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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」         涙香小史 訳

               第二回

 薔薇(しょうび)夫人が軽嶺家の財産を売り払って悉(ことごと)く金貨に替へたと言うその莫大な金貨は何処(どこ)に隠してあるのだろう。夫人は今や八十の高齢にして老衰の為死のうとしている。夫人が死ねば軽嶺家は跡継ぎも無く亡びるのだ。夫人は又何者にその金貨を相続させる積もりなのか分からない。跡継ぎを定めずに死亡したら、吝嗇(りんしょく)《けちん坊》なるその魂魄は永く金貨の為に迷って成仏することは出来ないだろう。

 病み衰へて臥(ふ)す夫人の枕辺に、看病しつつ夫人の死を待っている男二人、女一人あり。三人ともこの様な貴族の家に出入りする身分とは見えない。平凡なる俗人にして、物の言様など非常に粗野で、衣服(みなり)も極めてみすぼらしい。この様な者共、何の縁で夫人の病室へ入り込むことが出来たのだろう。実はこの者共、夫人の甥又は姪に当たると言う。

 夫人は今でこそ貴族であるが、元はこのグランビル市の貧家に生まれた者にして、身分は非常に低けれど、軽嶺(かるみね)侯爵に見初められ、1740年侯爵は三十歳、夫人は二十四歳の時、この家の令夫人として迎えられたのだ。しかしながら、侯爵は我が妻たる者に下等の親類があるのを好まず、婚礼の前にそれぞれ少なからぬ金銀を与えて、縁を切り、全くの他人と為して、一切軽嶺家へ尋ねて来ない事をを誓はせたのだ。
 
 当分はこの者等、侯爵より受けた手切れ金で、かなり裕福に暮らしたが、身持ちの良くない為にか、又元の貧者と為り、侯爵の戦死して後は、追々無心などに来る事までに成ったが、唯薔薇夫人はその身が平民より出たのにも似ず、平民を嫌ふこと甚だしく、彼等に足踏みせられるのさえ喜ばず、彼等の無心を斥けるだけでなく、大抵は門前払いと為し、その身は五十年以来召し使えるお律と言う今年七十に近い老女と唯二人の差し向かいでこの広い屋敷に住み、倹約に倹約して残る金は悉く金貨と為しながらこの頃まで来たのだ。

 それだから彼等は益々持って夫人が蓄える金貨の莫大なるべきを想い、このほど夫人の病気と聞くや、老婢お律の拒むのをも聞き入れず、看病と称して日々通ひ来たり、夫人の枕元に付き切りて夫人の息の段々に細り行くのを我が身代の段々太り行くかの如くに楽しんで眺めつつ有るのだ。此の三人は皆今はこの世に亡き夫人の兄や妹などの子にして、一人は漁師とし名を櫓助と言い、一人は農夫にして泥作と言い、一人は荒物の店を開けるお沼と言う老婦である。

 この三人の通い来る事と為ってから、老婢お律は少しも夫人の傍を離れては、我が見ぬのを幸いに或いは三人言い合わせて夫人を縊(しめ)殺すかも知れずと迄に思うので、厳重に見張って居たが、今しも夫人の容態益々気遣はしく為って来たので、お律は仕方無く、多年出入りの保田(やすだ)老医を迎えに行こうとして、出で去ると、その後に三人は同じ目的に集うとは言え、三敵国の有様で言葉をも交えず、睨み合って控えていると、兼ねてより部屋を暖める為め焚いてある炉の中から燃え差しの薪の端、火の燃ゆるままに跳ね出して、夫人の寝台からそれほど遠くない所に落ちた。まだ息が通っているのかどうかはっきりしなかった夫人は、細く開いた目でこの様子を見るや、病人にあるまじき力を現し、転がる如く寝台を下り、三人が何事だろうと呆気に取られて手さえ出すことが出来ないで居る間に、夫人自ら慌ただしくその燃え差しを炉の中に蹴込みつつ、切ない声で、
 「アア危ない、既(すん)での事にーーー。」
と呟(つぶや)きながら、倒れる様にして、寝台には帰ったが、これで全く身に残る力を絞り出し尽くしたと見え、
 「既(すん)での事に」
の後の語を継ぎもせず、その儘(まま)息を引き取った。

 三人は夫人の今の振る舞いを見、宛も打ち合わせた様に同じ心を起こした。夫人の金貨はこの床の下に埋めて有るのだ。今しも燃え差しの落ちたのは丁度その金貨の上っだったに違いない。爾(そう)で無ければ夫人が死に際の身を以って、この様に驚き騒ぐ筈は無い。

 「既(すん)での事に。」
と言った語も確かにその消息を漏らしたのだ。誰にも知らさず、我独りこの床下を捜索しようと、一様に決心して、死んだ夫人の顔よりも燃え差しに焦げ黒ずんだ床の上ばかり眺めて居ると、先刻出て行った老婢お律はこの時保田老医を連れて入って来て、早や薔薇(しょうび)夫人の事切れた様を見て、疑わしそうに三人の顔を睨み比べた。

 保田老医も数十年来夫人の許に出入りし、夫人の身にに在る秘事はお律と同じ程知って居るに違いないと噂される人で、その気質は非常に正直に又非常に厳重だが、自分が全市中に尊敬せられる丈、全市中の者を我が子の如く思い、大抵の事は大目に見て、楽しく世を送る性なので、お律の如く三人を睨みもせず、軽き言葉に幾分の風意を帯びて、

 「オオ、薔薇夫人もお律殿の留守の間に死なれたと見える。未だ明朝までは大丈夫だろうと今朝ほど見込みを付けたのだが。併し先ず先ず三人とも是で大金持ちなれるだろう。」
 三人は老医の顔を見てから、強いて悲しき様を作り、何処を押してか頻りに泣き咽ぶ音を出して居たが、此の語を聞いて、
 泥「イエ先生、夫人の身代は唯この朽果てた家ばかりです。」

 老医は又嘲り、
 「オヤオヤ、それは気の毒だ。お前方がこの様な大きな家を如何することも出来ないだろうから、三人相談の上、貸家にでもするが好い。早速私が借り受けるから。」
と言えば、お沼は失念(ぬか)らず、
 「ハイ、爾(そう)でも致しましょう。先生は職業がらゆえ二階へお住居になればその家賃は櫓助さんと泥作さんとで取り、私は下だけ借りてここを荒物店に致します。」
と言うのは、下さえ借りれば自由に床下を検めることが出来るからに違いない。

 泥「それが好い。爾(そ)うすれば床の下だけは私が物置に使い度い。」
 櫓助は周章(あわて)て、
 「いや、それも是も、俺が修繕を加えてからの事だ。」
と早や死人の枕許で見苦しい争いの始まろうとするのを、お律はこの間に死んだ夫人の眼を閉じ、且つは白き布を以って死骸の総体に被せ終わり、

 「お前方は先ア、今からその様な事を争うより、早く三人で町役所へ出頭し、夫人の亡くなられた事を届けなければ、此の家を相続する事も出来まい。」
がと言って当然の道を説き、三人を追い出そうとするのは、その身も何か唯一人ここに踏み留まろうとする目的が有ると見えた。
 三人は早や主人の如き剣幕で、
 泥「雇い人の分際でそれは余計な言い分だ。」
 櫓「暇を遣るからサア出て行った。出て行った。」
 沼「爾(そう)とも、爾とも。死骸の番は私一人で沢山だ。」

 泥も櫓も一斉に、
 「イヤ、死骸の番は三人で一緒に勤める。」
と言うのは自分が抜け駆けするよりも、他に抜け駆けられないのを、時に取っての急務と思い、三国共同案を持ち出した者と知られる。お律は烈火の如く怒り、
 「何だ私に暇を遣る。アア分かった。私を追い出した後で、三人が床の下から天井から手の届くだけ夫人の金貨を探して取る積もりだろう。お探しよ。沢(たん)とお探し、金貨を蓄へて置いたり、人の蓄へた金貨を手に入れるのは共和政府のご法度だから、お前などが探し当てたら私が密告して遣るからよ。」
と叫び、打ち腹立てて後をも見ずに出で去った。

 当時共和政府の暴虐は殆ど比類なき程なので、密告するとの一言は三人の胸に答へ、三人顔を見合すのを見て保田老医は親切に、
 「イヤ、お前方、お律を立腹させるのは良くない。アノ女は夫人へ忠義の一心だからお前方の仕様に依ってはどの様な事でもし兼ね無いだろう。」
と言い、更に一、二の注意を残して之も立ち去った。その後に三人は又も彼の焦げ黒ずんだ床の一部を眺め、再び無言になったが、櫓助は漸く他を追い払う工夫を案じたと見え、口を開き、
 「俺の考えでは何でもお律め、金貨の有る所を知って居るに違いない。泥作さん、お前お律の後を追い掛けて騙(だま)しつ賺(すか)しつ聞いてみなよ。」
 泥「イヤ、お律より保田老医が知って居るだろう。お前の方が老医には懇意だから、アノ後を追い掛けて貰いたいよ。」

 知恵に掛けては三人中の第一等に居るお沼は、
 「アア、お前達二人でお律と保田老医と両方へ追い掛けるが好い。私は留守番を引き受けるから。」
と、賢しそうに説得したが、何れも己一人踏み止まり、床下の物を手に入れ度い了見なので、到底話しの運ぶ筈は無い。又暫く睨み合った末、櫓助は初めて思案を決し、何もこの家に番は要らない。三人一緒に引き上げて、役場へも届け、葬儀社へも談判しよう。今は早や夜の六時だから、爾(そう)して十二時に再び茲(ここ)へ集まれば好い。」

 六時より十二時事までこの家を空と為して置き、己一人忍び帰る策略に相違無い。他の二人も銘々に我独り忍び返り、十二時までに仕事をしようとの心なので、敢て之に同意を表し、入り口には錠を卸して立ち去ったが、三人が去ると間も無く、どこかから此(こ)の家の入り口に忍び寄り、合い鍵を以って易々と戸を開く曲者があった。是こそ先ほど立腹の体を示して立ち去った彼の老婢のお律である。独りかと見れば、一人では無い。背後(うしろ)に姿優しき十七、八歳の一美人を従えている。



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