巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第六回

 お民が差し出した写真は、正(まさ)しく我が愛児(むすめ)の絵姿なので、お連は言葉さえ出ない程驚いたが、漸(ようや)くその色を押隠して、
 「オオ何(ど)うも綺麗だこと。だがネお民さん、こんな立派な品物を、預かるのも気掛かりだ。斯(こ)うしてお呉れ。中の写真だけ私が預かって、此の写真挿みは、お前が持って居る事に、ネ、中の写真さえ私が隠して居れば、写真挿(ばさ)みは誰の品か分かりァ仕舞い。探偵に目附(めっか)っても大丈夫だ。爾(そう)お仕な。」

 (民)だってお前、此の様な立派な品だもの、、中の写真が無くっても、少しも安心は出来ないよ。若し探偵が見て、何所で拵(こしら)えさせたと、問はれたら何とする。真逆(まさか)、何所(どこ)だったか忘れましたとも、言われ無(なか)ろうじゃ無いか。若しお前が預かって呉れなきゃ、今夜瀬音川へ棄てて仕舞うよ。爾(そう)言わずに預かってお呉れな。

 お連は暫(しば)らく考えて、
 「夫(それ)では、此の様な高価な品だから、私がお前から買い受けた形に仕よう。尤(もっと)も、表向き売り買いの積りにして、此の写真挿(ばさ)みの代価に相当するだけの金を、お前に預けて置こう。爾(そう)すれば、一つの写真挿みを、二人で預かって居る様な者で、お前はお金で預かり、私は正物(しょうぶつ)で預かって居ると云う者サ。爾(そう)でもしないと、私の気が済まないから。 

 (民)でもお前からお金を取る筈が無い。
 (蓮)だってお前、此様な高価な品を唯預かるのは、何だか気味が悪いもの。何とも訳を附けずに、代価だけのお金を預けて置こう。
 お民は、唯此の写真挿みを、早く我が手から離そうと思う一心なので、何とでもお蓮が気の済む様にして、一刻も早く預けようと思い、

 「では何とでも、お前が気の済む様にしてお呉れ。私しも、其のお金は、手を附けずに預かって置くから。」
と言って茲(ここ)に漸(ようや)く相談が決まり、後から幾何(いくら)の金子を、送り届ける約束をして、お蓮は写真挿みを受け取って、勿々(そこそこ)に分かれを告げて帰った。

 そもそも、此のお蓮の身の上を、如何なる者だと聞き糺(ただ)してみると、お蓮と云うのは芸名で、本名を山田蔦江(つたえ)女と呼び、元は由緒有る士官の愛児(むすめ)であるが、十八、九歳の頃、英国から此の仏国(フランス)へ、修業(しゅぎょう)に来て居た年若い貴族、花房丈次郎(ハーベス、ヂチージ)と云う美少年に馴れ初め、家出をして、町外れにある家の四階の一間を借り、之に丈次郎と共に潜んで居る中、終に其の胤をを種(やど)し、月満ちて産み落としたのは、玉の如き女の子で、之をお仙と名(なづけ)ていた。

 お仙が四歳の歳、丈次郎は家督相続の為、本国に帰ったが、妹李姫(まりいひめ)と呼ぶ一人の妹があるため、相続の後、妹李(まりい)姫にお蓮の事を打ち明かし、且つ子まで儲けた事を語ると、妹李(まりい)姫は、情け深い女と見え、兄の心を思い遣って、お蓮を兄の妻に引き取り、お仙を総領に直す事を勧めたので、丈次郎は喜んで、お蓮お仙を引き取りの為、妹李(まりい)をも引き連れて、再び仏国に上って来て、妹李(まりい)とお蓮お仙を引き合わせた。

 このようにして、万端の用意も整い、愈々(いよいよ)英国へ移り行く事と為ったが、丈次郎は少しの用事が有って、一日先に出立したが、その夜運悪くして、土場(ドバ)と云う所の宿屋で、何者にか殺されてしまった。翌日お蓮等三人が出立しようとする矢先へ、此の知らせが届いたので、三人は急いで土場(ドバ)まで行ったが、此の時、丈次郎の本国からも親類の者が出張し、その死骸を取り方付け、且つは其の妹の妹李(まりい)姫を引き連れて、帰ってしまった。

 其の帰り際に、妹李姫はお蓮に向かい、本国に帰った上、悪しからず計(はから)って、御身等親子を引き取るので、夫(それ)までは仏国で待って居る様にと、堅く約束して分かれたのだ。
 お蓮は、今将に花房家の令室(おくがた)と為り、娘お仙を其の相続人に定めようとする間際に、この様な意外な不幸に逢ったので、非常に力を落としたが、唯妹李(まりい)姫の約束を力にし、一年二年待って居た。

 しかしながら、浮世の事は何事も食い違い勝ちなので、お蓮の望みは又も外れ、幾度手紙を出しても、妹李(まりい)姫からは、何の便りも無い事と為ってしまったので、終にお蓮は、身の不幸と断念(あきら)めて、お仙を片田舎の或る人に預けて置き、身を「デミモンド」(芸者の如き者)の籍に入れ、芸名を花房屋お蓮と名乗りながら、仇し人に媚を売って世を渡る、儚(はかな)い生活(くらし)を営む事とは成った。

 そうとは言っても、根が士官の令嬢なので、切(せめ)て我が娘お仙には、堅気に家を持たせたい者と思い、我が身が賎しい業(わざ)をしている事は、少しも知らさず、真面目な家に奉公する身とのみ、告げて置いた。之に依り、お蓮は世間に向かっては花房お蓮であるが、我が子に向かっては、昔の山田蔦江である。芸名などは露ほども知らせていない。

 この様に身を落とした後でも、お仙の許(もと)に行き、其の顔を見る事を、唯一ツの楽しみとし、家業柄に似ず、身を謹(つつし)み、唯倹約をのみ旨(むね)とした甲斐が有って、十年ばかりの間に、可なりの身代を拵(こしら)える事が出来たので、之からは、愈々(いよいよ)泥足を洗って田舎に引き移り、愛児(むすめ)と共に、清く秘(ひそ)かに世を送りたいものと、既に此の程から内々に人を頼み、我が住む家の買い手を、探して居たと言う。

 この様に、お蓮の身の上が分かった上は、読者は略(ほぼ)既に、彼の怪しい婦人の素性をも、悟った事だと思う。彼の婦人は、お蓮が言いかわした花房丈次郎の妹である。昔の妹李(まりい)姫である。妹李姫は、何故にこの様に仏国に忍んで来て、この様に怪しくも殺されたのだろう。是にも深い仔細があるので、次回に於いて説き分けようと思う。


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