巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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噫無情(ああむじょう)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ビクトル・ユーゴ― 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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噫無情    仏国 ユゴー先生作  日本 涙香小史 訳

   四十四  再度の捕縛、再度の入獄

 前の昔話に在る手鳴田軍曹は、既に此篇に現れて居るが、手鳴田の手に掛かった少佐本田圓(まるし)と言うのは、何の様な人だろう。多分は之れも、後に至れば分かる事にもなるだろうから、読者は気長く待たなければ成らない。
 そこで話は戎瓦戎の事に帰る。
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 銀行に預けた大金を引き出して、巴里を指して逃げ去った戎瓦戎は、僅かに四日を経て又巴里で捕まった。彼は巴里からセント、ファメールへ行こうとして、馬車に乗る所で捕吏(とりて)に見付けられたのだ。多分は小雪の許へ行く積りで有ったのだろう。

 この様にして裁判所へ引き出されたが、裁判所では無論に、彼が大金を持って居ることが、分かって居るから、特に気を注(つ)けて捜索したけれど、彼の身には、唯だ僅かな小遣い銭が有るのみで、銀行から引き出した分は、何所へ何う隠したか分からなかった。そのまま彼は、判決を受けた。その罪は八年前に凶器を以て、追剥(おいはぎ)を働いたと言うのが主なる箇条で、尚、検事の言い立てに依ると、此の頃此の国の南方に出没して居る、最も危険な盗賊の団体に、加入して居るに違い無いとの事で有った。その上に、十九年も獄に居た前科者と言う事で、刑は極端な重い所へ持って行かれ、死刑には処せられた。

 被告戎瓦戎は一言の言い開きもせず、弁護もせず、死刑に処せられて上告もしなかった。けれど死刑は総て国王へ上申して後に執行するのだ。その上申の時、国王から特別のお沙汰が有って、一等を減じ、終身刑にすべきだとの命が下った。

 察するに、裁判所では罪の外に、何事をも斟酌(しんしゃく)しなかったけれど、国王が此の男が一地方の市長で有った事を覚えて居られたのだろう、又その地方に一方ならぬ繁昌を来たして、それが為、内務、大蔵の両大臣から、行政官の手本だと上奏した事などを覚えて居られただろう。

 是だけは国王の徳沢(とくたく)《めぐみ》である。減じた罰は唯一等とは言う者の、死刑と終身刑とは非常な違いだ。終身刑ならばその長く牢に居る間に、又何の様な事が有って、此の世に出られぬとも限らない。
 この様にして、彼は再びツーロンに送られ、その昔苦役した獄で再び苦役に服する事と為った。
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 しばらくの間、世の疑問と為ったのは、戎瓦戎の大金だ。何しろ五十万以上ある事は確かだから、不景気の世の中では、誰も垂涎(すいぜん)せずには居られない。何したのだろう。何所へ隠したのだろうと、誰も彼も訝(いぶか)ったけれど、分かろう筈が無い。けれど唯参考と為る事柄を記して見れば、

 彼はモントリウル市の獄を脱出(ぬけだ)し、蛇兵太の追跡を免れて、危うき間に銀行の金を引き出し、その夜の中に巴里を指して逃げたのだったが、逃げる道で彼の華子の娘小雪の養われて居るフアメールに立ち寄った事は事実らしい。尤も小雪の許へも誰の所へも立ち寄りはしなかったけれど、その筋の報告では、フアメール付近で、一夜か二夜も徘徊して居た形跡が有る。

 そうとすれば、その辺へ金を隠しただろうと。兎に角も隠したとすれば、彼は再びその金を取り出して、使用する機会の有ることを信じて居るに違い無い。身は終身刑で服役しているけれど、生涯を牢に終わる積りでは無いと見える。且又フアメールの貧しい労働者の一人が、妙な事を見た。その者は曾(かつ)て牢にも居た男で、出獄後職業が無いが為に、安い給金で道普請(道路工事)の番人に雇われ、山と村の間を徘徊して居るのだが、或る朝、山の叢(くさむら)の中に、鋤と鶴嘴(つるはし)とが光って居るのを見た、

 多分は誰かが何かの目的を以て隠してあるのだらうとは思ったが、深く気には留めずに居たところ、その夜の真夜中過ぎに、長さ一尺も有ると思われる箱を持った職人が、その山へ忍び入る様を見受けた。その時には、何とも思わなかったが、十分間ほど経て、フと気が附いた。若しや今朝の鋤と鶴嘴とは、此の職人が隠して置いたのでは無かろうか。そうだとすると、此の職人は此の山へ、何か隠すつもりに違い無い。

 ハテ何を隠すのだらう。今しも持って行った箱に極まって居る。箱は何だ。棺だらうか。イヤ棺としては小さ過ぎる。たとえ生まれ立ての小児を葬るとしても、モソっと大きな箱で無ければ成らない。そうすれば宝だ。金銀であるか紙幣であるか。何にしても金目の物に違い無いと、こう思って彼は直ぐに、その後を追掛けて山に入ったが、鋤も鶴嘴もその人も影が無い。

 一時間ほども山中を捜して、遂に目的を達せずに帰ったが、それから又一時間ほどすると、前の職人風の男が、山から出て来るのを見た。今度は鋤と鶴嘴とを肩にして居るけれど、最前の箱は持って居ない。確かに何所へか埋めたに違い無い。こう思って彼はその男の姿を透かし見たけれど、夜の暗さに良くは分からず、唯頑丈らしい身体附きに見えたから、若し鋤で殴り殺されては詰まらないと、少しの間躊躇したが、その間に職人風の男は、闇に隠れて居なくなった。

 彼番人は、翌日から誰にも言わずに独りで山の中を、間がな隙がな《少しでも暇が有れば》捜して見た。けれど物を埋めたらしい場所は遂に見当たらなかった。余(あんま)りその捜し方が熱心なので、何事をでも嚊(かい)で知る、此の土地の軍曹旅館の主人手鳴田などは、その番人を呼び寄せて問い試みるほどで有ったが、余り雲を捉(つか)む様な事柄なので、何時とは無く噂も消えた。

 けれど或いは此の事が何か戎瓦戎の大金に関係した事柄では無かろうか。深く疑えば、箱を埋めた職人風の男が、戎瓦戎自身では無かっただろうか。自然と解ける時が来る迄は、誰にも解けない問題である。




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