巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2014.7.10

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第二十回

 綾部安道が帰った後に、お蓮は独り思い見るに、財産の事を打ち明けたのは、此の上も無い我が過ちだった。若しお仙の父が、英国の貴族である事を告げ、其の妹から贈られた、清き財産であると言ったなら、綾部も快く聞き取っただろうに、父の素性を打ち明けずに、唯財産の事だけを話してしまったのだ。綾部は、此の財産も、矢張り汚らわしい方法で得た者と、思ったのに違いない。

 しかしながら今は早や、去ってしまった後なので、嘆いても仕方が無い。此の上は唯娘お仙にも、事の仔細を打ち明けて、我が心を聞き訳けさせ、且つは綾部が事をも思い切らせて、後々又相当の婿夫(むこ)を選ぶ外は無い。それには、彼の大尉有浦こそ世間の広い人なので、幸い之に頼んで置いたならば、綾部に代わる人も有るだろうと、漸(ようや)く心を定めて、お仙を待たせ置いた、応接の間に帰って見ると、お仙は、余念もなく彼の絵姿を眺めて居たが、お蓮の顔を見るより早く、

 「綾部さんは何(ど)うしました。」
 (蓮)綾部さんかえ、今お帰りなさったの。
 (仙)オヤ、私に黙って帰る筈は有りません。阿母(おっか)さんが帰したのでしょう。
 (蓮)ナニ、爾(そう)じァ無いが、私の言った事の内に、何か気に障った事が有ったと見え、黙って行って仕舞ったの。
 お仙は非常に残念な面持ちで、
 「阿母さん、何を云いました。」
 (蓮)イエネ、お前に大層な身代が出来たと云った丈さ。

 (お仙)アレ、其様(そん)な事を言っちゃ、行って仕舞う筈ですは。綾部さんは、貴族でも余り金持ちでは無いと言いましたから。此方(こっち)に大層な身代が有ると云えば、気持を悪くして、行って仕舞いますワ。でも帰りッ切りでは無いでしょう。明日か明後日の中に、又来ましょうから、其の時は、私が言い訳を仕(し)ますよ。何も其の様な大した身代は、無いのですもの。

 (蓮)イエ、お前は未だ知ら無いけれど、此の頃お前には、二百万フランと云う、太した身代が出来ました。
 お仙は驚き、
 「ヘイ、二百万フラン、何うして其様(そん)な身代が。」
 (蓮)お前の阿父(おとう)さんの、妹御が亡くなりに成って、其の大金を、遺物(かたみ)として、お前に譲って下さったの。
 お仙は益々驚き、
 「阿父さんに、其様な妹御が有りましたか。デモ貴方は、今まで阿父さんの事は、私には少しも話しませんでしたネ。」

 斯(こ)う問詰められて、どうして隠す事が出来るだろうか。今こそ我が娘に向かって、身の恥を打ち明けなければならない時なので、心裏の力を絞り集めて、

 「コレ、仙や、能(よ)くお聞き、お前も今まではホンの子供で有ったから、話さずに居たけれど、今は最(も)う、若い男を愛する年頃に成ったから、一人前の女だよ。それだから話して聞かすが、私もお前位の年には、ー十九の年にはー一人の男を愛しました。」
 お仙は何と聞いたか、驚く様な、気遣う様な面持ちで、物をも云わず聞いて居るので、更に言葉を進め、

 「サ、其の男が阿父(おとう)さんで、名を花房丈次郎と云い、英国の貴族で有ったが、私と未だ本当の婚礼をしない中に、お前が出来て、その後間も無く死(な)くなりました。未だお前を、表向き自分の子と、披露しない中に死(な)くなったので、お前には、表向きの阿父さんは、無いのだよ。
法律とやらでは、お前を私生の子と見做(みな)すから、お前の身には、一生阿母さんの恥が、附いて廻るのだ。

 (仙)でもそれは、阿母さんが悪いのでは有りません。法律とやらが悪いのです。私は少しも恥とは思いません。
 (蓮)それにネ、私には二つ名前が有って、花房屋お蓮と云うのも矢張り私の事だ。是にも深い訳が有る事だけれど、詳しく話せば、却って人前へ出て、顔を赤くする様な事にも成るから、是ばかりは言えませんが、兎に角、私の身は、是まで種々の過ちが有るから、綾部さんも、この様な者の娘は、貰われ無いと思って帰ったので。

 (仙)イエ、何、綾部さんは、お金の事を話したから帰ったのです。阿母さんの過ちを、咎める様な人では有りません。
 (蓮)それは先ア爾(そう)かも知れ無いけれど、一旦アアして帰ったからは、篤(とく)と友達にも問い合わすで有ろうし、爾(そう)すれば友達も、アの様な者の娘を貰うなと云って、制(とど)めるのは確実だから、彼(あ)の方は、もう再び帰らないよ。其の積りで、早く思い切らなければ了(いけ)ません。

 お仙は声を曇らせて、
 「若し此れ切りで帰えらなければ、私は泣き死んで仕舞います。」
 (蓮)何をお言いだ、其の様な了見を出す者では有りません。今に又私が有浦さんに頼み、綾部にも勝る人を、探して貰うから。其の中にお前も、其の人を愛する様に成るだろうし、爾(そう)なれば、今の事は忘れて仕まいます。もう斯(こ)う打ち明けたからは、直ぐに今日からして、私も今までの稼業を止めて仕舞い、お前と一緒に暮らしましょう。

 (仙)此の家で暮らすのですか。
 (蓮)イエイエ、此の家はもう汚らわしいから、引き払って、伊太利(イタリア)村へ引き移ります。お前も否は無いだろうネ。
 (仙)何の否やが有ましょう。阿母(おかあ)さんと一緒なら、本当に嬉しい事ですもの。デすがネ、私は爾(ま)だ一つお願いが有ますヨ。

 お蓮は、今まで我が心に掛かっていた身の上の白状も、先ず無事に仕果(しおお)せたので、宛(あたか)も重荷を下ろした様に、発(ほ)っと一息吐きながらも、
 「シテ、其のお願いとは。言ってご覧な。」
 (仙)私は綾部さんに、もう一度逢度いと思います。逢って充分に聞き糺(ただ)し、愈々(いよいよ)其の口で私の身に、愛想が尽きたと云うなら、ナニ私も思い切ります。若し綾部さんが、再び尋ねて来無いならば、私から其のお宿まで参ります。
と思い詰めて云う言葉は、今止めるのも無益と思うので、お蓮も強いては止めず、

 「それは何(ど)うとも、気の済む様にするが好い。」
と答えた。
 是で一苦労抜けたけれど、更に事の許(もと)を考えて見れば、何不足無く世を送っていた親子の間に、この様な苦労をもたらしたのも、総て是曲者の仕業である。十余年来、首尾能(よ)く包み隠していた、我が身の上も、曲者の手紙の為に、白状しなければ成らない次第となり、思っても居なかった心を苦しめた。此の苦労は漸(ようや)く治ったが、是だけで、曲者が満足するとは思えないので、未だ此の上にも、何時何時(いつなんどき)、何(ど)の様な事を計(たく)んで来るかも知れ無いと、心は休まる事が無かった。

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