巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第三十一回

 この夜、有浦は間も無くお蓮に分かれを告げ、鶴女の家を出たが、先程蘭樽伯が曲者を打ち倒したと語ったので、若しや其の曲者が、未だ倒れた儘(まま)ではないかと思い、茲(ここ)ではないかと思われる辺りで、燐寸(マッチ)を取り出し、地の上を照らして見ると、倒れた曲者と云うのは影さえも無かった。個(こ)れはきっと、同類の者が引き返して、扶(たす)け去った者に違いない。

 しかしながら、其許此許(そこここ)に血の痕が未だ鮮やかなのは、軽くない怪我をしたものに相違ないと、心に頷(うなづ)きながら、我が宿に帰って行った。この様にして、翌日は約束の通り、蘭樽伯を連れ、再び鶴女の家を訪(おとな)い行ったが、今度は伯爵も抜け目無く衣服なども気を附けたので、殆ど綾部安道よりも年若く見えた。

 其の為からか、鶴女もお仙も昨夜よりは、一層又心を尽くして、伯爵を歓待(もてな)し、お蓮も昨夜程は伯を嫌う様子は無い。此の様子なら、何の苦も無く此の縁談は調(ととの)うだろうと思ったが、果たせる哉、是から四日目には、既にお仙も伯の妻となる事を承知した。

 是に附き、一つ奇妙な事が有る。それは外ならず、先に妹李(まりい)夫人が殺された時からして、お蓮お仙等の身には、絶えず曲者が附き纏(まと)い、或いは贋手紙を作り、或いは家の周囲を覗(うかが)うなど、殆ど五月蝿(うるさ)い程だったのが、蘭樽伯に交わりを結んだ時からして、曲者は全く姿を隠し、絶えてお蓮等を苦しめることが無くなった。

 是も全く彼の曲者の一人を半殺しに傷けた、伯爵の力を恐れる為に違いないと、一同は喜んだ。これのみならず又有浦は、先の日、林屋お民と約束した様に、彼の寝台を買い取ろうと云う古道具屋の顔を見ようとして、約束の日、お民の家に訪ねて行ったが、古道具屋はその後来なかったので、寝台は物置の隅に仕舞ってしまったと云う。
 是で曲者が、しばらく其の手を引いたことは、愈々(いよいよ)疑い無い。アア曲者は何故に、お蓮等を苦しめることを思い留まったのだろう。まことに不審と云う外はない。

 話は替わって、綾部安道は前に記した様に、曲者の計略で、忽(たちま)ちお仙に愛想を尽かされたけれど、心には未だ影身に添い、お仙を保護し、何とかして彼(あ)の曲者の正体を、見破ろうと決心したことは、読者の既に知っている所だろう。

 其の後は、此の事ばかりが心に掛ったが、何分にも巴里の内には知り人さえも少なく、一人親しくする大尉有浦は、お仙に外の婿夫(むこ)を世話しようと言って、我にお仙を思い切れと勧める程なので、之に相談しようも無いと、空しく思い屈して在る所へ、或る日有浦が尋ねて来て、お仙には既に然る可き婿夫が定まった事を告げた。

 そうと聞き、心の失望は並大抵では無かったが、之の為に、曲者を捜そうとの念は、又一層強くなった。お仙は既に我が物で無い上は、躍起(やっき)と為って、曲者を探すにも及ばない筈では有るが、是が少年の迷いである。我が思う女に振り捨てられ、且つは好きな婿夫さえ定まったと聞き、如何(どう)して心を動かさない事があるだろうか。三分は迷いの心、残る三分は制し難い少年の急気(はやりぎ)から、この様に決心したのだ。

 しかしながら、有浦にはその心を見せず、婿夫と為る人の名さえ聞かずに分かれたが、後で思って見ると、如何(ど)のようにして捜索を始めるたら好いか分からない。兎に角も先ず曲者の贋手紙に欺かれ、我が宿へ入って来た、彼の丸池お瀧嬢とやらと親しく為れば、又思い当たる事があるかも知れ無い。

 それにしても、お瀧の住居は何所なのか、夫(それ)さえも知る事が出来なかったので、日頃デミモンドが多く散歩すると聞く某(ある)公園に行き、往来の人に目を注ぐ外は無しと、此の翌朝は早く起き、馬に乗って公園地に行った所、聞きしに違はず、年若い美人が、或いは車或いは馬などで来るも有れば、往くも有り。されどお瀧嬢は見当たら無い。

 其の翌朝も亦行って、当ても無く漂泊(さまよ)って居ると、後ろから馬に乗って、声高く話しながら進んで来る四人一群れの紳士があった。振り向いて見ると、大尉有浦もその内に有って、早くも綾部の顔を認め、
 「君は茲(ここ)で何を仕て居る。」
と声掛けた。今此の群れに打ち交われば、其の話の中に自然、お瀧の事などを言い出すかも知れ無いと思ったので、綾部は徒(いたうら)に散歩をしている事を答えて、大尉と馬の頭を並べた。更に見ると、大尉の右の側(わき)に馬を進める人は、先の日、一寸逢ひ見た蘭樽伯だったので、之に向って黙礼すると、有浦は驚いた様子で、

 「君は毎時(いつ)の間にか蘭樽伯を知っているのか。」
と云うと、有浦より先に、伯は例の笑顔で、
 「先日君が帰った後に、この方が君を尋ねて来て、其の時に親しくなった。」
と答えた。之で有浦は残る二人を綾部に引き合わせ、
 「之は銀行頭取猿島氏、之は紳士山田氏」
と名を告げた。

 之から種々雑談しながら歩むうち、話は意外な所に移り、終に綾部が、目的を達す可き糸口を得た一段は、次回を読めば知ることが出来るだろう。

次(第三十二回)へ

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