにしても彼は警視庁の次官なので、他に知っていることも多いに違いない。今は彼を生き返らせるほかは無かった。

 怪しい男がこの部屋をのぞいていた事と言い、コフスキーの言葉と言い、どうやら一同がしていることが早、政府によって探られ、今にも逮捕されるかも知れない情勢になってきているので、もはや、ナアローをこの上何時間も、死人のままにしておくべきでは無かった。ここまでで彼を生き返えらせ、鉄仮面の事までも聞き尽くさないと、ついにはその大秘密を知る方法も無くなって、これからやろうとすることが総て失敗し、取り返しのつかない後悔をすることになると、バイシンも考え、それらの道具を取り出したので、コフスキーも少し安心し「ああ、そうして下されば、今日中にバンダ様を救い、鉄仮面の秘密も知ることが出来ます。それで生き返るには何時間掛かりますか。」

 「そうですね。一時間は掛かるでしょう。そして彼の心が元に戻り、我々が問うことに答えられるようになるには、どうしても三、四時間は掛かるでしょう。」「おやおや、そんなに掛かりますか。」「ハッキリとは分かりませんが、それくらいは掛かると思わなくてはならないでしょう。」「では、その間に私は、アントインとアイスネーの両人を呼んで来ましょう。彼らはまだ私からの指図を待って、ナアローの屋敷の近辺を見張っています。

 連れて来ればナアローがいよいよ生き返ったときに、三人で力を合わせて、彼を散々脅かして知っているだけの事を全部白状させます。」こう言って又、コフスキーは立ち去ったので、後に残ったバイシンは、恐る恐る控えていたオリンプ夫人を隅の長椅子に連れて行って休ませ、「貴方はあまりこの様なことはご覧にならない方が良いでしょう。又気分でも悪くなるといけませんから。」と言い、自分は立って彼の死体の方へ寄って行こうとすると、この時急に次の間でただならない人の声がした。

 夫人もバイシンも何事かと同じように耳を澄ますと、誰だか分からないが、オリンプ夫人に面会しようとする者が、取り次ぎの男と言い争っているのだった。「馬鹿なことを言うな。夫人が中に居ることは分かっているのだ。誰が来ても面会はしないからその積もりでいるようにと言われているのだろうが、他の客とは人が違う。俺がこうして夜が明けない中に来たのをただ事だと思うのか。これ、大急ぎだ、大至急だ。夫人の一命に関わることだ。そこをどけ、これ、どかぬか。」と言う声が切れ切れに聞こえて来た。

 そもそもこの荒々しく慌てている来客は何者なのだろうか。しかも、この午前四時と言うまだ明けやらぬこの時刻に夫人の命にも関わると叫んでいるのだ。実に軽く済ませることではない。バイシンはやっと合点がいったらしく「ああ、大変です。分かりました。ブーロン伯爵の声です。」と言う。そもそもブーロン伯爵とは今までこの篇には出て来なかったが、当時の歴史に名を残している貴族の一人で、オリンプ夫人の妹、マリー・アンヌ嬢の夫で、夫人を義理の姉とする人だが、夫人が宮廷から退けられた時から、お互いの行き来もあまりしなくなっていたのだった。

 夫人もなるほど確かにそうだと思ったのか、「ああ、そうだ、ブーロン伯爵だ。伯爵が今ごろ何のために。」と心配そうな顔をして聞いた。バイシンも少し驚き、恐れた声で「もう何もかも露見しました。私の言った通り、窓をのぞいたあの男が幽霊ではなく、きっと政府の探偵だったのです。きゃつがきっとルーボアの所に駆けつけ、この屋敷でナアローを殺したとか、何とか申し上げたので、ルーボアが国王ルイに急報したため、貴方や私を逮捕する事になったのでしょう。」夫人は余りの恐ろしさのため、喉もひからび、声までしわがれて「え、私を逮捕する?あのブーロン伯爵が?」「いいえ、ブーロン伯爵は政府の捕り手が向かわない中に早く貴方を逃げさせようとして、宮廷を抜け出して教えに来たのです。とにかく、次の間でお会いなさいませ。」と言った。実にこれは危機一髪、夫人は返事もしないで次の間に入ろうとすると、ブーロン伯爵は早くも取り次ぎを押し退けて、この部屋の戸の所まで入って来た。

 たとえ、わが身を逃がそうとする親切な人とは言え、この部屋に入られて、この有様(ナアローが死んでいる)を見られては大変なことになるので、夫人は必死の勇気を起こし、客を押し出す剣幕で次の部屋に躍り出ると、客はやっぱりブーロン伯爵だった。伯爵は非常に慌てていたものと見えて、一言の挨拶もなく、席立てるような声で「夫人、夫人、貴方はたった今、宮廷で逮捕されることに決まりました。」バイシンの言う通りだったが、この様に容赦なく言われては「そうですか。」とそのまま受け取れないのが夫人の前からの片意地なので、この様な危ない時にもまだ屈せず「へえ、ルーボアの大馬鹿めが、そんなことを言いましたか。ルイがそれを聞き入れましたか。」と叱るように聞き返したが、恐れの様子は十分見えた。

 「もう、その様な強情を張っている時では有りません。貴方を逮捕すると言うことは何度もルーボアから言い立てましたが、国王がそれを許しませんでした。今夜はもはやルーボアの言葉を退ける事が出来ないことになりました。いよいよ逮捕を許しました。」

 十年前には我が足元に膝を折、わが身を最愛の妻よと拝んだ国王ルイが、今はルーボアの言葉に従い、わが身の逮捕を許したのかと思うと、急に悔しさ、腹立たしさがこみ上げてきて、「何の罪で、そのように私を」「何の罪?私に向かってそのお言葉は余りに空ぞらしいと言うものです。もう、宮廷では貴方の無罪を信じるものは一人もおりません。それをこの上言い争えば次の間に踏み込んで、ナアローの死骸を引き出しましょうか?」

 この言葉には一言の返事も言えず、夫人は傲慢なその首を、へし折られたように、うなだれたので、伯爵は夫人の手を取り「さあ、一刻も猶予は出来ません。私と一緒におい出なさい。外には私の馬車が居ます。「え、え、貴方が私を逮捕するのですか?」「貴方は、まあ、何をおっしゃるのですか。もう、御者に言い含めてあります。すぐに私の馬車で逃がすのです。」「貴方の馬車で逃げなくても、私は自分の馬車でブリュッセル府へ逃げます。」「とんでも無いことをおっしゃる。ルーボアが宮廷から私より一足さきに出ましたから、もう取り手の役人がその辺まで来ています。自分の馬車を準備する暇など有りません。それに貴方はもうブリュッセル府へは逃げてはいけません。オーストリーへ逃げなさい。」

 「とは又どういう訳で?」「ブリュッセルでは又すぐに帰りたくなるでしょう。貴方は二度とこの国には帰れません。帰ればすぐに又逮捕されて、我々一門の名を汚します。」と押し問答するその時間ももったいなく、「早く逃げないと、どうなるか分からない状況です。」

つづきはここから


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