巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第十三回

 有浦は公園を廻わって、向う側に出たが、此の身姿(みなり)では、曲者に疑われるだろうと思ったので、馬丁(べっとう)の着物を借り、馬丁には我が軍服を着させて、半町(50m)許(ばか)り手前の方に待たせて置いて、忍び寄って、物陰で伺って居た。曲者はそうとも知らず、案の上鶴女の家に伺い寄り、其の塀の高さを計って、今や縄梯子を打ち掛けようとするので、時は今だと後ろから其の傍に進み寄り、

 「コレ、仲間。」
と云いながらに、静かに其の肩に手を掛くと、曲者は驚いて震い上がった。
 有浦は笑いを含み、
 「仲間、驚く事は無い。旨(うま)い仕事が有るなら、俺にも一口乗せて呉(く)れネエ。」
 曲者は、盗みを目的とする者では無いので驚き、邪魔者に出逢ったと思ったか、何食わぬ顔で、

 「オオ、本吾(あにい)の持ち場か、爾(そう)とも知らず踏み込んだのは悪かった。堪忍しねエ」
と言捨て、早や立ち去ろうとするので、今逃がしては一大事と、早くも胸に工夫を定めて、
 「コレ仲間、持ち場争いを仕度(したく)ア無(ね)エ。目附(めっかっ)たが因果(いんが)と思い、一緒に稼がせて呉れねエな。否と云うなら、何所までも踪(つい)て行き、お前の身許(みもと)を突き留めて、最寄の屯所(たむろ)へ告げるから、其の覚悟で返事を聞こう。」

 この執念深い言葉に、曲者は早くも身の危うきを悟ったか、自分の衣嚢(かくし)を掻探(かいさぐ)り、何物をか取り出そうとする。
 有浦は隙(す)かさず其の手を捕え、
 「短銃(ピストル)を取り出すにやア及ばねエ。一緒に稼ぐか稼がないか、其の返事が聞度(ききて)エのだ。」

 曲者は茲(ここ)に至って、逃れられない所と思った様に、調子を替えて、カラカラと打ち笑い、
 「大兄(あにい)悪かった。実はお前(めえ)の気を引いたが、其の度胸なら話せるワエ、先ず知音(ちかづき)に一杯酌(くも)う。」
 有浦は早くも心附き、彼酒に酔わせて我を迷(ま)く計略(はかりごと)だろうと、心の中に頷首(うなづ)きつつ、

 「爾(そう)打ち解けて呉れさいすれば、何もあれこれ云う事は無(ね)エ。サ、行こう。」
と言って其の手を取ると、曲者も我が計略の成ったのを喜ぶ様に、直ぐに歩み出した。有浦は歩みながらも四つ角を廻る度に、私(ひそ)かに後ろを眺めると、馬車は我が云い付けた様に、半町ばかり後ろから、徐々(そろそろ)進み来る様子なので、安心して行く中に、曲者は但有(とあ)る居酒屋の前に立ち止まり、

 「ここが好かろう。」
 (有)好(い)いとも。
と言って二人一緒に進み入り、灯影(ほかげ)薄暗い、店の隅に腰打ち掛けると、曲者は有浦に向かい、
 「酒は何が好い。」
と問う。
 有浦は酒より外に楽しみの無い、田舎の鎮台に長く在って、強い酒に慣れていたので、先ず充分に曲者を酔わそうと思い、
 「爾(そう)さ何でも強いのが好かろう。」

 同じ思いの曲者も、
 「それが好かろう。」
と言って給仕に、強いブランデーを命じ、有浦の硝杯(コップ)に満々と注いだので、有浦は一息に飲み乾して曲者に渡すと、曲者も同じく一息に飲み乾した。彼呑みて彼に注ぎ、彼呑みて彼に注ぐ事、凡そ三回に至ったが、曲者は有浦が顔色の変らないのを見て、敵し難しと思ったか、

 「今夜は何だか酒が不味い、大兄(あにい)勝手に遣(や)りねエな。」
 (有)ナニ一人で呑んでは詰まらねエ。爾(そう)云わずに最(もう)一杯。
 (曲者)イヤ、この上遣っちゃ稼ぎが出来ねエ。
 此の言葉で察するに、曲者は既に酒の決闘を思い切り、又も有浦を何所へか連れ出して、迷(ま)こうと思うに相違無い。

 (有)ジャア稼ぎに出ようが、目当ては有るか。
 (曲)一軒、利門町に、見て置いた家が有るから、少し遠いが行って見よう。
 是で居酒屋を立ち出でて、或いは右に折れ、或いは左に曲がり、凡そ三十町(約3km)ほど行き、漸(ようや)く利門町と云う所に着くと、町の角に黒い塀を廻らした、紳士の宅と覚(おぼ)しい家があった。

 曲者は之を指差し、
 「サ、此の家だ。是は近頃移って来た貴族の住居で、主は毎夜十二時から、倶楽部へ歌牌(かるた)遊びに出て行くから、四時までは帰らない。一月前から睨(にら)んで置いたが、一人では危険だが、今夜は幸い大兄(あにい)が手伝って呉れるから、造作ア無(ね)エ。」
と嬉しそうに打ち語る此の言葉に、有浦は意外な思いをして、

 さては此の曲者、我が思った事には相違して、真実の盗賊だったか。左すれば、この儘(まま)捨てて置くことは出来ない。他日に至り、この盗賊が捕らわれる事でも有れば、我が身も連類の疑いは、逃れる事は出来ないだろうと、心私(ひそか)に危ぶんだが、更に疑わしい所も有るので、先ず其の為すが儘(まま)に任せて試(み)ようと、

 (有)それでは二人一緒に入ろう。
 (曲者)イヤ、一緒では仕方が無エ。大兄(あにい)が這入(へい)って俺が外で見張りをするか、それとも俺が這入(へい)って大兄(あにい)が見張るか、一人は外に見張らなくちゃ。

 其の言葉から見ると、果たせるかな、彼は物を盗もうとするには非(あら)ず、唯有浦を迷(ま)こうとしているのだ。しかしながら二つに一つを取る外に、仕方が無い場合なので、兎に角、彼を中へ入れ、其の後で工夫を定めようと、

 「では仲間、這入(へい)んねエ。俺が見張ろう。」
 この様に手筈が定まると同時に、曲者は件(くだん)の縄梯子を取り出し、塀の上に瓢子(ひらり)と投げれば、其の環は狙いを過(あやま)らず、忍び返しの剣に掛った。曲者は之を伝い、身軽く中に入ったので、有浦は、彼が若し、外(ほか)から逃げ出だしはしないかと、外(そと)から塀の四方を隈なく見ると、堅く鎮(とざ)した表門の外には、逃げ出だす可き所は無い。

 斯(こ)うなれば、袋の中に追入れたも同然だと、暫(しばら)く外で待って居ると、今まで暗かった二階の窓から洋灯(らんぷ)の光がチラチラと照(さ)したので、さては曲者、大胆にも燭(あか)りを照(つ)けて、悠々と獲物を捜しているのか。この儘(まま)に捨てて置くのは罪深いと、半町ばかり後ろに居る彼の馬車を呼んで来て、又も士官の服を着け、馬丁(べっとう)には塀の周囲を見張らせて置き、我が身は表門の方に廻って、

 「頼む、頼む」
と打ち叩くと、中から十五、六の小僧、燭(あか)りを手にして出て来て、
 「何御用でしょう。」
 「この内へ賊、賊、賊が這入って居る。」
 (小僧)誰も這入りは致しません。
 (有)イヤ、確かに這入った。僕が捕えて遣るサ、裏庭の方へ案内を。外へは逃げない様に馬丁が見張っているから早く、早く。
 
 小僧は呆気に取られ、
 「何事か知りませんが、一応主人に聞いた上で無ければ、裏庭へ案内は出来ません。」
 (有)では主人が内に居るのか。
 (小僧)是から倶楽部へ行くと言って、今着物を着替えて居る所です。
 (有)それでは至急に面会したいと云って呉れ。俺は騎兵大尉有浦と云う者だ。

 (小僧)それでは先ず応接所で、お控えを願います。
と言って有浦を中に入れ、門の戸を堅く鎮(と)じて、応接所まで通した。

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