巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第十一回

 お蓮は佇(たたず)んでいる少年の姿をつくづく見ると、年は二十四、五くらいで、色は白いと云うほどでは無いが、眉秀で眼涼しく鼻筋が通り、口許(くちもと)の緊(しま)った、総て是貴族と云うのも恥ずかしく無い相貌で、悪い心の有る人とは思われないので、この容貌を見ただけで、お蓮の心はやや安堵し、更に能(よ)く見ると、何所と無く一種の品格を備え、衣服の様さえ質素で、何の飾りをも着けて居ないのは、華美(はで)に着飾っている、都の少年を見飽きているお蓮の目に、一層奥ゆかしい心地がして、是ならば我が愛児(むすめ)の婿夫(むこ)とするのも厭(いと)わないと迄に思った。

 しかしながら、お蓮は早くも一切の思いを掻き払って、少年の傍に進み寄り、
 「先日公園地で、愛児(むすめ)お仙をお助け下さったのは、貴方ですか。」
 少年は少し恥じらい、
 「イヤ、助けたと申す程の事では有りません。唯、もう見るに見兼ねて手を出しましただけで。」
 (蓮)御恩は当人に成り代わり、母である私から御礼を申し上げます。アの失礼ながら、貴方は伯爵とやら承りましたが、全く其の通りで有りますか。」
と思い切ったこの問いに、少年は驚いた様に、

 「伯爵で無い者が、濫(みだり)に伯爵と名乗る筈が有りません。
 私は此の田舎に住む、伯爵綾部安道と申す者です。少しも疑わしい者でハ。」
と皆まで言わず、
 「イエ、何、疑う訳では有りませんが、只今も愛女(むすめ)と何かお話に成って居ましたから、母の身として、伺うだけの事は伺わねばなりません。御身分さえ伺わずに、愛女(むすめ)を、お近付きに致したと有っては、親の分が済みません。」

 (綾部)それはもう御尤(もっと)も。私も然る可き人の紹介(ひきあわせ)を得て、其の上でお近付を願い度いとは存じましたが、ツイ意の愛に引かされて、お庭先まで入り込んだノハ、幾重にもお侘び申します。
 此の口振りを察するに、全く怪しい者では無い。又浮薄な都の少年とは違い、心栄(こころばえ)さえ、頼もしく思われるので、お蓮は言葉を和らげ、

 「イエ、もう爾(その)お心が分かった上は、誰の紹介(ひきあわせ)にも及びません。愛児(むすめ)の為に恩人ですから、何時お出でに成っても安心致します。私は山田蔦江(つたえ)と申し、巴里の仕立て屋に使われる者で、お仙の母で有りますから。」

 お蓮は仕立て屋に使われる者では無い。それを何故に我が身分を隠すのか。それは外なら無い、前(さき)に記した様に、我が身の賎しい業(なりわい)を恥、一日も早く身を清めようとして居るので、愛児(むすめ)お仙にすら、身の「デミモンド」(芸妓)である事を推(お)し包み、婦人服裁縫店の女番頭とだけ、言い聞かせてあるからである。

 綾部もこのうち解けた言葉を喜び、
 「イヤ、お言葉に甘えて、屡々(しばしば)伺いましょう。」
と云う折りしも、通りの方から、誰か大股に歩んで来る足音がした。二人は均しく振り向いて見ると、是こそ大尉有浦である。有浦はお蓮の顔よりも先に綾部の顔に目を付け、

 「是は珍しい。君が何(ど)うして茲(ここ)に居る。」
と云いながら手を伸ばすと、綾部は其の手を握り、
 「イヤ、是は、君が田舎の鎮台から帰った事は、四、五日前の新聞で見たけれど、茲(ここ)で逢おうとは、夢にも思わなかった。」
と親しく語らう様は、無二の親友か、そうでなければ叔(おじ)甥かと思われる程なので、お蓮は傍らから、有浦に向かい、

 「貴方、此の方をご存知ですか。」
 (有)ご存知ドコロか、これは綾部伯爵と云って、この方の兄御は私と一所に士官学校へ通い、阿弗利加(アフリカ)の戦争へも一所に出たが、運が悪くて討ち死にした。今日は、其方(そなた)が、愛女(むすめ)に引き合わせて遣ると云ったから、何んでも此等(こっち)当たりだろうと思って、左視右顧(うろうろ)して来る中に、二人の顔が見えたから、飛んで来たのだ。だが何故この様な所に立って居る。家の内へ入ってはどうだ。

 此の問にお蓮は返事に困り、
 「イエ、話に身が入って、ツイ立って居ました。サ、内へ行きましょう。」
と云うと、有浦は綾部に向かい、
 「サ、君も来たまえ。君は七年前に見た時とは、見違える程大きくなったが、亡くなった兄御に其の儘(まま)だから、直ぐ分かった。」
と云いながら、三人裏門を潜(くぐ)って家に入り、是よりお蓮は、有浦を、お仙お鶴に引き合わせ、五人打ち集って雑話に時を移したが、有浦は、独りお蓮にのみ、話そうと思う事がある為、その折を計って居る中、幸いにもお仙と綾部は音楽の話を初め、終には二人、交(か)わる交わる洋琴(オルガン)を調べ始めたので、時分は好しと、二人を其の儘(まま)残して置き、有浦とお蓮は、次の間に退いて、二人打ち合い、

 (有)実はネ、万事旨く行ったようだから、英国の友人に手紙を出し、更に花房家の事を問い合わせた所、今朝程返事の手紙が来た。思ったよりも上首尾だ。花房家の身代は、妹李(まりい)夫人の心一つで、何うでも成ると云うから、其の遺言書さえ有れば、誰も苦情を云う者は無い。尤(もっと)も唯一人、入山鐘堂(しょうどう)(原名ウエリアム・シャドー)と云う妹李(まりい)夫人の従兄弟が有って、若し苦情を云うなら、この入山が言うのだ。

 併し、之れも心配する事は無いと云う。訳はこの入山と云う男は、花房家の身代を横領する積りで、妹李(まりい)嬢を我が妻にしようとし、様々に手を尽くし、妹李(まりい)夫人も入山を愛したけれど、元来身の行い悪い奴で、トウトウ英国に住む事が出来なく成った。其の後、入山は南洋の豪州へ渡ったと云うけれど、それ切りで音も沙汰も無いから、事に由れば死んだのかも知れ無いと云う鑑定だ。シテ見れば夫人の遺金(かたみ)は、法律にも道徳にも外れはしない。立派にお仙の身代に成っのだ。

 この話を聞き、お蓮は考えて見るに、彼の妹李(まりい)夫人を殺した曲者は、若しやこの入山鐘堂では無いのか。鐘堂の事は、前に、心栄えの善くない悪人であると、丈次郎から聞いた事がある。だから彼、南洋に行き、死んだと云うが、死んだのでは無く、仏国へ帰って来たのではないか。それに其の昔、夫人の愛を得たと有るからは、何とか工夫を廻らし、夫人を彼の林屋お民の家へ、引き寄せた者に違いない。

 それにしては、彼、速やかに夫人の死んだ事を其の筋に言い立て、公然(おもてむき)に、花房家は我が物であると名乗る可(べ)き筈なのに、彼、却(かえ)って彼の死骸が花房夫人である事を、秘(かく)す様子があるのは何故だろう。まだこの事ばかりは合点が行かないので、

 (蓮)シテ、夫人の死骸はどうしました。
 有浦は急に思い出した様に、
 「アア、話す事を忘れて居たが、私が言い立てる前に、誰だか花房家の親類へ宛て、無名の手紙を出し、妹李(まりい)夫人が死んで曝されて居ると、知らせた相だ。それで英国から親類が来て、引き取ったと云う事で、既に昨日諸新聞にも出た通りだ。私が思うには、若し彼の入山と云う奴が、未だ生きて居て、無名の手紙を出したのでは無いだろうか。爾(そう)すれば、お前の所へ寄越した無名の手紙も、矢張り入山の仕業で有り相だが、併し是だけは少し辻褄が合わ無い様だ。何でもこの所に深い仔細が有るのに違い無い。

 先ア、其の仔細はどうでも好い。仮令(たと)え入山が生きて居た所が、此方(こっち)には確かな遺言書が有るから、幾等悪人でも、之を奪う事は出来ないだろう。
 (蓮)奪う事が出来ないから、お仙を殺すかも知れません。お仙さえ無ければ、無論従兄弟の入山に落ちる身代ですから。
と言って、之から更に夜な夜な曲者がこの辺りを徘徊する事から、過日公園地で何者かが、お仙を捕えようとした事を話すと、有浦も成る程と納得したが、

 「ナニもう私と綾部伯が附いているから、その様な心配には及ば無い。」
と請合った。

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