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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳

               第三十八回

 猛犬ラペは小僧呂一の姿を見ると、目指す敵と思った様に、腕八の傍を離れて呂一の方にまっしぐら馳せて来る。其の様子宛(あたか)も呂一を唯一噛みに噛み殺ろそうとする勢いなので、呂一は大声を揚げ、
 「助けて、助けて。」
と叫びながら、先に乗って来た輜重車(しちょうしゃ)の上に飛び乗った。輜重車は通例の馬車よりも高いので、ラペも之には飛び乗ることは出来ない。唯恨めしそうに呂一を睨み、歯を剝き出して唸りながら、其の周囲を廻るだけ。小隊長はこれを見て、

 「誰がこの様な犬を連れて来た。軍の血祭りに突き殺して呉れよう。」
と銃の剣を擬してラペの方に進むに、此の様を見て、腕八は急いで馳せ寄り、
 「隊長、お待ちなさい。其れは私の犬ですよ。私はグランビル市の義勇兵取締りです。市長の命を受けて茲(ここ)に居る弥生と言う此の少女を尋問に来ました。」

 隊長は聞きも終わらず、
 「ナニ市長の命だと。市長とは何者だ。共和国陸軍の眼中には市長などという者は無い。」
 「イヤ、市長の命により、又更にクレパー将軍からも此の通り許可状を得て来ましたのです。」
と云い、何やら書類を出して小隊長に示すに、小隊長は之を見終わり、
 「アア、将軍からこの様な許可を得ているなら格別だ。しかし見られる通り、既に敵の一隊が此の下まで攻め寄せて、極めて危急の場合だから、早く用事を済ませて立去るが好い。」

 腕「ナニ、対して手間は取れません。」
と云い、腕八は弥生の傍に進み寄った。
 そも腕八はどの様にして茲(ここ)に来たのだろうか。彼は緑の湖まで縄村中尉と弥生とを追って来たが、浦岸老人の言葉を信じて山手の方へ向った為、終に追い付くことは出来なかった。その中に部下の者等は断念して一人去り二人去り、果ては腕八一人に為ってしまったが、彼も己の無駄骨折を嘆き、帰り去ろうと思ったが、最早山路の険阻な所を辿るより、平らな海岸に出るのが容易なので、ラペと共に海岸の方に行くうち、道に迷って翌日の日暮れに及び、廻り廻ってポントルソンの付近に出た。

 ここで共和軍の一兵卒に逢い、弥生が再び共和軍に捕らわれた事を聞いたので、彼又も欲心を起し、何とかして弥生を賺(すか)し彼の薔薇(しょうび)夫人の大金の所在を聞こうとして、更にクレパー将軍に逢い、グランビル市長の命で弥生と言う少女を尋問する為に来たので、少しの間彼に面会を許されたいと誠しやかに説いて其の許しを得、遂にこの所へ来たものだ。

 彼既に弥生が彼の秘密袋を縄村中尉に渡し、中尉から更に小桜露人に渡した事を聞いて知っていたが、まだ心には弥生が必ず秘密袋の中を見て、其の上で中尉に渡した者と思い、袋の中に必ず大金の所在を記してある筈なので、弥生が之を知っているに相違ないと疑って居るのだ。だから、彼弥生の傍に進み寄り、先ず言葉を甘くして、

 「私は今、お前を救う為に来たのだから、何も恐れる事は無い。包まずに言って貰はなければ成ら無いが、薔薇夫人の遺産は何処に在る。先日の秘密袋の中に書いて有った筈だが。」
と言ふ。弥生は五月蝿いと思ったので、早く追い払おうとして、
 「知りませんよ。」
と素気無く答えると、

 「知らない事は無い。お前が秘密袋を縄村中尉に渡す前に中の書類を読んだであろう。読んで見ると大切な事を記して有るから女の身で見てこの様な者を持っていては誰に奪われるか知れないと思い中尉へ托したに違い無い。大金の所在さへ知らせて呉れれば、其れを山分けにするは勿論、私は今も見られる通り、クレーパー将軍と懇意だから、将軍にグランビルの市長が此の少女を尋問すると言い立て、お前をグランビルへ連れて行き、夫人の遺産を分けた上で、無事に英国へ逃がしてやる。

 如何だ、コレ返事をしないか。アア、分かった、返事をしないのは一人で其の大金を取る積りだな。爾(そう)は行かないよ。私が今助けなければ、お前は明日にも殺されるよ。殺されては元も子も無いと言う者。サア、茲(ここ)で私に助けられ、命と大金と両方を拾うが好かろう。コレ、返事は如何だ。コレ。」

と云い、忙しく促す間に、早やこの方面の戦は益々激しく、勤王軍の勢い強くして、小隊長も殆ど防ぎ兼ねている様子なので、弥生は心の中で、若しこの所が破れたならば、必ず攻めて来る勤王軍の人々に救はれるに違いないと思い、砲声に耳を傾け、腕八の言葉は心に掛からない。腕八もそうと見て、最早や弥生をこの所より奪い去り、気長く説き落とす外は無いと思い、又立って小隊長の傍に行き、

 「貴方がこの様に防戦に忙しいと、アノ少女が隙を見て逃げ去ります。大切な捕虜を逃がしては貴方の落ち度に為りますから、少女は私が捕縛して輜重車に乗せ、クレパー将軍の居る所へ連れて行って上げましょう。サア、如何(どう)か少女を捕縛して車に乗せよと兵士に命じて下さい。」
と親切らしく説き立てると、小隊長は戦いに紛れて深くは考える暇もなかったので、大事の捕虜を盗み去られる事とも気付かず何分頼む。サア誰でも少女の手足を縛ってあの車に乗せこの人に托して遣れ。」

 傍に在る二名の兵士、早や心得て弥生の手足をひしひしと縛り、車の上へ投げ込めば、腕八はしてやったりと其の身も乗り、弾の来ない一方の茂みの陰へ先ず車諸共に隠れると、此の時彼の小隊長は敵弾に当たり、
 「残念」
の一声を最後として倒れたので、隊長が倒れてはどうして良く支える事が出来ようか。

 この所の守りは忽ち破れ、兵士は四方に逃げ散ったので、勤王軍は彼のレシエー隊長を真っ先にして、怪我がまだ癒えない小桜露人も馬を並べ、包帯をした片手を首に吊るした儘(まま)進んで来た。レシエー隊長は逃げる敵を睨み附け、味方に向って更に、
 「進め」
と号令すると、小桜露人も意気あがる声で、

 「弥生の乗って居る輜重車が此の辺に有ると云う事だ。進んで弥生を救はなければ。」
と気を燥(いら)だたせた様に言ったが、悲しや、腕八が弥生を縛して隠れるのは右の方で、露人等は左の方を目指していた。今や相離(さ)ること唯数間(5から6m)であるが、進めば進むだけ離れるばかりである。弥生は露人の声を聞き、縛られた身をもがいて、
 「此方(こちら)です、茲(ここ)です。」
と叫んだが其の声は突撃の声に紛れて聞こえもしない。



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