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鉄仮面88

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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2009.8.6

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                 第七十九回

 ここは毒薬事件審問のために設けた法廷で、正面を審問官ベイソン氏と警視官レイネイ氏の席とし、その傍らに書記の席がある。審問官の前は全体が取り調べ場所になっていて、被告バイシンの調べられる場所になっている。これらの様子は通例の裁判所と少しも違っていないが、ただ誰の目にもつき、非常に恐ろしそうなのは、壁に掛けて有る様々な責め道具だ。

 中でも、もっとも恐ろしいのは樫の木で作った足かせで、被告の両足にこれをはかせ、ゆっくりと締めて行き、ついには足の小節を締め砕き、被告が苦痛に耐えかねて気絶して、初めて止めると言うことだ。今まで審問官と警視官とは被告にどの責め道具を加えるか相談していた。審問官は足かせが好いだろうと言い張っていたが、警視官は足かせでは苦痛が足りないから、今回の被告の様な非常に強情なものには、水責めこそ向いていると主張して、ついにはその方法に決定した。

 道具の下に立っていた責め役人に向かって、それぞれの用意をさせ、さらに立会いの医者も呼び入れた。医者は拷問の間、ときどき被告の脈を取り、更に責め続けても被告が死ぬことはないかを判断し、もうちょっとで死ぬと言うその間際まで責めさせる、一種の残忍な役目を受け持っているのだ。この様に準備して、被告の呼び入れを命じると、バイシンはしばらく獄中にいて、早くも顔の色もさめ、頬の肉も少し落ちたが、その鋭い眼光は依然として人を射、唇には審問官らをいやしむような、軽蔑の笑みを帯びていた。

 看守に引かれるままに、しずしずと入って来て、審問官の前に立ち、驚くほどの平静さで「おやおや、今日はいよいよ私の命を取る積もりと見え、責め道具の用意が出来ていますね。さあ、責める方が負けるか、責められる方が負けるか魂(こん)比べです。」と罵(ののしり)り立つ。この様子から考えると、心に多くの待望を抱きながらそれを果たせず、空しく牢屋の中で日々を送るのがもどかしく、そのために気分がなんとなくいらいらして、日頃の落ち着いた性質を見失い、見るもの聞くもの全てに腹立たしさを感じる様になったと思われる。

 そもそも人の性格には強弱の二通りがある。弱い者は苦痛に合う毎に益々弱り、責める人の心次第でどんな事も言ってしまうが、強い者は責められるに従って、益々反抗の力を増し、いわゆる堅(かた)意地となって行き、初め白状しようと思っていた事まで白状しなくなり、かえって責める方を苦しめることになると言う。バイシンのごときは強い方の中でもまた強い方で、責めれば責めるだけいよいよ頑固(かたくな)になって行くもののようだ。

 バイシンはなおも嘲(あざけ)り「なるほど、水責めの献立ですか。足かせくらいでは苦痛が足りないと、貴方がそう言ったのでしょう。」と言い、警視官レイネイの顔を冷やかに眺めると、レイネイもバイシンの眼力の鋭さに負けて、おもわずその目を伏せたので、バイシンは又笑みを浮かべ「貴方はなるほどナアローの跡取りになれますよ。ナアローも随分、人を苦しめるのが好きな男でしたが、しかし、彼はどうしました。私がここへ来る時、彼を毒殺して置きましたが、あれ切りで死んでしまいましたか。それとも毒薬の効き目が足りず生き返りでもしましたか。」何気なく聞き出そうとするのも、実は自分が調合した生き返り薬の効き目はどうだったかを、確かめたいためだった。

 警視官は厳かに「黙れ」と一声制したが、バイシンはそれでも平気で「おや、今日は私に喋らせるために、責め道具まで用意したのでしょう。私もこの世の置き土産に、十分しゃべる積もりです。黙れでは、少しお役目が違うでしょう。」と小馬鹿にし、更に笑って「演説をする人は、喉が乾くから水を飲むと言いますが、私も水を飲まされながら、おしゃべりをすれば、先ず喉が乾くのだけは心配有りませんね。」と言う。

 この時審問官は初めて口を聞き、「今日は、その方に判決文を、読み聞かせるために呼び出したのだ。」「文句は大抵知っています。この上読み聞かされれば、空で覚えてしまいます。」審問官は責め道具のそばに立っている責め役人に、目配せをすると、役人はつつと前に進み、バイシンの肩をつかんで、設定してあった席につかせた。次は書記に向かって、「さあ、宣告文を朗読せよ。」と命ずると書記は声を張り上げ、「国王の命令により組織された当審問廷は、被告バイシンの罪状を詮議(せんぎ)したが、被告バイシンは、第一に毒薬を調合し、第二に人を毒殺し、第三に不逞(ふてい)のやからと話し合って、重大な事を計画し、第四には死刑の罪人を助け、その罪人を家にかくまい」しかじかと読んでくるので、バイシンは又口を開き、「随分と沢山な箇条書ですね。これほどの事をしていれば焼き殺されるのも当り前です。」

 さらに書記が読み続けるのに従い、バイシンは益々この様な悪口をつけ加え、書記が死刑の順序を読むと、「その様に読み上げなくても、ご馳走の献立は分かっています。」と言い、「よって、被告バイシンを生きながら硫黄火で、焼き尽くすものなり。」と最も恐ろしい刑名を読み上げると「何の事はない。人間のステーキだ。ビーフステーキにされる牛の事を思えば、まず似たりよったりでしょう。」とあざけり。少しも恐ろしさを感じていない様子なので、この様な宣告書を読み慣れた書記さえも、この女はそもそもどんな魂を備えているのだろうと、怪しむように、その声が乱れた。

 審問官は書記の声が震えているの見て、自分からその宣告書を取り、残る一節を読み下し、「そのうえ、被告バイシンに最後の白状をさせるため、通常非常の両用の拷問を加え、又被告バイシンの財産は総て、国王の命により没収するものなり。」と言い渡すと、バイシンは吹き出してしまい、「財産まで没収するとは、ルイもなかなかの商人(あきんど)だよ。もっとも、ルーボアが政治を取るようになってからは、財政は益々困難で、今では一文でも欲しいと言う時ですから、私の汚らわしい財産も、彼らのためには余程有難いのでしょう。」と言った。

 大胆とも、不敵ともほとんど言い様の無いこの女に、どの様な拷問をかけても、どの様な責め苦を施しても、ほとんど無駄だと思えるが、既に決まった事なので、今更止める訳にも行かず、これからいよいよ水責めの拷問に、取り掛かることになった。

つづきはここから

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