巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第十七回

 有浦と綾部が乗った馬車は、頓(やが)て利門町と伊太利(イタリア)村との岐(わか)れ路に来たので、有浦は馬車を降りて、利門町にある蘭樽伯の家に向かい、綾部は伊太利村の鶴女の家に向かった。今は先ず綾部の事から記すが、綾部の心の中は唯、お仙嬢を思うの一念なので、公園地に着いてからも、先の日我れが初めて嬢を助けた道を選び、此の道を行ったら、若しかして嬢に逢うことが有るかも知れない。

 たとえ逢わなくても、嬢が踏んだ土を踏んで、嬢が眺めた景色を眺めながら歩るいて行くのも、又是心を慰さめる一つになると、果敢(はか)ない事を思いながら、宛(あたかも)夢路を辿る人の様に、茫然として歩いて行く中、道の傍らに小さい池があった。

 池の辺(ほと)りに、年若い女が佇(たたず)んでいるのを見たので、若しや嬢ではないかと、我知らず見惚(みと)れる中、佇(たたず)んでいた女も此方を向いた。つくづくと見る迄も無く、其の澄んだ眼と云い、其の愛らしい口許は、紛(まが)う筈も無いお仙嬢であった。綾部は磁石に引かれる鉄の様に、他愛も無く其の傍に進み寄った。
 (綾)嬢さんお一人ですか。
 (仙)イエ鶴女も来て居ますの。毎時(いつも)の木の陰で、編み物を仕て居ますよ。
 (綾)阿母(おっか)さんも御一緒ですか。
 (仙)イエ、阿母さんは急に迎えが来て、今朝ほど急いで帰りました。
 (綾)相ですか。でも今日は日曜だから、一日逗留すると仰ったでは有りませんか。

 (仙)ハイ逗留すると云ったから楽しみにして居ましたら、主人の所から使いが参りまして。
 (綾)ヘ、主人とは。
 (仙)阿母さんの奉公して居る、仕立屋からですがネ。何だか私は気に掛りますよ。其の使いと云うのが当たり前の人では無いのです。私は一寸(ちょい)と其の顔を見ましたがネ、恐ろしい悪人の顔の様な目付きでした。

 (綾)ナニ、それは御心配に及びません。目付きが悪人の様でも、心の綺麗な人は沢山ありますから。
と口では何気なく言ったが、先ほど馬車の中で有浦から聞いた事も有り、万一(もし)やと心に掛ったので、
 「でも阿母さんが、其の人をご存知でしょう。」

 (仙)イエ知ら無いと申しました。手紙を読んで暫(しばら)く考えて居ましたが、真逆(まさか)此の手紙に間違いも無いだろうと、心配相な顔をして、出て行きましたから、猶更(なおさら)私は気に成ります。でもネ、阿母さんも、人の家に奉公などするのは、シミジミ厭(いや)だから、遠く無いうちに暇を取って、田舎へ引込むと言って居ました。
 (綾)ナニ心配する事は無いでしょう。しかし奉公先とは何所ですか。
 (仙)夫(そ)れを私には言いませんの。私ハネ、小さい時から鶴の所に居るのですから、阿母さんの居る所へ、一度も行ったことが有りません。

 この様に熱心に話して居る所に、後ろから誰だか池の中に小石を一個投げ込む者があった。二人は驚き振り向くと、年の頃十二、三になる一人の小僧が、手紙の様な物を持って進ん来て、お仙に向かって、山田のお嬢さんとは貴女ですか。

 お仙は何事なのか知らないので、直ぐには返事も出ず、空しく小僧の顔を眺める中、綾部は立ち上がって、
 「爾(そう)だ。此の方が山田のお嬢さんだが。何用だ。」
と叱る様に責め問うと、小僧は手紙を差し出し、
 「私は丸屋町の花房屋から使いに来ました。」
 (綾)花房屋とは何だ。
 (小僧)仕立て屋です。

 此の仕立て屋ですとの短い言葉に、お仙は早くも、我が母からの使いに違い無いと思ったので、
 (仙)其の仕立て屋から、何を言い付かって来たのだエ。
 (小僧)此の手紙を貴方に渡して来いと云いました。
 お仙ハ受け取って見ると、其の上封の文字は、母の書いた者では無いので、胸先ず驚き、

 「是は誰が認(したた)めたのだエ。」
と聞こうとして振り向いて見ると、小僧は早や四、五間(約七~八メートル)ほど離れた所に在って、ペロリと舌を出して逃げ去った。お仙は綾部に向かい、
 「何だか私は、此の手紙を開くのが厭ですよ。阿母さんが何(ど)うかしたのだろうと思はれます。」

 (綾)イヤ、先ず読まなければ分かりません。封をお切りなさい。
 お仙は心重そうに封を切り、一通り読み終わって、忽ち顔の色を変え、
 「私が思った通りです。大変です。」
と言って出す手紙を綾部は、
 「拝見致しても好いのですか。」
と言って受け取ると、

 「ハイ、貴方に知らせて悪い事は、一つも有りません。」
と答えた。此の言葉こそ、綾部にとっては命より貴いものだ。綾部は躍る胸を推し鎮めて読み下すと、上封には山田お仙様、女服裁縫店花房屋の雇い人「かる女」よりと有る。中の文に云うには、

 「至急申し上げます。御身の母蔦江様には、唯今過って工場の二階から落ち、ひどく怪我をなされ、筆を執る事が出来ないので、私が代筆致します。医者の診断(みたて)では、少しも身体を動かしては成ら無いとの事で、母御も大いにお困りの様子に御座います。それで至急、貴女に御話致し度(た)い事があるとの事ですので、何卒此の手紙をご覧次第、早速丸屋町二十六番館、花房屋まで御出で来下さるよう、お願い申し上げます。

 又花房屋で「軽女」とお尋ねなされば、私が御目に掛って、母御の御寝間まで御案内致します。私は「軽女」と云って、母御の下に使われる雇い人で御座います。何卒心置き無く願います。尤(もっとも)も此の事は、鶴女に聞かせては、無益の心配を掛けますので、何卒同人には、内々で、御身唯一人御出でなさるようにとの、母御の御言葉でございます。以上、月日。」

 綾部は読み終わって、
 「成る程之は大変だ。直ぐに行らっしゃるでしょうネ。」
 (仙)ハイ、是から直に参ります。爾(そう)しないと鶴に悟られますから。
 (綾)ダッてお一人では。
 (仙)ハイ、何うか貴方がお差し支えが無ければ、御同道願えないでしょうか。綾部は小躍りして、
 「イヤ、最(も)う私が参れば、決して御心配には及びません。サ参りましょう。公園を出れば馬車が有りますから。」
と二人は手を引いて立ち上がった。

 読者は原(もと)より此の手紙が贋(にせ)であることは知っているでしょう。何人の仕業であるか、又何の為に寄越(よこし)たものなのだろうか。

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