aamujyou78
噫無情(ああむじょう) (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
ビクトル・ユーゴ― 作 黒岩涙香 翻訳 トシ 口語訳
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噫無情 仏国 ユゴー先生作 日本 涙香小史 訳
七十八 公園の邂逅(めぐりあい)
初めの中はその仕事も、有る時より無い時が多かったけれど、後には大部な編纂物の一部分を引き受け、何うやらこうやら月々決まって収入が有る事になった。こうなると先ず立脚地が出来た様な者だから、有為の青年はここで分かる。その足場を力に又一踏み踏ん張るのだ。彼は既に卒業して居る法律の知識を更に研き、弁護士の試験に及第した。此の時彼は慇懃な、しかも冷淡な文句で、桐野の老人にその旨を通知した。老人は又叫んだ。
「不埒(ふらち)な奴だ。食うに困らない貴族の子が弁護士に成るなどとは。」
と。併し守安は弁護士を開業せず、相変わらず筆の収入に頼って居た。
彼がこうなって後の日課の一つは、午後に公園を散歩することであった。貧乏は貧乏でも先ず昼間散歩の出来る丈の着物も、光る靴も出来た。
散歩する度に彼の目に留まったのは、公園の片隅の木蔭に、毎(い)つも腰掛けて休んで居る六十頃の老人と十四、五かと思われる少女との一組である。老人は真っ白な白髪頭で、少女は真っ黒な服を着けて居る。常に老人が少女の手を引いて来ては又引いて返る。彼れは自分の文学の趣味から、此の一組に綽名(あだな)を附し、白黒組と称し、少女を黒姫、老人を白翁と心の中で呼んだ。
噫無情(前篇)終わり
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