巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第十九回

 お蓮は今まで十余年間、我が身の賎しい素性を、愛女(むすめ)お仙にさえ、推(お)し隠し、堅気の身とのみ思わせて置いたのに、今計(は)らずも、非常に恥ずかしい我が住居(すまい)を知られ、非常に汚らわしい、我がデミモンドの姿を見られてしまった。

 我が愛女(むすめ)お仙は、未だ世間を知らないので、我が身の上を悟ることは出来ないだろうが、綾部安道は、如何(どう)して気付か無いことが有るだろうか。こうなっては、隠すにも隠されず、隠そうとすれば、却(かえ)って心の奥までも見透かされ、見下げ果てた女であると云われることは確実なので、潔く打ち明けて白状する外は無い。

 打ち明けようか恥を。如何(どう)しようか、隠そうか。露見したら如何しよう。あれこれ迷い考えた末、終に打ち明ける事に決心し、気を落ち着けて、綾部に向かい、
 「貴方に少々お話が有りますから、一寸お顔を、仙やお前暫(しばら)く茲(ここ)に待っておいで。」
と言って、綾部を一室に連れて行った。

 しかしながら、我が口から我が身の恥を打ち明けるのは、極めて難しい事なので、言おうとしても口ごもり、言葉が自ら遠回しとなるのは、又仕方が無い事と言うものだろう。
 (蓮)貴方は私の身の上をご覧なすって、定めて御不審を持ったでしょう。
 (綾)イヤ、何の不審も有りません。唯怪我を成さったと云う此の手紙が、間違いで有って何より結構と存じます。

 (蓮)では貴方は、未だ有浦さんから、私の身の上をお聞きになりませんか。
 (綾)いや今朝聞きましたら、直々当人に聞けと云いました。自分では何も言いません。
 (蓮)それでは今日は、私から直々お聞きなさる積りで、茲(ここ)へ入(いら)っしたのですか。
 (綾)と云う訳でも有りませんが、兎に角お目に掛り度いと思い、伊太利村まで行く道で、嬢様に逢いましたから、二言、三言お話を致しますうちに、使いの者が、唯今の手紙を持って参りましたので。

 (蓮)アの手紙は、誰が書いたか、又何の為だか、貴方はお分かりになりましたか。
 (綾)イヤ確かには分かりませんが、先ほど有浦が、貴方等(がた)には、何か大変な敵が有る様に申しましたから、若しや又其の敵の仕業では無いかと思い、万一嬢様の身に、間違いでも有っては成ら無いと存じ、此の通りお伴致しました訳で。

 (蓮)ハイ実に其の通りです。私共には、言うに言われない敵が有りまして、其の敵が、種々に私共を悩ませます。唯今の手紙の訳も、他人には合点も行かないでしょうが、私には能(よ)く分かっております。
 (綾)とは又何う言う訳けで。

 (蓮)ハイ、敵は我が娘お仙を、我が物とする企みで有ります。お仙の身には、大切な品物(花房家より譲られた財産)が就いていますので、お仙を我が物にすれば、其の品物も自分の物になるのです。ですから敵は、お仙の傍に、永く私や貴方が附いて居るのを、邪魔に思い、邪魔者を取り払って、お仙を一人者にし、其の上で手に入れる積りで、偽手紙を作ったのです。

 此の手紙は、お仙を不意に私の許(もと)へ呼び寄せ、此の汚らわしい、デミモンドの住居を見せれば、仙が、私に愛想を尽かすだろうと思って、仕た事に極まっています。それに其の手紙を渡すのに、丁度貴方が、お仙と一緒に居る所へ持って行ったのは、是も計(はか)り事です。斯(こ)うすれば、貴方が必ずお仙と一緒に行くから、私の汚らわしい稼業を見て、さてはお蓮は、デミモンドであったのか。其の娘を、貴族の妻に迎える事は、到底出来無いと、斯様(このよう)に愛想を尽かすだろうと思って、仕た事に違い有りません。

 又是ばかりでは無く、私にも同じ企みを掛けました。今朝私が伊太利村に居る時、有浦さんから、至急帰れとの手紙が来ましたので、驚いて帰って見ましたら、その手紙もやっぱり偽で有りました。其の手紙と今の手紙を見比べると、同じ人の書いた者です。して見れば、敵が私と貴方とお仙との仲を裂いて、別々にする積りで、茲(ここ)へ呼び寄せた者としか、思われないでしょう。

 敵が何(ど)うして、此様な詳しいことを、知っているのかは分かりませんが、何しろ充分に私共の身の上を知り、又貴方が、既にお仙と、許婚の様に成って居る事も知って居て、其の上で充分に考えて仕た事です。

と意外な此の言葉に、綾部も非常に思い当たる事がある様子で、
 「イヤ、何(ど)の様な奴かは知りませんが、先日嬢様を攫(さら)い去ろうとした奴も、必ず其の手先で有りましょう。」
 (蓮)敵の考えでは、私が何時までも、貴方等(がた)に素性を隠して居るだろうと思うから、この様な事をするのですが、私は貴方を欺(あざむ)く気は、露程も有りませんから、是から打ち明けて、親子の身の上を申します。

と話して、一際其の声に力を込め、
 「娘お仙は、私生の子で有ります。私が、表立って婚姻をしない中に生まれたのです。其の父は、お仙が幼い中に死亡しました。父が死亡(なくなっ)てから、私は非常な貧苦に迫られ、正直な稼ぎをしては、其の貧苦を、漕ぎ抜ける事が出来無いので、身を落として、此の浅ましい花房屋お蓮と為りました。」

と打ち明けるお蓮の心の苦しさは、云うまでも無いけれど、聞いて居る綾部も、気の毒な想いに顔さえ挙げる事が出来なかった。
 お蓮は更に言葉を続け、
 「貴方のお友達の中で、巴里の事情を能(よ)く御存知の方に、お尋ねなされば、花房屋お蓮の身の上は分かります。お蓮は、十年の間デミモンドの達者(たてもの)と為り、其の家は中に及ばず馬車、衣類まで、総て世の放蕩者に、拵(あつら)えて貰ったので有ります。

 お蓮の為に、身代限りをした人も幾人あるか知れません。この様な汚らわしい身ですから、(せ)めて娘には、此の穢(けが)れを知らさず、堅い家へ縁附かせ、我が身は、人の知ら無い片田舎に隠れて、秘(ひそや)かに世を送る心組みで、色々苦心もしましたが、今は敵の手紙一つで、十年の苦心も無駄になり、娘に迄此の恥ずかしい身の上を、打ち明けなければならない事になりました。

 貴方も今までに、娘に向かい約束なさった事も有ましょうが、それは皆、娘の身の上を知らない前に、為さった約束ですから、此の上は、貴方の心お一つで、何と変改(へんが)えなさっても、私共に於いて、少しも苦情は有りません。能(よ)くお考えの上、何とでも御決定を願います。」

 綾部は青い顔を上げて、
 「イヤ、其のお言葉は意外ですが、たとえ貴方の身に穢れが有っても、娘児の知った事では有りませんから、私の心は変わりません。此の後も相変わらず。」
 (蓮)イヤ、相変わらず御出でになっては、此の上敵が又、何の様な事をするかも知れませんので、愈々(いよいよ)娘を貰うとか貰わ無いとか、確かな決まりの附くまでは、一切御出でを見合わせて戴きましょう。

 綾部は黙然として返事無し。お蓮は又も言葉を継ぎ、
 「最(もう)一つ申し上げて置きますが、私の身代は此の通り汚れて居ますから、娘には譲りません。私の死んだ後では残らず貧民病院へ寄付します。併(しか)し爾(そう)致しても、お仙には、叔母に当たる人から遺念(かたみ)として譲られた、200万フラン(10万ポンド)の財産が有りますから、お仙の所天(おっと)になる人は、少しも困る事は有りません。」

と言うと、今まで黙然として聞いて居た安道は、決然(むっく)と起(た)ち、顔に怒れる様な色を現し、物をも言わず、一礼して出て行った。余り突然に立ち去ったので、お蓮も殆ど驚てしまったので、推(お)し留める暇も無かった。アア綾部は何故に立ち去ったのだろう。

 お仙に非常な持参金が有りと聞き、お蓮の心を、汲み取ることが出来なかったからである。若しお仙に、一銭の財産も無しと聞いたなら、綾部は喜んで之を妻に迎えようと、言い出る所だったが、二百万の大金ありと聞いては、金に目が呉れた様に思われ、男子の意地に拘(かか)わるので、後をも見ずに立ち去ったのである。

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