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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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 武士道上編 一名「秘密袋」         涙香小史 訳

               第十五回

 保田老医は少女弥生の身の上を知っているのでは無い。唯憐れみの一念で救い取った者なので、軍(いくさ)が終わった後は下女にでも召いて遣ろうとの心っで、手を取ったまま我が家の方へ引き連れて行くと、腕八は弥生を大金の卵子の様に思う者なので、老医に向かい、
 「先生、此の捕虜を逃がしては了(いけ)ません。貴方の家へ閉じ込めて番は私が勤めます。私は市長から言付けられた捕虜係で有りますから。」
と云うのは番人と為って厳しく弥生を問ひ糺(ただ)し、大金貨の所在を白状させる心に違いない。

 狸田軍曹は之に引替え、
 「ヘン、敵の間者と分って居る者を射殺さずに助けて置くとは誰も彼も内通者だ。今に市長が帰って来れば訴へて遣るから後悔するな。」
などと言って立ち去った。一人老婢お律は何とかして腕八を追い払い充分に老医に弥生の身の上を話し、此の土地から逃して遣って、勤王軍に帰らせる道を開こうと心を砕いたが、急に腕八を追い払う工夫も無いので言葉短かに老医に囁き、

 「貴方は篤(とく)と此の女から身の上話しを聞き取って下さい。」
と云い、又少女に向かっては、
 「嬢様、何もかも此の医師にお話しなさい。貴女の為になる人ですから、少しも隠すには及びません。」
と私語すると、此の時何処からか馳って来た一人の男、猶(なお)も老医の後にゾロゾロと従う群集を見廻して声高く、
 「此の中に泥作か櫓助さんは居ませんか。薔薇(しょうび)夫人の棺を出しますが。」
と云う。さては此の者、泥作櫓助等が頼んだ葬儀者の手代と思われる。

 素より泥作も櫓助も民兵に加わって群集の中に雑(ま)じっていたのだ。お律はそうと見て、腕八を他へ連れ去る機会が来たと思い、故(わざ)と彼を捨て置いて、櫓助泥作の傍に行き、
 「サア、櫓助さん泥作さん、私と共に薔薇夫人の葬儀へ行きましょうう。此の通り軍(いくさ)などの中で、葬式らしい葬式は出来ないでしょうが、私は葬式が済み次第貴方がたに話す事が有るのです。」
と大声に言うと、腕八は聞き耳を立て、

 「薔薇夫人の葬式なら俺も行く。」
と云う。其の心は若しやお律が我に出し抜き、櫓助泥作の両人と報酬の約束を結んで、薔薇夫人の遺産の在処を窃(ひそ)かに両人へ知らせはしないかと疑う為、爾(そう)はさせないとの用心に違いない。お律は我が策が当ったと見、殊更に腕八を避ける様に櫓助泥作を促して去ると、腕八は気が気で無い。老医に向かって、

 「私が薔薇夫人の葬式を済ませて帰って来るまで此の少女を誰にも逢わせては了(いけ)ません。私は捕虜係の職権を以って貴方へこの様に頼むのです。」
と云い置き、直ちにお律等を追い、立ち去った。
 此の後に保田老医は群集を我が家の門に残し、弥生を連れて一室に入り、此の少女が果たしてお律が言った様に白痴なのだろうと思い、其の様子を篤(とく)と見ると、真に白痴の様に、その身危ういにも恐れを示さず、救われて喜ぶ色も無く、唯茫然たる顔の中に自ずから怜悧の相が備わるばかりか、其の極めて美しい目鼻立ちに何うやら見覚えも有る気がするので、

 「和女(そなた)の名は何と云う。」
 少女は騒がず、
 「弥生と云います。」
 老医は驚き、
 「エ、弥生、では幼い頃お律婆に養われて居たのでは無いか。」
 弥「ハイ、五歳の時までお律に養われ、それから小桜伯爵に引き取られましたが、其の後も両三度お律の家へ参りました。」
 保田老医は、
 「では嬢様か。」
と叫ぼうとしたが、漸(ようや)くに自ら制して、
 「其れが今、どうして此の地へ来て此の通り捕虜になった。」

 弥生はお律より何も彼も打ち明けなさいと言われた事なので、此の問に答えて、小桜伯爵が死んだ後、露人と共に従軍した事から、間道偵察の為此の地に入り込んだが、たまたま薔薇夫人の死に際だったので、お律の手引きで夫人の肌に付けて居た秘密袋を受け取った事、及び今日捕らわれる迄の次第を掻い摘んで物語ると、老医は非常に心を動かし、殆ど座に耐える事が出来ないかの様に、起(た)って室中を前後に歩み始めたが、やがて容易ならぬ心配でも起こった様な顔付きで、又も弥生に向かい、

 「シテ、和女は其の秘密袋の中を検めたか。」
 弥「イエ、まだ検めません。」
 老医は、
 「一刻も早く検めれば好いのに。イヤ、今と為っては何時悪人腕八が帰って来るかも知れない。其の中を検めて居る暇は無い。若し其の袋が和女の身に在ると分かればどのような目に逢ふもしれない。ドレ私が預かろう、私かお律の外に其れを預かって保管する人は無い。」

 弥生はまだ彼の秘密袋の大切な意味を知らず、
 「イエ、もうその袋は捨てて仕舞いました。」
 医師は真実驚いて、
 「ナニ、其の袋を捨てたとな。」
 弥「ハイ、昨日の夕方に捨てました。」
 医「ソ、ソ、其れは大変な事をした。袋の中に入って居る品物を知れば和女は命に代えても捨てられないと思っただろうに、エエ、知らない事とは言へ、この様な残念な事が又と有ろうか。」
と殆ど身を掻き毟(むし)るばかりに悔やみ始めた。



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