巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

              第二回

 お蓮は隠れ場所に入り、壁の穴から覗き見ると、今帰って来た怪しい婦人は長椅子に腰を掛けた。しかしながら生憎にその背をお蓮の方に向けて居たので、顔貌(かおかたち)を見る事が出来ないのは、非常に残念なことだ。しかし今にも身動きして、此方(こちら)に向く事もあるだろうと思って、猶(なお)も呼吸(いき)を凝らして伺って居ると、婦人は衣嚢(かくし)から、何やら小さい品物を取り出だし、硝燭(ランプ)にかざして、つくづくと打ち眺める様子である。

 後ろから肩越しにその品物を見ると、ギラギラと光り輝く様は、金に金剛石(ダイヤモンド)を嵌めた、写真挿(ばさ)みに髣髴(さも)似ていた。
 お蓮は心の中で、
 「オヤ、誰の写真だろう。若(も)しや彼(あ)の児の。爾(そう)だ、何だか子供の姿の様だ。最(もう)少し上へ揚げれば好いのに・・・」
と唯独り気を揉む中、婦人はその写真の面(おもて)に朱唇(くちびる)を寄せ、軽く吸って又も衣嚢(かくし)に納めたのは、最愛の写真と知られる。

 次に婦人は起き上がって衣服を着替たが、その間絶えずお蓮の方に背を向けて居た。頓(やが)て衣服を改め終って、彼方(あちら)に在る寝台の上に這(はい)登り、ゆっくりと身を横えた。暫(しばら)くしてその呼吸(いき)使いさえ、次第に整って来たのは、全く眠りを催うしたからに違い無い。

 お蓮は残念で仕方がなかった。折角その顔を見窮(きわ)めようとして、今まで覗いていたのに、このように眠りに着いてしまったからは、再び寝返りをする時が無ければ、我が思いを遂(とげ)る方法は無い。一旦はこの隠れ場所を出て、座敷に入って婦人を揺り起こそうかと迄に思ったが、否々若し揺り起こした後で人違いだった時は、言訳の言葉も無い。

 幸いに吾が思う婦人だったとしても、揺り起すことは、この壁に穴がある事も、今までこの内に隠れて覗いて居た事も、打明けなければならない。如何(どう)してその様な恥ずかしい事を、打ち明ける事が出来ようかと、取(と)つ置いつ《あれこれ》打ち案じては、又覗く中、お蓮は大変な事を見てしまった。我身で我身を疑う迄に打ち驚く程の、不思議な事を見てしまったのだ。

 それは何かと云うと、今婦人が横わっている寝台には、恐ろしい仕掛けがあったのだ。人を殺す為めに作った寝台とは、全く見えなかった。
 婦人は神では無いので知るわけも無く、心を許してこの恐しい寝台の上に眠ったのは、振り上げた刃の下に立つよりももっと危い。眸(ひとみ)を凝らして、塾々(つくづく)視(み)ると、寝台の四方に四個(よつ)の柱がある。

 柱の上の方に、長持ちの蓋(ふた)を俯伏(うつぶせ)にした様な、天井がある。寝台に天井が在るのは当然の事で、怪しむには足りないが、この天井は普通の寝台に在る天井とは違っていた。唯見ただけでは分かららないが、どこかに恐ろしい仕掛けが設けてあると見え、この天井が次第次第に、少しづつ婦人の上へ下がって来ていた。

 その下がり方は非常に静かで、何の音も無く、又下がる様子も見えないが、永く眠るうちには、自然自然に何時とも無く下がって来るのだ。婦人が眠ってから二十分も経つ中に、早や三尺(90cm)ほど下がって、今は婦人の身体から、僅かに二尺五寸(75cm)ばかりの所まで、落ちて来ていた。考えて見ると、四個(よつ)の柱を、遠眼鏡が伸び縮みする様に作ったもので、何人か私(ひそか)に、婦人を殺そうと計(たく)んだ事は疑いない。

 今この儘(まま)に捨てて置いたら、三十分と経たない中に、天井は寝台の上まで下がって来て、婦人を包み込む事は必然である。包み込まれた後に、目を覚ましても何の甲斐も無いので、今の中に早く助ける外は無い。アア如何にして助けたらよいだろう。それにしても、夫人を殺そうと計(たく)らんだのは、何者だろう。この家の主人お民であるか。否々若(も)しお民ならば、他人をこの所に入れ、この恐ろしい仕掛けを、見せる筈は無い。この計(たく)らみこそ、必ずこの婦人をこの家へ誘い来たらしめた、彼の家令の様な人とやらの、仕業に違いない。

 それにこの寝台を持ち込んで来たのも、同じくその家令だと聞くからは、家令の外に疑わしい者は更に無い。アア恐ろしい、恐ろしいと独り思案に呉れる中、早や天井は益々下がって、今五寸(15cm)で、婦人を包もうとする迄に下がって来た。

 人情ある者は、誰がこの婦人を見殺しに出来ようか。お蓮は以前から、口笛を吹く時は、眠っている人も目を覚ますと、聞いていたので、その口唇(くちびる)を尖らせて、ヒュウヒュウと吹き鳴らしたが、壁一重隔てている事なので、何の効(しる)しも見えない。憐れむ可(べ)し、婦人の身体は、早や半分ほど包まれてしまった。命の瀬戸際とは、この所である。

 お蓮は見るに耐えられず、その儘(まま)隠れ場所から走り出て、横手へ廻り、合いの戸を、破る様に押し開いて、寝台の傍に走り寄ると、この時は既に遅かった。天井は早や寝台の上に、蓋の様に被(かぶ)さって、婦人の姿は全く影も無い。形も無い。夜具ぐるみ、その中に没(つつ)まれてしまった。

 力を限りにその蓋(ふた)を持ち上げようとすると、この時忽(たちま)ち人が有って、後ろからお蓮の首筋を捕えた。捕えると共に手拭(ハンケチ)の様な物で、早くもお蓮の両の目を隠くしてしまった。
 お蓮は身を藻掻いて振り払おうとしたが、曲者の手は鉄より堅い。

 (曲者)コレ、動いても駄目だ。声を立てると命は無いぞ!



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