巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

akutousinsi22

悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2014.7.12

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

更に大きくしたい時はインターネットエクスプローラーのメニューの「ページ(p)」をクリックし「拡大」をクリックしてお好みの大きさにしてお読みください。(画面設定が1024×768の時、拡大率125%が見やすい)

akutousinsi

悪党紳士        涙香小史 訳

               第二十二回

 大尉有浦は蘭樽に別れを告げ、其の家を出てから、馬車を林屋お民の家に向けた。お民の家は、先の夜、彼の妹李(まりい)夫人が怪しい寝台で蒸し殺された所である。有浦は何故に此の家に向かったのかと言うと、有浦は昨日、紳士山田及び伯爵蘭樽等と、或る料理屋で小宴(こさかもり)を開いた時に、丸池お瀧等の口から、妹李(まりい)夫人が林屋で死んだ事、及びお蓮が其の夜、妹李(まりい)夫人の正体を見届けるため、林屋に行った事などを聞き知り、初めてお蓮が、まだ我に事の仔細を包み隠して居るを知ったので、直々お民に逢って、詳しく聞き糺(ただ)す為に違いない。

 頓(やが)てお民の家に着くと、昔一方なら無い贔屓を受けた身のお民は、厚く有浦を持成(もてな)そうとするので、是幸いと、言葉巧みに聞き出そうと試みると、其の目的は図に当たり、何時とも無しに、二人の話は彼の怪しい婦人の事に移ったので、有浦は空とぼけて、

 「此の頃世間の噂を聞くと、彼の婦人は自然に死んだ者では無く、実は殺されたと云う事だ。お前も能(よ)く気を注(つ)けなければ、宿主だけに、何の様な疑いを受けるかも知れないだろう。」
と私(ひそ)かに威す様に持ち掛けると、お民は女の身で肝少(きもちいさ)いので、直ぐに顔の色を変え、

 「先ア、何うすれば好いのでしょう。実はね、私も昨日までは、彼の婦人が自然に死んだのだと思って居ましたが、今日に成って大変な事を発見しました。多分殺されたのかも知れませんよ。直ぐに其の筋へ届けようかと思いましたが、又届けては事が面倒になりはしないかと、実は心配しているのですが、貴方の知恵を貸して下さいな。」

 (有)私は法律家では無いから、貸す程の知恵も無いが、全体先(
ま)ア何を発見したのだ。
 (民)イエネ、婦人の室に在る寝台を、古道具家が買いたいと申しますから、今朝独りで其の室へ行き、色々と其の寝台を見て居るうち、其の脚の内側に小さいボタンが附いていているから、何だろうと押して見ると、そのボタンが出たり引っ込んだりするのです。

 夫(それ)でも私は気が附か無いから、頓(やが)て寝台へ腰を掛けると、実に不思議です。其の天井が次第に下へ降(さが)って来るのです。私は驚いて飛び退きましたが、退くと天井は又許の通り、そろりそろりと上へ登ります。余り不思議だから、更に篤(とく)《じっくり》と検(あらた)めましたが、右の足と左の足にボタンが有って、右のボタンを押すと人の重さで天井が下がり、左のボタンを押すと又上へ上がります。

 是で考えると、何でも初めて此の室を借りに来た人が、後の婦人を殺す積りで、此の寝台を持って来たのです。婦人は必ず蒸し殺されたに違い有りません。
 有浦は余りの意外な話に、非常に打ち驚き、
 「夫(それ)は奇妙だ。ドレ私にも見せて呉れと言って、是から二人で其の室に行き、彼の寝台を調べて見ると、お民の言葉に少しも違わず、ボタン二個の貝合せになっていて、其の天井が或いは登り、或いは降る有様は、実に非常に巧みな細工人の手に成ったことは疑い無い。

 有浦は更に、初めて此の寝台を持って来た人の容貌から、是を買おうと云う古道具屋の事を聞くと、初めて来たのは、或貴族の家令であると名乗り、年は四十四、五にして、上下とも髯を悉く剃って有った事は覚え居るが、其の他の事は覚えていないと答え、又古道具屋は髭髯茫々と生え茂った男で、年齢(とし)は斯く斯く、目ハ如々(しかじか)と、一々に説明(ときあか)す其の言葉から考えて見ると、何所(どこ)と無く、昨夜我れが蘭樽家へ追い込んだ曲者にも似ている様な心地がするので、お民に向かい、

 「シテ、其の古道具屋は何うしたのだ。」
 (民)明日の昼過ぎに又来る筈ですけれど、この様な恐ろしい寝台を売るのも危険ですから、物置へでも仕舞って置く積りです。
と答えた。之までの話から、有浦は明日又昼過ぎに来て、其の古道具屋の顔を見極めて呉れようと、独り心に頷いた。之で又もお民の居間に帰って更に色々と問い廻すと、お民は恐ろしさに責められて、自ら包み隠す事が出来ず、声を潜めて語るには、

 「実ハネ、婦人の死んで居ることを届けた時、直ぐに探偵が遣って来て、色々と問いましたけれど、私は唯知らぬ知らぬと許(ばか)りで、何も云いませんでしたが、私の考えでは、確かに婦人の殺されたのを、見たのに違い無いと思う人が有るのですよ。」
 (有)夫(それ)は誰だ。
 (民)ソレ貴方もご存知の花房屋お蓮ですよ。

と言って、是から彼の夜、お蓮が芝居小屋で婦人を見認(みと)め、果たして我が思ふ人であるかそうでないかを見極めるため、此の家に来て、小座敷に忍んで、婦人の様子を伺って居た事から、お蓮が其の夜、何時の間にか居なくなり、何時帰り去ったのか分から無いことを語った。

 又彼(あ)の写真挿(しゃしんばさ)みを婦人の傍から見出して、私(ひそか)にお蓮に渡し、お蓮から其の記(しる)しとして、幾何(いくら)かの金子を預けられた事まで、落ちも無く告げると、有浦は初めて事の次第を知ったが、それにしても、お蓮が曲者に向い、決して他言はしないと誓った事は知る由も無いので、お蓮が何故にこの様な事を、我に隠しているのか、此の上は親しくお蓮に逢い、充分に事の訳を聞き糺(ただ)した上で、是から後の掛け引きを定めようと、独り胸の中で思案する中、誰やら外から、

 「姉(ねい)さんお内ですか。」
と声掛けて入って来た者がある。誰かと見ると、大尉が彼(か)の倶楽部の帰りに或料理屋で逢ったデミモンド丸池お瀧であった。お瀧は思っても居なかった有浦が、茲(ここ)に居るのを見て、
 「オヤ」
と言って一足踏み留まったが、又も進み寄って、お民に向い、

 「姉さん大変な事になりましたワ。」
 (民)極まって居るよ此の子は。又旦那に捨てられたと云うのだらう。
 (瀧)アラ先(ま)ア、姉さんが其れを何うして。
 (民)何(ど)うしてって、言わない事じゃ無い。お前達の身分で馬車を買って貰ったり、何かするのは未だ早過ぎるから、油断をすると捨てられるよと、此の間も言って置いたのに。

 (瀧)爾(そう)では無いのヨ。ナニあの旦那は顔付が悪人悪人して居るから、捨てられても惜しくは有りませんが。
と云いながら有浦の顔を眺め、先ア聞いて下さい。斯(こ)うなんですよ。私はネ、馬車を買って貰ったと思って、喜んで居たら、買って呉れたのでは無いの。損料馬車を半月極めで雇って来て、私を誤魔化して置いたのです。夫で三日分のお金しか払って無いって、今馬車屋から其の後金を取りに来たから、私は何う仕様かと思いまして。先ア、呆れた者では有りませんか。

 お民は思はずも噴出し、
 「余り好過ぎるから、其様(そん)な事だろうと思った。」
と云うと、有浦は非常に気の毒な面持ちで、
 「夫(それ)でお客は何うした。」
 (瀧)私を今日限りで捨てたのです。
 (有)とは又何う言う訳で。

 (瀧)イエネ、彼(あ)の客は、唯お蓮さんの事を聞き度いだけで、私の所へ遊びに来て居たのです。夫(それ)だのに私がお蓮さんの事を、詳しく話さない者ですから、駄目だと思って、見切ったのですよ。イエネ、自分では大家の家令だと、云いますけれど、其の顔からして、真実(ほんとう)に女を愛する様な、実の有る人では無いのですよ。髭髯ってば残らず剃り落として、泥棒の様な目をしていましたワ。

 髭髯を残らず剃り落としたと云うのは、何(ど)うやら今方、お民から聞いた、彼の寝台を持って来た家令に似ていると思うので、怪しみの眼をお民に注ぐと、お民も其の意を察したのか、
 「アア屹度(きっと)私の所へ室(へや)を借りに来た、彼の家令ですよ。」
と云った。

 其の家令が、根堀りお蓮の事を聞き糺(ただ)すと云うのも、亦一つの怪しむべき事なので、有浦は、今此のお瀧を懐(なつ)けて置いたならば、他日其の曲者の顔を見届けるのに、必ず役に立つだろうと思い、殊更に言葉を柔(やわ)げ、

 「お前、其様な悪人らしいお客なら、捨てられたからと言って、心配には及ば無い。又好い旦那の目附(めっか)かる迄は、私が引き受けて世話して遣る。サ馬車屋の払いは是でするが好い。」
と言って、手帳の中から五十円(約現在の50万円)の切手を一枚切り取って与えると、お瀧は嬉さが顔に溢れたが、其の意を知らないので、収め兼ねて、猶予(ためら)うのを、お民が傍から言葉を添え、

 「戴いてお置きな、此の旦那は此様な気前の好いお方だから。」
と云うと、お瀧は幾度か礼を述べて、非常に嬉しそうに収めた。有浦は更に問い掛け、
 「シテ、お瀧さん、お前其の旦那に、愈々捨てられた事が、何うして分かる。」
 (瀧)今し方ネ、「急に外国へ行く事と為り、当分帰り申さず候(そうろう)間左様思し召し被下(くだされ)度し。」と云う短い端書(はがき)が来ましたもの。コレ茲に持って居ます。
と言って、差し出すのを有浦は受け取って、

 「少し思う事が有るから、此の手紙は私が当分借りて置こう。」
と言って、我が手帳の中へ畳込んだ。
 有浦はこの様に意外な事から、段々に曲者の手蔓を得た事を喜び、此れで別に問う事も無くなったので、好い加減に分かれを告げ、又も此の家を出て立ち去った。

次(第二十三回)へ

a:273 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花