巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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美人の獄 (金櫻堂、今古堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ作   黒岩涙香、丸亭素人 共訳  トシ 口語訳

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美人の獄   黒岩涙香、丸亭素人  共訳

            第三回

 弁護人服部勤は押し返して、
 「では当夜の客は唯四人切ですネ。貴女に親切な秋谷愛蘭、酒好き、歌牌(かるた)好きの夏川中尉、貴女の夫、梅林安雅(やすまさ)氏の古い友達、春田如雲とそれに貴女の嫌いな冬村凍烟(とういん)と、外に女客は有りませんか。」
 雪「有りません。」

 服部「フム、是等の客が来てから事変の有ったまでの事を詳しく伺い度い者ですが。」
 雪「別に何時もと変わった事は有りません。尤(もっと)も前に申しました通り、私が二十七日にすると言うのを夫が無理に二十五日と決めましたので、この日は、私と夫が朝から仲が悪く、私はお客の前へ出ないと言い、夫は離縁が欲しいからその様な事を言うのだろうと答え、私は又ハイ晩(おそ)かれ早かれ離縁を受けなければ成りませんとこう言って争いました。」

 服部「それは何時の事です。」
 雪「客の来ない前です。ハイこうは言いましたけれど、素より夫が死ぬだろうなどとは思いも寄りませんでしたので、頓(やが)て客の来る時刻と為り、満更知らない顔も仕て居られませんので、私は部屋に行き、侍婢(こしもと)お類と言う者に手伝わせて、着物を着替えました。」

 服部「その時お類に夫と言い争った事を話しましたか。」
 雪「ハイお類が今日は取り分け機嫌が悪い様だが何う言う訳かと問いました故、実は是々言って争ったのだと話ました。好しんば話さなくても、前々から私はお類に向かい、何うかして夫に別れ、独身に成り度いなどと愚痴を聞かせた事は幾度も有りました。」

 服部「成る程、それでお類が予審調べの時に、係り官に問われて止むを得ずその事を云い立てたのですね。」
 雪「ハイそうと見えます。」
 服部「それで世間の人が、この事件を前々から充分に謀(たくら)んでした事だと言うのも、矢張りその点からですね。」
 雪「ハイ、その様な事かと思います。」

 服部「それから客が来て、宴会が始まって何うしました。」
 雪「ハイ、私は秋谷愛蘭に手を引かれて、晩餐の席へも出ましたが、晩餐は無事に済みまして、その後で夫は夏川中尉と共に客座敷の卓子(テーブル)に向かいます。秋谷愛蘭はピアノの台に上ります。冬村凍烟は書棚の所に寄り掛かって居ました。」

 服部「それから。」
 雪「私は何時もの通り、珈琲を注(つぎ)ましたが、秋谷愛蘭は呑まないと言いますから、第一に嫌いな冬村凍烟の所へ持って行き、次に夫の所へ持って行こうとかと思いましたが、私は拗(すね)て居ましたから、夫が頼むまでは持って行かないと斯(こ)う思いまして、夫の傍に居る夏川中尉の所へ持って行きました。そう致しますと夫が怪しそうに私の顔を見ますので、私も客の前で拗(す)ねるのは好く無い事だと、早速又一盃の珈琲を注いで夫の所へ持って行きました。

 この間に、誰もこの部屋へ入った者が有るでは無し。硝盃(コップ)は勿論、牛乳や珈琲に毒の有る筈も有りません。それに秋谷も冬村も元のままで、動いた様子も見えませんから、今でも私は実に合点が行きません。それから珈琲を持って行きますと夫は快く呑んだ様子でしたが、私は随分草臥(くたびれ)もしましたしたので、直ぐに我が部屋に帰り、長椅子に倒れたまま、大方半時間足らずもウトウトと眠りましたでしょうか。不意に侍婢(こしもと)お類の周章(あわて)騒ぐ声に目を覚まし、見まするとお類は顔の色さえ変わり、

 「奥様大変です、旦那様が毒に当たって苦しんで居らっしゃいます。もう助からないと言う事です。」
と云いますから、
 「ナニお前その様な事が有る者か。」
と、私は信じない程で有りましたが、お類が尋常(ただ)ならず騒ぎますので、唯怪しみながら起きて行きました。その時はもう夫は寝台に移され、医者の外に四人の客もその周りに集まって、夫は寝たままで呻(うな)っていました。私が一足踏み込むと夫は直ぐに身を起こして、
 「点前(てまえ)が毒を盛ったのだ、俺(おれ)は穴の中の鼠の様に毒を呑まされて死ぬるのだ。手前が俺を殺すのだ。」
と恐ろしい声で叫びました。

 私は夫の寝台へ走り寄る事さえ忘れ、唯マゴマゴして居ますうちに、夫は早や死んで仕舞い、医者の一人が硝盃(コップ)を持って来て、確かに譽石(よせき)が残って居ると云いました。その時の事は、今から思っても夢の様です。外の人々も余りの驚きに、度を失ったか、唯アタフタとして居る様子でしたが、医者両人は他人だけに、心も騒がないと見え、直ぐに私を押さえ、

 「この珈琲は誰が注(つい)だか、誰が運んだか。」
などと詳しく問いますので、
 「それは総て私がしたけれど、毒を入れた覚えは決して無い。」
と言いました。けれども人々は私の言葉を信じないと見え、悲しそうに、不憫(ふびん)相に私の顔を眺めて居ました。中でも秋谷愛蘭は両の目に涙を浮かべて居ました。是から牢へ入れられるまでは、全く夢中で詳しくは覚えて居ませんけれども、服部さん、私は全くこの罪を犯していません。それはもう貴方の前で充分に誓います。」
と真心を現わして言い終った。

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