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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」           涙香小史 訳

               第四十一回

 憐れなことだ。勤王軍はドール村の一戦に敗北し、志士回天の大事業も茲(ここ)に全く消えて滅(ほろ)んだ。僅(わずか)かに生き残った人々で一方の血路を求め、フルシェー地方に落ちて行ったが、茲(ここ)も又共和軍に追い詰められ、次はアンガルに、又次はメーンに。逃げては破れ破れては又逃げて、終にサプネーに到って全く袋叩きの様な目に遭(あ)い、同士一同の運は終わった。

 共和軍がテプネーを乗っ取った時、勤王軍で生き残っていたのは二十四歳の青年士官小桜露人を頭として総数僅かに四十三名、悉(ことごと)く縛(ばく)に就(つ)き、南都の刑場に送られた。僅かに四十三名を以って全国数十万の陸軍兵を相手とし、勤王の大儀の為馬倒れ弾丸尽きるまで戦ったことは千古に渉って壮烈無比の事例であって、事破れても心残りは無いと言うべきだ。

 この様な状況ではあったが、勤王の軍隊は滅びても勤王の精神は滅び尽くしはしない。寒村僻地(へきち)の果てにすら涙を揮(ふる)って王朝を説く者がある。この様な者の元にこそ未だ勤王軍の落ち武者が潜んで居るかも知れないと言って、共和軍の捜索は非常に厳しく、野の末、山の果てまで草を分けて尋ねる有様なので、勤王軍の兵であって、ドール村の敗戦以後、再挙の秋(とき)を待つ外は無いと言って、身を隠した人なども追い追いに捕らえられ、日々南都に送られる者が幾人いたか知れない。

 この様にして南都に送られた小桜露人以下幾多の人々は如何に処分されようとするのか。当時の南都は、歴史を読む人々が思い出すのさえ戦慄する有様で、茲(ここ)に送られた者、一人でさえも生きて帰ることは出来なかった。国事犯人及び嫌疑者を死刑に処する所と定まり、町外に首切り台を立て列(つら)ね、嫌疑者には何の審問をも加えず、小児であれ女であれ、容赦なく差別無く屠(ほふ)り殺し、日々に首が落ちること幾十の上に登った。

 しかも又日々に諸方から送って来た嫌疑者が多い為、牢屋は満ち満ちて囚人が溢(あふ)れる程となり、果ては繋(つな)いで置く所も無く、其れが為益々死刑を急いだが、限り有る首切り台で、無数の人を殺す事は出来ない。終には囚人を船に詰め込み、大川の最も深き所に漕いで行って之を沈め、浮かび上がる者は小舟で水上を警戒する係員が斧を揮って頭を割り、若し其の小舟に取り縋(すが)れば、其の手其の指を切り捨てるなど他国に類の無い乱暴にして、全く無政府の有様となった。
 
 これ等の事を指揮したのは共和政府から派遣された数人の吏員(りいん)《役人》で、其の一人は船べりで切り取った人の指を数珠と為し、帽子の飾り物に用ひ、道行く人を呼び止めて、この飾り物に接吻させるなど、言語に絶する振る舞ばかり多く、後々から此の時を指して、
 「南都に於ける恐怖の時代」
と呼ばれる様になったのは実に之恐怖の時代である。

 南都付近は河とも言わず、町とも言わず、到る所が血の塊と肉の切れ満ち満ちて、修羅場と言うよりも更に甚だしい有様を現していた。
 恐怖の時代、其の極に達したある夜の事、宵から細やかな雨が降って風も激しく吹き、人通りが全く絶えた頃、唯一人風雨を冒して獄舎の外をそろそろと徘徊する人が居た。獄の役人かと見れば、軍人の服装をしていた。だからと言って、他の軍人の様に、一目を構わず公然と闊歩(かっぽ)する者では無い。成るべく常夜灯の光の届かない辺に身を避け、斜めに獄の門を覗くのは、中から出て来るはずの何人かを待っているのだろうか。待って居ても何人も出て来なかったので、

 「エエ、彼奴(きゃつ)め、早や居酒屋へ行ったのか。無辜(むこ)の人間が日に幾十人も殺されるこの無惨な有様の中で、酒など飲んで楽しみだと言う気楽な奴がいる。この世は鬼の寄り合いだ。」
と打ち呟(つぶや)き、更に歩を転じて獄舎から遠くも無い居酒屋の辺に到ると、ガラス窓に洩れる店の灯りは客のまだ残っていることを表し、この様な風雨の夜にも酒を飲む人ばかりは外出の癖を改める事が出来ない事を示している。

 彼の人宛(あたか)も獄舎を覗く様に、又この店を少し離れた所から斜めに覗こうとして、薄暗い所に足場を選ぶと、此の時向こうの方の闇の中から、是も世を忍ぶのだろうか、抜き足で歩み来る人が居た。前の人は見られない様にと思う様に、更に物陰へ隠れて伺うと、後の人はこの様に見ている人が有るとも知らず、次第に明るい方に来た。居酒屋の前に近付いて、全く百姓の姿で、背に農産物を入れているのかと思われる大きい籠(かご)を負い、頭は縁の広い帽子を顔の半分を隠すほどに深く被っていた。しかも肩幅が非常に広く、身体の殊更(ことさら)に頑丈なのは尋常者(ただもの)とは思われ無い。前の人、後の人、共に是れは何者だろうか。



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