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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳

               第四十四回

 縄村中尉は黒兵衛がまだ茲(ここ)に居はしないか伺うと、彼は早や立去った後なので、腕八に従って入り、先刻自分と黒兵衛とが腰掛けた所に腰を卸(おろ)した。腕八は先ず口を開き、
 「ですが中尉、貴方は自分が共和軍の士官だのに何で勤王軍の少女を救おうと言うのです。

 中尉は無愛想に、
 「何で救おうと俺の勝手だ。貴様は唯賄賂さへ得れば好いではないか。」
 腕「それは爾(そ)うですが、此の厳しい時節に敵の残党を救うのは容易な事では有りません。私も命掛けの仕事ですから、事に由ると此の相談に応ずるより貴方を密告した方が出世の近道だろうと思いますから。」
と言う。

 是は中尉を手剛(てごわ)い相手と見て、予め相談がうまく行かなければ、密告するとの意を示し、荒肝を拉(ひし)ぎ置こうとする戦略に違いない。
 縄「俺を密告して出世が出来るなら密告するが好い。俺は陸軍の士官だから陸軍から罰せられるても貴様等の主人に罰せられる筈はない。」
 腕「イエ、幾等陸軍の軍人でもーーー」
 縄「エエ、余計な事を言うな。賄賂が欲しいのか、欲しくないのか。其れさへ聞けば好い。貴様等は泥棒の出来損ないで、賄賂さへ得れば好いのだろう。サア、賄賂は幾等欲しいのだ、其の高を言え。」

 腕「爾(そ)う貴方の様に賄賂、賄賂と頭から言われては幾等私が悪人でも何だか話がしにくく成ります。」
と自ら悪人たるに甘んじて言うのも可笑(おか)しい。
 縄「フム、賄賂と言うのが悪ければーーーー爾(そ)うさ鼻薬とでも言って置こう。全体貴様、じゃ幾等の鼻薬で弥生嬢を牢から助け出すと言うのだ。サア鼻薬の高だけを一言で返事しろ。」

 腕「イヤ、幾等幾等と金銭や数字では言えません。私は弥生をーーー、イヤ、弥生嬢を助ける代わりに貴方から秘密を聞きたいのです。」
 縄村中尉はわざと何の事か分からない振りをして、
 「何の秘密を」
 腕「ソレ、先日弥生嬢が落としたのを貴方が拾ったとか言う秘密袋が有るでしょう。アノ秘密袋を私しへ呉(く)れさえすれば私は黙って弥生嬢を救い出します。

 縄「アノ秘密袋は直ぐに小桜露人へ渡したと、俺が保田老医の許でも話したではないか。」
 腕八は少し考へ、
 「それでは貴方と相談しても無益です。小桜露人は弥生と同じく此の地の獄に入れられて今夜か明晩か殺されますから。愈々(いよいよ)彼が其の秘密袋を持っているからは、私はこの様な命掛けの思いはせず、彼が死刑に処せられるのを待ち、其の後で彼の死骸から秘密袋を取り出せば好いのです。貴方と相談するのは止めましょう。」
と云い早や立去ろうとする様子である。

 中尉も是には驚いて、
 「イヤ待て、小桜露人に渡したけれど、其の後又彼から俺に渡し、今は俺の手に預かって居る。」
 腕「では今茲(ここ)に持っていますか。」
 縄「ナニ、そんな馬鹿な事はしない。誰にも分からない所へ固く保存してある。」
 腕「でも貴方は袋の中に在る書類は読んで見たのでししょう。」
 「相談の纏(まと)まらぬ中にそんな返事は出来ない。」

 腕「では斯(こ)うしましょう。其の袋と弥生の身体と取り代えるという事に。」
 中尉は初めから彼の袋を利用して腕八を動かす心だが、人から預かった品物を、我が勝手に他人に渡すなど言う約束を結ぶのは何っだか不徳義の所為の様に思はれる所が有る。彼の袋を渡さずに此の相談を纏(まと)める工夫は無いかと、暫(しば)しが程考えていると、腕八は又中尉の考える様を見て、愈々(いよいよ)彼の袋の中に薔薇(しょうび)夫人の大金の在処が記して有る為、中尉が密かに欲心を起こしている者と思い、知らず知らず熱心の度を加えて、

 「けれど中尉、全体言えば、彼の袋は当然私の所有すべき権利の者です。隠すにも及びません。アノ中には薔薇夫人の遺産の在処を記して有り、其の遺産は私の外に相続する人は無いのです。先日までは櫓助と泥作と私の母お沼と、三人とも薔薇夫人の血筋を引き、三人で分ける事と為っていましたが、櫓助も泥作もグランビルの海岸で溺死しました。之は何でも貴方が牢を破った時、殺したのだろうと思いますが。」

 縄「馬鹿な事を言うな。」
 腕「イヤ、貴方が殺したとしても私は決して恨みません。邪魔な奴と思い、自分で殺したい程に思って居たから返って貴方に対して礼を言うところですが、貴方が殺さなければ猶更(なおさら)です。兎に角櫓助と泥作が死んだ為、薔薇夫人の血筋を引くのは、私の母一人、母が私へ托しましたから、即ち私が相続人で、アノ秘密袋を下さいというのは決して他人の物を貰おうと云うのでは無く、自分の物を貰うのですから、貴方が此の相談に応じないと言う事は出来ないでしょう。若し秘密袋を其のまま下さる事が出来ないのなら、唯其の大金を隠してある場所だけ知らせて下されば好いのです。」
と欲に掛けては中々に雄弁である。

 中尉はこれ等の言葉と云い、又今までの事情で凡その筋道を推量して知ったので、
 「嘘を言うな。貴様が薔薇夫人の相続人なら、アノ秘密袋が最初に弥生嬢の手に渡る筈が無い。」
と此の一語は痛く腕八の急所に中(あた)った。彼さては袋の中に薔薇夫人の遺言書があり、弥生女を相続人と定めてある者と思い、又己の腐った性根を以って中尉の心を計り、中尉が弥生を救おうとするのも結局は弥生が大財産の相続人であるが為、之を救って我が妻にする心だろうと邪推し、忽(たちま)ちその騙(だま)す方法を替え、言葉も一層和(やわら)かに、

 「では中尉、斯(こ)うしましょう。私が弥生嬢を救い出せば、嬢と貴方と私と三人で、薔薇夫人の大金を埋めてある所へ行き、其れを掘り出して私と弥生の間に、半分づつ分けましょう。私も大負に負けて半分で我慢します。之を貴方が否と言えば弥生を救う事は出来ません。エ、中尉、弥生が死んでしまえば、貴方も玉無しですよ。」
と同じ心の悪人を説く様に説き立てた。



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