巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第二十七回

 伊太利村と利門町の間にある、或狭い町に非常に怪しい料理屋がある。昼は戸を閉じ、稼業を休んで、夜になると店を開き、宵の点灯(ひともし)頃から朝の六時頃までを営業の時間としている。其の故は、泥棒追剥或いは又博徒などと云える様な、夜を更(ふ)かす人々を客として、其の懐中を目当てとするところにある。

 だから此の店へ出入りする人は堅気の人では無い。何(いず)れも夜を以って昼と為し、夜の間に稼ぎを為す人である。早く云えば、怪しい稼業を為す、暗い身の上の人々である。或日曜日の、夜八時頃の事であるが、此の料理屋の一室に非常に親しそうに談話(はなし)をしている二人の客があった。二人とも年は四十四、五であるが、一人は黒髯長く生え茂って、口唇(くちびる)さえも見分け難く、一人は綺麗に剃り落として、青く其の痕を留めるのみ。

 両人の話しの様子から考えれば、共に一つ仕事を為す同類の様であるが、鬚髯の無い方は兄分で、名を弁蔵と呼び、鬚髯のあるのは其の下に附く者で、勘次と云う。勘次は頓(やが)て前に置いてある杯を飲み乾して、弁蔵に向い、
 「大兄(あにい)、三太からの便りが滅法遅い様だが、もう徐々(そろそろ)出掛けずァ成るめエゼ。」
と云うと、弁蔵は最落ち着いた様子で、

 「馬鹿言いネエ、手前今何時だと思う。未だ九時前じゃ無いか。手前毎(いつ)でも、余り急くから失敗(しくじる)んだ。」
 (勘)俺は何も失敗(しくじ)った事ア有りア仕ねエ。お前に雇われて早や二十日になるけれど。
 (弁)失敗(しくじった)事ア無エなどと其様(そんな)大きい口が利かれるカエ。此の間の晩は何だ手前、四辺(あたり)に人の居るも知らずに遣附(やっつけ)やうと仕たばかりに、アの有浦と云う奴に目掛(めっか)って、即(すん)での事、捕まる所をサ。

 (勘)ダッテ見ねエな、全然(すっかり)泥棒と見せ掛けて利門町まで連れて行って、縄梯子で彼の屋敷の塀を乗り越えて、ドロンと消えた手際なぞア、太した者だゼ。
 (弁)ナニ倒頭彼(あ)の夜は、用が足りずに一宵をフイにした癖にー。

 (勘)フイにゃア仕無いが、其の中に夜が明けたんダー、エ大兄、爾(そ)う云うけれど、俺の身に成って見ねエ、お前の仕事とア太した違エだ。お前エはもう家令とか何とか、恐ろしく触れ込んで、丸池お瀧に損料馬車を当合(あてが)ったりサ、時々筆を取って贋手紙を書いたりサ、骨の折れる所は、皆俺の受け持ちで、お前の仕事ア丸で遊んで居る様な者だぜ。夫れで、旦那からは己の二倍掛けも給金を貰うじゃア無エか。

 (弁)夫りや手前、己等(おいら)の仕事ア気骨が折れるアー。手前だって時々悪どい儲けが有るぜ。此の間なんぞア、彼の死骸縦覧所の書記局の前に立って居て、お蓮の耳に口を寄せ、茲(ここ)へ入れば、娘の身の上が危ないぞ、と細語(ささや)いたばかりで、二十両貰ったろう。何だって彼(あ)の旦那は、悪事と云う悪事は、仕尽くして来たんだもの、気前は好(い)いやネ。旨く働きせエすりゃ、褒美は幾等でも呉れる人だから。

 (勘)だけれど何だなア。俺ア褒美なぞア、欲しく無(ね)エが、最(も)ソッと能(よ)く、旦那の心を打ち明けて貰エ度(てい)なア。俺なぞア斯(こ)うして毎日使われているけれど、旦那の心が全然分からネエ。昨日も丸池お瀧を馬車に乗せてサ、綾部安道の宿へ連れて行ったけれど、何の為だか少しも分から無い。又時々彼(あ)のお仙お蓮の後を踪(つ)け、見張っては居るけれど、何で見張るんだか、其の訳を聞かせて呉れねエから、丸で夢中で働エて居る様な者だ。

 だから最(も)う、松(ぴん)から桐(きり)まで、言ひ付かった通りにする丈で、其の時其の時旨く機転を利かせる事が出来ねエと云う者サ。夫(それ)よりヤア、何事も打ち明けて、トドの詰まり、お蓮を彼(アア)してお仙を斯(こう)する積りだと云ふ所を、残らず言い含めて呉れさエすりヤア、又臨機応変とか云う掛け駆け引きも有るだろうじゃア無エか。エお前、三つか四つの子供じゃ有るめエし、、訳を言わずに、唯斯(こう)しろ彼々(ああ)しろてエのア、無理じゃア無エか。

 (弁)イヤサ、お前が未だ新参の身で、残らず打ち明けろたア無理だよ。彼(ア)あ云う分かった旦那だから、お前が充分に手柄を立て、此の男なら、打ち明けても心配は無ねエと見抜いた日にやア、打ち明けもするだろうよ。併しお前は未だ当座の雇い人だ。雇い人の身分で主人の内幕まで知ろうと云うのは未だ早過ぎるサ。

 (勘)ソリャ雇い人にゃ違エ無(ね)えが、夫でも丸切り訳を知らされ無エのハ、気まずいよ。同じ働くにも張り合いが無エや。
 (弁)ナニ張り合いの無エ事が有る者か。働けば夫(それ)だけの褒美が出るんだ者。
 (勘)夫(そ)りゃ先ア、褒美せえ貰エば好いような者の、夫きゃ先が分かって居て面白みが無エ。
 (弁)何(ど)う云えば斯(こ)う云うサ、最(も)う三太が帰える時分だ。用意を仕ネエ。
 (勘)スハと云えば何時でも好いー。別に此の上の用意は無いが、併し今夜の仕事は何をするのだ。

 (弁)彼の綺麗首を誘(おび)き出して、旦那の居る所へ連れて行くのサ。
 (勘)綺麗首たアお仙かエ。
 (弁)爾(そう)さ
 (勘)夫(それ)や駄目だよ。最(も)う今までの贋手紙に懲りて居るから、今夜は最(も)う其の手は食うめエ。

 (弁)所が夫を食う様に仕組んで有るから大丈夫サ、安心の為話して置く、先(ま)あ聞きねエ。斯(こ)うだ。今夜三太は、彼の綾の部が居る春田町宿屋の給仕に化けて、綾部からの贋手紙を持って、お仙の所へ行ったのだぜ。お仙は昨日の一件で、最(も)う綾部には愛想を尽かして居るとは云う者の、ぞっこん惚れ込んで居る事だから、綾部の手紙と云えば、必ず開いて見るだろう。見せえすれば占めた者だ。手紙の文句は、俺と旦那が一生の知恵を振るって拵(こせ)エたのだから、ウカウカと騙されるに極まって居る。

 (勘)其の手紙には何と書いて有る。
 (弁)文句は長エが詰まりナンだなア、昨日は誠に済まなかった。彼(あ)れは全く間違いだから、今夜お目に掛って充分に言い訳が仕度いから、何(ど)うぞ今夜の何時に何所何許(どこそこ)まで来て呉れ、屹度(きっと)待っているからと云う事を、涙の出る様に書いて有るのサ。先ア其の手紙を旨くお仙の手へ渡したか渡さぬかは三太が帰(けい)る迄は知れねエけれど、三太の事だから大丈夫、遣り損じは無エ筈だー。

とヒソヒソ話して居る中、三太と云う曲者もやって来た。

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