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鉄仮面87

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳 

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2009.8.6

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                 第七十八回

 バイシンが捕らわれてから、局面が一変し、鉄仮面を捜すことは、全く消えてしまったかと疑うほどだった。オリンプ夫人はプリンス・ユージーヌを頼って、オーストリーに逃げて行ったまま、何の便りもなかった。バンダもどこに隠されたのか、一向に分からず、毒薬テストのためとバイシンに殺され、生き返るようにも見えなかったナアローも、死骸となって葬られたのか、警視庁の役所にも顔を現さず、アイスネー、アントイン、コフスキーの三人もあの夜限り姿を隠し、消息が分からない。

 黒頭巾も見えず、ルーボアも現れず、ただ何となく陰気な様子でこの年も暮れ、早や翌年の四月になった。この頃、徐々に世間に有名になり、寄るとさわると人々の噂に登り、上は王族貴族の社会から、下は一般の市民まで、聞き耳を立てるようになったのは、後の世までも鳴り響くあの毒薬審問事件だった。取調べを受ける被告人は、他ならぬバイシンで、政府はこのためにわざわざ裁判官、警察官の中から、審問委員と言うものを組織し、バイシンをビシゼンの砦にある獄に入れ、獄の外には特別に毒薬審問廷と称する、臨時の裁判所の様なものを作った。

 そもそもこの様に大げさなことにしたのは、何のためかと言うと、これは皆ルーボアの仕業で、彼は一度ヘイエー夫人に心を寄せたが、これがバンダだと知ってから、非常にがっかりし、二日ほど家に引きこもり、寝込んでしまったと聞いたが、彼は寝ながら色々なことを考え、床を離れると、前にも増してオリンプ夫人を逮捕することを主張し、国王の許可をもらって、自分自らバイシンを捕らえる事になったのだった。

 恋がかなわなかった事を、恨みに思って、政治の方に熱心になったのか、どちらにしてもこれほどの意気込みなので、バンダもきっと、苦しい思いをさせられているのではないかと思われるが、助け出す手段が無いので、これもどうしようもない。ただ一人、もっとも厳しくルーボアの怒りを、正面から受けたのは、あのバイシンだった。

 バイシンは手を変え、品を変えて様々な取調べを受け、決死隊の事からコフスキー、アイスネーらの事までも調べられたが、一言も同志の秘密を、漏らさなかったので、ルーボアにも、バイシンが、一筋縄では行かない女であることが、やっと分かった。この様な毒薬調合の上手な者を、生かして置いては、これに憎まれた時、自分がどの様な害を被るか、計り知れないので、虎を野に放すような、危険なことをするよりは、毒薬を名目にバイシンを取調べ、死刑にしてしまうのに越したことはない。

 調べている中に、又色々なことを白状するかもしれないと思ったので、この様な毒薬審問廷を開き、恐ろしい拷問を加えたが、バイシンはついに何も白状せず、かえって大胆にも宮廷を嘲(あざけ)り、ルーボアを罵(ののしる)るばかりか、政府が深く秘密にして隠していることも、遠慮なく暴(あば)き立て、ほとんど審問官の手に負えないこととなったので、憐れむことには、バイシンは当時フランスの刑罰で、一番重いと言われている、焼き殺しの刑に、処せられる事になった。

 焼き殺しとは、昔の賠烙(ほうらく)の刑にも優り、又油を使っての釜煎(かまいり)にすると言う刑にも負けない残酷なものだった。先ず焼きがねで体中を差しただらせ、次にその手足を切り落とし、最後に硫黄の火で当人をあぶり殺すものだ。この様な残酷な刑罰は、多分バイシンを最後の例として、バイシンの後で、この刑を言い渡された者は無いだろう。

 これだけでも、パリの人々は、ほとんど鍋の水が沸騰するように騒いだが、こればかりか、バイシンは自分の毒薬の事については、当時宮廷にときめく人々と、その奥方達は大抵自分と同罪だ、いや中には自分より罪の重い者もいると言い出し、誰それは国王を殺そうとして、私に毒薬の調合を頼み、何がし夫人は王妃バリエール嬢を除こうとして、私に薬はないかと相談したなどと、怯(ひる)む様子もなく言い立てたので、このため当時、ときめく貴人貴夫人で審問廷に呼び出された人は大勢いた。

 審問の様子は、一般の世人には分からなかったが、今日は誰それの伯爵が呼び出されたとか、明日は誰それの夫人が、出廷するなどの噂は、口から口に伝わることは、ほとんど電気が伝わるのより早く、人々に伝わることとなった。そのため毒薬審問の噂はバイシンの名と共に高まり、ほとんど世の中を揺り動かした。しかし、バイシンの目指すところは、ただ宮廷をこまらせ驚かすだけで、一度自分の得意客になった貴人貴夫人に、罪を着せようというのではないので、証拠となるべきほどの、細かい事は言い立てず、なるべく人々をかばったので、どれも罪に落とされるまでには行かず、そのまま放され返されたが、ただルーボアの身にとっては、バイシンの心の底に蓄えられている事柄を、残らず聞き取りたいという希望があった。

 これを聞き尽くさなければ、何となく安心できない、と言う気持ちもあり、いよいよ表向きに死刑を言い渡すその当日、バイシンに最後の白状をさせようと、またも拷問を加えることにした。その様子は、今も記録に残されているものもあり、次の章に抜き書きして読者にこの事を知って貰う一端としたい。

つづきはここから



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