巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第十四回

 有浦は応接の室(ま)に通り、急燥(いらだち)ながら待つうちに、徐々(しずしず)と入り来たのは、此の家の主である。見れば年の頃三十六、七くらいで、肉肥えて顔丸く、目許口許に笑みを含み、総体の様子、優しそうな事小児の様である。絵に書いた福の神の笑顔も、之には及ば無いと思った。

 (主)私は此の家の主人蘭樽(らんたる)伯で有りますが、唯今聞けば、此の家へ賊が入ったのを、お知らせ下さったとやら。お注意(こころづけ)の程痛み入ります。
と述べる言葉さえ、静かにして和(やわら)かなので、急燥(いらだ)っていた有浦も、少しは落ち着き、
 「イヤ、唯今裏庭の塀を越えて、怪しい者が忍び入る所を見ましたから、突然では有りますが、お知らせしましたが、外へ逃げる筈は無いから、未だ此の内に隠れて居ると思われます。」

 (蘭)それでは早速探しましょう。
と言って早起(たと)うとするので、
 (有)イヤお探しなさるなら、共々にお手伝いを致しましょう。
と是より灯光(ともしび)を取って、裏庭に立ち出でて、残る隈なく探したけれど、曲者は何所に行ったのか、影さえ無い。先程曲者が乗り越えた塀の辺(あたり)を検(あらた)めると、二の足跡が有るだけで、後は何所へ向ったのか、全く分から無い。余りに不思議なので、有浦は蘭樽伯に向かって、

 「この庭は外に出口は有りませんか。」
 (蘭)有りません。
 (有)ハテ変だ。それでは若しや、お座敷へ上がりは仕ませんか。
 (蘭)座敷は残らず戸を閉めて有りますから、上がることは出来ませんが、併し先ず念の為に検(あらた)めましょう。
是から又も座敷に上がり、二階、三階を初め、書斎から寝室の押入れまでも開いて見たが、怪しい所は少しも無い。今は有浦も極まり悪く、

 「何(ど)うも夜中にお騒がせ申して、申し訳有りません。実は外で見ますと賊が入って間も無く、二階の窓から灯影(あかり)が差しましたので、的切(てっき)り曲者が品物を探すのだと思いまして。」
 (蘭)二階の窓とは横手の窓ですか。
 (有)左様です。
 (蘭)アア彼(あ)れは、唯今ご覧なさった私の衣装室で、実は是から倶楽部へ参る積りで、小僧に灯影(あかり)を持たせて、取りに遣りましたので。

 此の返事に、有浦は地にも入りたい思いを為し、さては曲者、我が馬車を呼びに行った四、五分の内に、再び塀を乗り越えたか。そうすると彼が物盗みでは無い事は、益々明らかで、初め鶴女の家を伺ったのも、深い所存が有った者に違いない。彼は真の入山鐘堂(しょうどう)とやら言う者か、そうで無ければ、鐘堂の手先に違い無い。好し好し、今宵は取り逃がしたけれど、十分其の顔を見て置いたので、此の次はきっと捕えてやると、殆ど拳(こぶし)を握る迄に悔しがったが、ここは是れ、訳をも知らない他人の家である。此の上長居をして、迷惑を掛ける所では無いと、早くも思い直して、言葉を低くし、

 「伯爵、今夜の罪は謝罪する言葉も有りません。」
と云うのを蘭樽は推し制(とど)め、
 「イヤ、もう貴方は軍人の様子ですが、私は決して軍人の言葉を疑いません。既に庭の隅に足跡まで在ったからは、賊が入った事は充分に分かって居ます。何でも、貴方が此の門を叩く声に、賊は驚いて逃げたのでしょう。左すれば、矢張り貴方の力で、賊を追い払ったのも同じ事。お礼は私の方から申します。」
と非常に丁寧なこの言葉に、有浦は益々恥じ、

 「何(いず)れ改めて、此のお詫びは致します。」
と言って一葉の名札を遺(のこ)し、忽々(そこそこ)にして立ち去りた。アアこの蘭樽伯こそ、実に礼儀を知り、作法を知った紳士中の紳士共云ふ可(べ)きか。大抵の人ならば、夜中に騒がされたことを、不快に思い、有浦に恥を与える筈なのに、そうはせずに、充分に有浦の心を察し、礼を述べて其の場を取り做(な)したのは、交際を為す人は、この様でなくてはならない。それで有浦も非常に伯爵の人柄に感じ、必ず改めて、我が粗忽(そこつ)を、謝らなくてはと思った。こうして有浦は蘭樽家を立ち出たが、余りの失策に自ら腹立たしく、それに夜は早や二時を過ぎていたので、宿に帰る心も無く、寧ろ倶楽部に行って一夜を明かそうと、其の儘(まま)馬車を急がせた。

 倶楽部とは、紳士の遊び場所で、夜芝居の帰りに、立ち寄る人が多いので、朝まで人の絶えることは無い。有浦は、七年ぶりに倶楽部の敷居を跨いだので、見知らぬ会員も多いけれど、片隅に立って、人待ち顔に佇(たたず)んでいる一人は、七年の前の遊び仲間、山田某と云う人(第一回に出ていた夜芝居で、怪しい婦人の事をお蓮等に語っていた紳士)だったので、其の傍へ歩み行くと、山田は驚き、

 「イヨー、有浦か、この頃帰ったとは聞いたが、能(よ)く来た。今夜は久し振りで戦おう。」
 (有)相変わらず好きと見えるナ。僕はもう七年も田舎に居て、歌牌(カルタ)などは忘れて仕舞った。
 (山)イヤ忘れても丁度好い。この頃は、ピケットだのホイストなどと云う、昔の歌牌(カルタ)は止めてしまい、ミカドと云う、日本流の歌牌(カルタ)が流行(はやっ)て来て、連中は皆素人ばかりよ。面白いぜ。

 (有)全体ミカドとは日本芝居の外題じゃ無いか。
 (山)爾(そう)サ、日本では、何でも面白い事や人の好く事は、皆ミカドと云うと見えて、芝居もミカド、歌牌(カルタ)もミカド、天子も同じくミカドと云う相だ。
 (有)夫(それ)は面白い。今夜は一つ教えて貰おう。
 (山)イヤ、僕も未だ教える程は知らないが、先日東洋から帰って来た、猿島男爵が能(よ)く知って居る。男爵はもう先程から歌牌(カルタ)室へ陣を張って連中を待って居る。

 (有)それでは未だ来る奴があるのか。
 (山)有るのサ、この頃米国から帰った貴族が有って、それが非常なミカド好きだ。我々の連中で其の貴族を大伯爵と綽名(あだな)して有る。其の大伯爵と猿島男爵とは、何れも兵糧が豊かだから、両方の大関だ。毎(いつ)もなら、最(も)う来る時分だが、今夜は何故か遅い様だ。
と云いながら入り口に振り向いて、

 (山)イヤ、来た来た、大伯爵がやっと来た。
と云うので、有浦も振り向いて見ると、これは如何(どう)したことだろう、大伯爵とは外ならず、今方別れて来た蘭樽伯である。有浦は若し蘭樽伯が先刻の事を話しでもしたら、我が身は、倶楽部中の物笑いと為るだろうと思うので、心苦しい限りであるので、身を外して次の室に避けようとしたけれど、伯爵は既に笑いながら近寄って来た。此の時山田は様子を知らないので、有浦と蘭樽の手を取って、

 「コレは有浦、コレは蘭樽伯。」
とて二人を紹介すると、伯も有浦の心を察したと見え、先刻の事は推(お)し隠して、全く初対面の風を装い、非常に丁寧に挨拶をした。有浦は之に由り、益々伯の心栄えの、ゆかしさに感じた。やがて打ち揃って歌牌(カルタ)室に入って行くと、此所に一組彼処(あそこ)に二組、種々の歌牌(カルタ)を弄ぶ中に、一方の卓子(てーぶる)では、ミカドと称せられる、花合わせの札を飾り、猿島男爵とやら云う紳士、今や遅しと待つところだったので、一同其の周囲に座を占めながら、直ちに戯れを始めた。

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