巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

aamujyou70

噫無情(ああむじょう)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ビクトル・ユーゴ― 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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噫無情    仏国 ユゴー先生作  日本 涙香小史 訳

   七十  本田 圓

 非常に静かな尼院(あまでら)の中で小雪は段々と成長した。何の様に成長しただろう。
 殆ど憂世の波風をも知らない状態で成長したけれど、「憂世」と言う不思議な世界は、小雪の為に様々の運命を蓄えて居た。その運命の善か悪かは、神より外に知る者は無い。
 満身の愛を小雪に注いで、そうして小雪から又満身の愛を注がれて居る様に見えて居る戎瓦戎(ぢゃんばるぢゃん)も、此の尼院が末では無かった。未だ憂き世の業《前世の行為によって現世で受けるむくい》が尽きずに居た。
 併しそれ等は、此の話の余ほど後の方に至らなければ分からない。
 *   *   *   *   *   *   *
   *   *   *   *   *   *   *
 巴里の都より、馬車ならば一日までは掛からずに行かれるベルノンと言う田舎に、花などを作って、非常に貧しく暮らす老軍人が有った。姓は本田、名は圓(まるし)、読者は何所かで此の姓名を聞いた事は無いだろうか。
 拿翁(ナポレオン)の伝記を読む人は、少佐本田圓の名を忘れる事は出来ない。彼がエルバ島へ流罪に成った時、ベルトラン将軍と共に彼に従って行った一人は、本田圓である。彼が島を破って帰った時、共に帰って彼の為に数多の危険を冒したのも本田圓である。

 本田圓の戦功は、殆んどは筆紙に尽くせない。之が為に本田は拿翁(ナポレオン)から勲章を受けて居る。中にも名高い戦功は、拿翁最期の一戦たる水塿(ワーテルロー)で、リウンブルヒの大隊旗を奪い取って、拿翁の傍に馳せ帰った。その時本田は身体に数ケ所の傷を負い、特に顔には、眉間に深い剣創を得て、全く血に塗れて居た。

 その姿を見て拿翁は狂喜して、
 「男爵、男爵」
と打ち叫んだ。即座に貴族に取り立てて、男爵に叙したのだ。殆ど前後に類の無い栄典である。  
 本田は答えた、
 「私の未亡人が仕合せです。」

 自分の身が仕合せとは言わない。自分の身は此のまま死ぬのだから、後に残る妻の為に謝するのだ。天晴勇士の覚悟とは言うべきである。
 此の役で、本田が助かったのは不思議である。誰をさし置いてもきっと死んだ事だと思って居た。けれど何う言う廻り合せの為か、助かって再び此の世の人とは為った。(此の話の第四十六回に記せる戦場泥坊の条を参看すべし。)

 その後、拿翁は最後の島流しに会い、路易(ルイ)王が再び位に即(つ)いた。国中にはまだ拿翁(ナポレオン)に望みを託し、国王や貴族を憎む者が有ったので、此の本田圓は酷くその筋から目を附けられた。若しや拿翁の血筋の者を盛り立てて、朝廷を覆えす様な陰謀に組しはしないかと。
 それが為に、非職軍人として半俸給を与えて置いた。半俸給では迚(とて)も都に住むことは出来ない。それで田舎へ引っ込んだのだ。

 引っ込む前に妻に死なれた。妻は一人の男の子を残した。此の男の児が是より此の話の達者(たてもの)とは成るのだ。けれどもう少し父の事柄を記して置こう。
 何しろ拿翁の無二の忠臣だから、たとえ陰謀は企てないにしても、その身は依然として、拿翁に授かった少佐の肩書を持って、その上に男爵と称して居る。

 のみならず、外へ出る時などは、勲章の略綬(りゃくじゅ)を胸に附けて居る。是は実に不都合だ。拿翁への功労の有ったのは、今の朝廷へ対しては不忠だから、朝廷でその勲章はもう佩用(はいよう)《身に着けて使う事》しては成らないと達した。本田はその人の顔を穴の開(あ)く程眺め、
 「私には此の国の言葉なら大抵わかる積りですが、貴方の言葉ばかりは何の意味だか少しも分かりません。」
と答えた。

 その後陸軍省から、多分その事に附いての説諭だろうけれど、二度まで手紙が来た。けれどその表封(うわふう)に男爵と言う肩書が附いて居ないので、是は拙者へ宛てた者とは認めないと言う見識で、封も切らずに突き返した。
 実に痩せても枯れても古武士の風骨を存して居ると言うべきだ。その後又、その筋の係官に逢った時、自分から進んで問うた。

 その言葉が面白い。
 「拙者は皇帝拿翁(ナポレオン)より受けた勲章を、身に附けては成らないとの事で有りますが、皇帝の為に忠勤を尽くした第一の記しは、勲章よりも此の眉間の創痕です。外出するとき勲章を着けて居てならないならば、此の眉間の傷をも着けて居ては成らないか。」
と言うので有った。

 兎も角も彼れの眉間の傷は、勲章よりも立派で有った。一目で、幾戦場を経た大勇士と言う事が分かった。誰でも軍人は此の傷の立派さを羨む程で有った。先ず本田圓とは此の様な人だ。今は年も取り、貧もして、小さい田舎家に草花を捻って、辛(ようや)くに世を送り、出入りする人と言えば、此の土地の寺院を預る真部(まなべ)と言う老人のみである。

 息子は都の人に遣(や)って親子の縁も絶えた様に成って居る。



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