巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

aamujyou13

噫無情(ああむじょう)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ビクトル・ユーゴ― 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2017.4.13


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   噫無情    仏国 ユゴー先生作  日本 涙香小史 訳

      十三 小雪

  背(せな)に児を負い、手には重い荷物を提げ、故郷を指して巴里を出た華子は、途々(みちみち)乗り合いの馬車にも乗り、歩みもし、又休みもしつつ、日暮れに及びフアーメールと言う小さい町に着いた。

 ここは此の後、彼の拿翁(ナポレオン)が最後の敗軍に名を留める、殆んど世界中に知らるる事と為った汪多塿(ワーテルロー)へ行く追分路(おいわけみち)《街道が左右に分かれる所》である。その追分の所に居酒屋の様な小さい宿屋が有って、妙な看板が掛かって居る。妙なとは極めて下手な絵で、一兵卒が、負傷した大将軍を背負って落ち延びる様子を描き、その身辺にやたらに煙を画いて有る。

 此の煙は即ち戦場を利かせた積りだろう。聞けば主人手鳴田(てなるた)と言う者が、昔軍曹を務めた事が有って、嘘か誠か知らないけれど、自分の常にする手柄話を、自分の筆で看板に画いたと言う事だ。之が為に此の宿屋は軍曹旅館と称せられる。

 華子は此の家の前まで来掛かった折りしも、丁度華子の連れて居る児と同じ位の女の児が、その妹と思われる更に小さい児と共に、往来に遊んで居た。如何にもその様が可愛いので、華子は立ち留まって、思わずも、
 「オヤ好い児だこと。」
と感嘆した。

 此の声を聞いたのが、直ぐにその傍に立って居た母親である。自分の児を賞(ほ)められて嬉しく思わない者は無い。直ぐに華子の傍に寄り、
 「ハイ、皆様がそう仰有(おっしゃ)って下さいますよ。」
と言って、暗に自分がその母だと言うことを披露し、更に華子の背に眠って居る児の顔を覗き込み、

 「貴女のお児さんこそ、ほんに可愛では有りませんか。先ア私共の店で、一休みして乳でも飲ませてお上げ成さい、」
と言って世辞を返した。併し之は世辞と言うのみで無い。華子の娘は母に良く似て、誰の目にも全く美しいのだ。後々は何の様な美人に成るだろうとの面影が二葉の中に宿って居る。

 やがて華子は誘われるままに、軍曹旅館の店先に腰を掛けた。誘ったのは、此の家の主人(あるじ)、元の軍曹と称する手鳴田の妻である。女同士の昵(なじ)むのも早く、早や両人(ふたり)は身の上などを問い合い語り合う程と為ったが、華子はここが我が児を預けるために、天が指し示す所であると思った。ここを過ごしては又と此の様な所の有ろう筈が無い。わずかな間に思案を定め、言い出すべき言葉の折を待って、

 「何(ど)うでしょう。私の小児(こども)を預ってお育て下さる事は出来ないでしょうか。」
と言い出した。勿論妻は驚いたけれど、可(いい)とも否(いな)とも答えない。
 華子「預って下されば、月々六フラン(現在の約三万円)づつ仕送りますが。」

 六フランなら充分の手当である。妻は夫が聞いて居るだろうかと奥の間に振り向いた。夫は世に言う地獄耳で、我が店先に在る事を、見逃し聞き逃しなどする様な男では無い。直ぐに声を出して、
 「六フランでは駄目だ。七フラン(現在の約三万五千円)で無ければ。」

 華子「では七フラン払いましょう。私は八十フラン持って居ますから。」
 主人の声が又聞こえた。
 「そうして半年分の前金を貰わなければ。」
 妻は早速暗算して六七四十二フランです。」
と説明した。

 華子が若し、非常に世間の事に長(た)けた女なら、是だけの様子で、此の夫婦が一通りの相手で無い事が分かり、大事な子をここへ預けて成る者かと怖気(おじけ)を震って立ち去る所で有っただろうが、そこまでは見抜く事が出来ない。終に六カ月の前金と、自分で丹精を凝らして拵(こしら)えた、四季一通りの小さい着替えまで荷物の中から出して、此の夫婦に与え、此の夜はここに一泊して、翌朝児を残して出発した。

 此の児の名は小雪(コセット)と言うのであった。
 是で華子は体も荷物も懐中も軽くなった。併し小雪に分かれるのが何れほど辛い思いで有ったかは、華子が此の町のはずれまで行き、立ち去り兼ねて、泣いて居たので分かる。
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 此の後は毎月の様に華子から手紙が来た。小雪の様子を聞かせて呉れと。その度に手鳴田は、無事に成長する許りだと答えて遣った。七ケ月目には約束通り七フランの金が来た。定めし華子は故郷で職業に有り付いた者と見える。その後も引き続いて月々金が来たけれど、手鳴田の欲心は増長した。

 間も無く小雪の衣類は売り払ってしまった上に、華子の許へ七フランでは足りないから、十二フランづつ送れと言って遣った。華子は之にも従った。そのうちに彼は又何所から何を聞き出したか、何うも小雪は私生児だろうと疑い始めた。それならば十二フランで口留に成る者では無いと、今度は文句も横柄に、十五フラン(現在の約七万七千円)づつ送れと言って遣った。

 之にも華子は従った。けれど女の手で、月々十五フランの仕送りは容易な事では無い。年の経つに従って金を送って来る期限が段々に少しづつ後れ、果ては滞る事さえ有るに至った。
 それで、小雪を何の様に養って居るかと言えば、実に甚(ひど)い、近所へは母親の捨てて行った子を慈悲で育てて居る様に言做(いいな)し、賄附(まかないつ)きで預った子の様にはしない。

 その上に妻の方が更に酷(ひど)い。自分の産んだ娘二人を可愛がるに付けて小雪を憎む。小雪が居ると娘の呼吸する空気まで吸い減らされる様に思う。食わせる小雪の食ベものも、犬の食より少し優り、猫の食よりはるかに劣る。先ず犬と猫との間である。

 華子から来る小雪の養育料は姉娘絵穂子(イポニーヌ)と妹娘麻子(アゼルマ)の養育費に成ってしまう。
 全く小雪は奴隷の様に追い使われる。五歳や六歳の児が、そう使われると言う事は、怪しくも聞こえるだろうけれど、怪しくは無い。

 艱難(かんなん)《苦労》と言う者は、何れほど幼い子の上にも降って来る。現に此の頃の裁判に、五歳から、一人で糊口(ここう)《生計》して居た孤児の例が有った。その者は泥坊で罰せられた。小雪の追い使われるのは、拭き掃除や、小買い物の使いや、宿屋だけに皿小鉢の持ち運びや、それはそれは用事が絶えない。此の様な次第だから小雪の身体(体)は、痩せて凋(しな)び、元は何の様な美人に成るだろうと思われたのが、全く見る影も無い。

 若しも三年目に母の華子が見に来たなら、之が自分の子の小雪だとは受け取る事が出来ないだろう。只その美しい太い眼だけが、幾等か元の状態を留めて居るかと思われるけれど、顔総体が縮んで居るから不似合いに太く見えて、釣り合いを為さない。

 近所の人は此の子を綽名(あだな)して雲雀(ひばり)と呼んだ。雲雀とは良く言った。身体などは殆ど小鳥ほどしか無い。そうして物に驚き易くて、人を恐れて、朝は町中の誰よりも先に起きて、水汲みに出たり、使いに出たり、多く青空の下に居るのだ。但し此の雲雀は、囀(さえず)ると言う事が無い。



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