巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第三十三回

 綾部安道は大尉有浦に分かれてから、如何にして曲者の正体を見破る可(べ)きかと、夫(それ)ばかりみを考えながら、鞍の上に腰を据え、所も定めず唯馬の歩むに任せて居たが、忽(たちま)ちに我が行く手の方向に、猛り狂って飛んで来る荒馬の蹄(ひずめ)の音が耳を劈(つんざ)くばかりに聞こえて来たので、さては何者かが、手綱を離し、狂った馬を放ったかと、首を挙げて打ち見ると、彼方から、一散に走って来る亜剌比亜(アラビア)の逸物に、馬の心得も無い年若き女が乗って居た。

 女は馬を制(しず)めることさえ知らず、唯其の鬣(たてがみ)にしがみ付き、アレよアレよと叫ぶばかり。此の儘(まま)置いたら、如何なる事になるかも知れないので、綾部は事の危うきを見て取って、直ぐ様鞍から飛び降りて、我が馬は辺りの木の幹に繋(つな)いで置き、其の儘(まま)走って行って、荒れ馬の轡(くつわ)を取り、漸く抑え鎮めた。

 女は非常に喜んで馬から降り、礼を言おうとして首を垂れ、
 「何方(どなた)様かは存じませんが。」
と言いながら不図(ふと)綾部の顔を眺め、
 「おや綾部さんですか。貴方に此の様な御恩に成ろうとは思いませんでした。」
と云う其の顔を綾部も見て、
 「おや、お前は。」
と驚いた。
 そも此の女は何者だろう。是こそ綾部が今まで尋ね当てようと思って居た、丸池お瀧嬢であった。

 お瀧は先の日、贋(にせ)手紙に欺(あざむ)かれて、綾部の宿に入って行った事を、面目なく思う様に、
 「私は余り貴方に面目ないから、アの後も何(ど)うにかして、彼(あ)の贋手紙を書いた人を、見出し度と思っていました所、此の頃やっと分かりましたよ。ナニネ、彼(あ)れは一頃、家令の風をして私の所へ遊びに来て、花房屋お蓮の事ばかり尋ねて居た人に違ひ無いと、有浦さんも仰いましたが、其の男と言うのはネ、何でも有浦さんが親しくする方の、召使と見えますよ。」

 贋手紙を書いた者が、有浦の知人の召使であるとは、聞き捨て難い大事なので、綾部は我を忘れて、問を発し、夫(それ)が何して分かりました。
 (瀧)イエネ、一昨日の日曜日に私は猿島と言う人と馬車に乗り、有浦さんの宿の前を通って居ますと、丁度有浦さんが何所へか出かける所と見え、家から突々(つかつか)と出て来ましたが、スルと一人の男が有浦さんの傍へ進み、衣嚢(かくし)から手紙を出して有浦さんに渡しました。

 私は吃驚し、余っぽど声を掛けて、
 「ソレ其の男が贋手紙を書いた奴ですよ。」
と云って遣ろうかと思いましたけれど、爾(そう)云うのも変だから、黙って居ましたが、有浦さんは、其の手紙を読んで了(し)まい、ヨシヨシ手紙の事は承知した。別に返事には及ば無いから、主人に爾(そう)申してお呉れと、言捨てて其の男に分かれ、何所へか行って了いました。

 有浦さんハネ、初手からもう私の所へ来た家令を疑い、今度其奴に逢ったら知らせて呉れと私に頼み、又其奴の顔容(かおかたち)など詳しく問いまして、加之(おまけ)に其奴から私に寄越した手紙まで、入用が有るから巳(おれ)に呉れと仰って、持って御出でにナりましたが、其の癖矢張り其の曲者と親しくして在(いら)っしゃるのですよ。夫(それ)で御自分では、其男を曲者だとは御存知が無いのです。私は知らせて上げ度くて成りませんワ。

 綾部は此の話を聞き、心の裏で、早我が目的の達した心地がした。有浦に手紙を渡した男は、愈々(いよいよ)先の日、贋手紙を丸池お瀧に送ったのと同人ならば、其の男こそ、我とお仙の間を割こうとする曲者の手先である。二人の間を割いて、お仙を己(おのれ)の妻にしようとする曲者に、使はれているのだ。それにしても、お仙を妻にしようとする此の曲者は誰だろう。必ず蘭樽の外には居ない。

 好し好し、此の上は唯有浦に逢い、此の前の日曜日に君の宿の入り口で、君に手紙を渡して居た家令風の男は誰の召使だと、問いさえすれば分かることだ。有浦が、若し彼は蘭樽の家令サと答えたならば、最早疑う所は無い。蘭樽こそ今までお仙、お蓮等を苦しめた、悪人の巨魁(かしら)であるから、我は一々に彼の罪を暴き、次第に由れば決闘に迄も及ぶ可しと、早くも心を定めた。

 是にてお瀧には一通りの返事をして、更に其の住居(すまい)をさえ明細に聞いた上、此の所から少し離れた所に、客待ちしている馬車を雇って来て、お瀧を之に乗せ、且つ彼の荒馬は、其の別当(べっとう)に言い付けて、連れて行かせた。そもお瀧が何故に馬に乗って、此の辺に来たのかと問えば、銀行頭取猿島が、お瀧に目を掛け、馬と音楽の稽古を為させて有ることは、既に前回に記した通りである。此の頃稽古を始めたばかりで、未だ未熟であるため、この様に如何し様も無い程に、馬を狂わせたものと知られる。

 夫(それ)はさて置き、綾部は此の意外な事柄を聞いてから、直ちに有浦の宿に馳せ附けようかと思ったが、特々(わざわざ)行って此の事を問うのは、非常に角が立って好く無いと思った。有浦は或いは我が意を怪しみ、実事(まこと)を告げないかも知れない。夫よりは今朝の様に、何(いず)れの所かで、思いがけなく彼に出逢い、何気ない顔で、

 「有浦君、此の前の日曜日にも君に逢ったけれど、君は何だか家令風の男と、宿の入り口で話を仕て、僕には気が附か無い様だったから、僕も挨拶をせずに通り過ぎたと、こう軽く言葉を廻したならば、有浦も心附かず、
 「アア彼(あ)の時君が通ったのか、僕は丁度蘭樽の使いに逢って話しを仕て居たから、一向に気が附かなかった。」
と、こう答えるのは確実である。

 斯(こ)う答えたならば、蘭樽が其の曲者の巨魁(かしら)であることは、最早疑う所も無いと、綾部は独り胸に答えて、充分に思案を定めたので、其の足で直ちに有浦の出入りする倶楽部に行き、其の受付の者に逢って、有浦の事を問うと、有浦は明朝蘭樽伯と共に、昼芝居に行く筈であると、知らせて呉れたので、此の翌日は綾部も充分に支度を調(ととの)え、昼芝居の散(は)ねる刻限を計って、何気なくその出口で歩き廻って居た所、暫(しばら)くして、有浦と蘭樽は非常に面白そうに、談笑しながら出て来た。

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